文芸部の一匹狼は、美術部の王子様を放っておけない

九竜ツバサ

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8 人間


 左神は、それが右堂に渡した原稿だと認識することに、瞬き三回分のに時間を要した。眉を顰める。

「小説の感想がそれかよ」
「ああ、そうだ」

 右堂の声はいつもよりも硬質だった。

「この天使とやらにはモデルがいるな? 僕だろう。これは自画像を描けばいいのか? なんて簡単な作業だ。しかし下手な小説だ。ありきたり過ぎる。こんなのは――……」

 僕の人生そのものじゃないか。
 と、右堂は自嘲した。

 笑顔を上手く作れなかった顔が、口惜しそうに歪んでいる。
 左神は呆然と、その繊細な表情の変化を見ていた。
 紡ぐ言葉が見つからなかった。
 ただ、自分が右堂を傷つけたのだけは瞬時に理解できた。

 右堂が目尻を吊り上げながらも、嫌見たらしく、しかし甘い声で笑った。

「本当は突き返してやろうと思ったんだが気が変わった。描いてやろうじゃないか。僕はお前と違って上手いからな。覚悟しておけよ」

 言い捨ててドアへ向かう彼の腕を、左神はほとんど反射的に掴んだ。
 椅子が脚を引き摺った音に反応して、金井が振り返る。否、部室にいる誰もが二人を見ていた。

 己の未熟さへの罪悪感が押し寄せ、左神はひどい動悸がした。呼吸が苦しい。
 しかし、情けなくも、追いすがるように言葉を絞り出した。

「……悪かった。一回、話さないか」

 右堂が瞼を半分落として、呆れたような蔑むような視線を左神に向ける。

「話すことなんてあるか? 君は君の仕事をしたし、僕はそれを引き継いだ。それ以外にすることがあるか?」

「てめえが納得してねえのに、合同でなんて作れねえだろ」

「君は納得しているんだろう? じゃあいいじゃないか。僕はつまらないと思ったが、他の人間がどう感じるかはわからないんだから。それを世に出す価値はある」

「だから、それが気持ち悪ィって言ってんだよ。俺はお前が面白いと思うものを書きてえんだ。だからちゃんと擦り合わせをして――」

「必要無い。君、本当にめんどくさいな。じゃあ、僕はこの役を降りるよ。君は勝手にやるといい」

 右堂は無機質に言い放ち、左神の手を振り払って教室を出て行った。

「ああ、くそっ」

 左神が頭を搔きむしると、金井が左神を見上げて「どちらも人間だものね」と鈴を転がしたような声で呟いた。



***



 合同誌の〆切まで残り一週間。

 左神はそれまでの数日を、無為に過ごしていた。授業を受け、一人で昼食をとり、ぼんやりと部活の時間を過ごす。

 時折見かける右堂も普段と変わりなく、取り巻きの真ん中できれいに笑っていたし、男女問わず校舎裏に呼び出されては、熱心な告白を上っ面でかわしているのを見た。何もかもが元通りだった。

 左神の小説は挿絵が無いまま合同誌に載ることになった。顧問に事のあらましを説明すると、「君たち相性悪そうだもんね」と済まされた。

 全てが円滑に日常に消えていった。合同誌のことも、右堂とのことも、煙草の匂いも、全て遠い過去のものになった気がした。

 木の枝にはもう、一枚の葉も残っていなかった。寒々しく、虚しい様相だ。

 左神は数字を板書を写しながら、漠然とした胸の痛みの原因について考えていた。ここ最近、妄想のなかで、誰かに切り裂かれた傷が痛むのだ。

 誰にやられたのか――?
 答えなんて簡単だ。

 他人を遠ざけ、否定する行動が、相手を軽んじたぶんだけを自己嫌悪というかたちで自身を傷つけていた。

 右堂の笑顔を歪めた功罪の代償は、思っていたよりは大きかったのだ。

 左神は、周囲の生徒に不審がられないように、何度も溜息を吐いた。
 シャーペンを持った右手は、動くのをやめていた。
 後悔の念が波のように押し寄せ、無意識に奥歯に力が入る。



 放課後、部室に向かうため、外に面した渡り廊下を歩いていると、目前に金井が現れた。スクールバッグの肩にかけ、部活を切り上げ――また参加せずに――帰るらしい。左神は一応立ち止まり、「帰るんすか?」と、数歩先にいる彼女に問いかけた。

 金井は、暗い夕陽を背負い、目を細めながら、
「うん、用事があるの」
と答えた。続けて、

「王子様も最近部活出てないみたいね」
サラサラと髪を揺らしながら首をかたむける。

「奴のこと、随分気に掛けますね」

「だってあの子、私の従弟よ」

 突然の告白に、左神は驚きのあまり目を見開いた。
 ふふ、と金井が笑い声を上げる。

「似ていないかしら?」

 左神は右堂の美形を想像した。
 二人の造形は似ていないが、確かに外見は並外れてよい。

「似て……るかも」
「そうでしょう。可愛いのよ、本当の弟みたいで」

 そうか――右堂が、いつか言っていた『オトモダチ』とは金井のことだったのだ。確かに金井に原稿を渡し、下読みを頼んだ覚えがある。そのときに、右堂の目にも触れたのだろう。

 左神は苦い顔をしながら頬を掻いた。

「あいつ、何か言ってなかったですか? 俺のこととか、小説のこととか……」

「聞いてないわ。お部屋はいつも以上に荒れてたし、煙草臭かったけど」

「先輩、煙草は注意したほうがいいじゃねえの?」

「他人の嗜好にケチつけるなんて野暮なことはないわ。本人がいいならいいのよ」

 それは非常に金井らしい論だと思った。
 金井がバッグのハンドルを肩に掛け直す。

「あの子はとてもきれいだけど、中身は普通の男の子よ。人並みに傷つくし、悩んだりもする。左神君にいじめられて、今頃泣いてるかもね」

 金井の思いもよらぬ言葉に、左神は困惑した。
 汗をかいた手のひらを握りしめる。

「そんな、俺は…………」

「冗談よ。親行ももうそんなにピュアじゃないわ。それに、お互い嫌い合ってても、何の問題も無いのでしょう?」

「はあ、まあ……そう、ですけど」

「気にしなくていいのよ。あの子はあの子で立ち上がるんだから。合同誌についても解決したのだし、少しゆっくりしなさいな」

 はあ……、と腑抜けたような左神の返事を聞いて、金井は機嫌良さそうに擦れ違って行った。

 汗をかいた手のひらが、風に触れてかじかんだ。
 
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