消毒をして、ガーゼをあてて

九竜ツバサ

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過去

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 初め、清那はシイにとてもよくしてくれた。
 一人でいると話し掛けてくれたり、一緒に遊んでくれたり、乱暴をしようとしてくる者から守ってくれたり……、そんな彼にシイはとても感謝していた。

 しかし、清那のことを信頼し、二人きりでいることに安心感を覚え始めた頃から、清那のシイに対する言動は砂糖菓子のように甘くなっていった。

『シイちゃんは僕のこと好き?』
『僕はシイちゃんが大好きだよ』
『夢の中までシイちゃんと一緒にいたいな』
『シイちゃんを僕のものにするにはどうしたらいいんだろう』
『シイちゃんにも同じようにずっと僕のことを考えてもらいたな』
『愛してるよ』
『可愛い可愛い、僕の、シイちゃん』

 清那の手はとびきり優しくシイの頭を撫で、慎重に頬を包み、真綿で触れるように首を締めた。



 閉じきった放課後の教室
 橙色の陽光に満たされた地獄。 
 教卓の横には、置いてけぼりの火鉢がひっそりと残っていた。

 そんな孤独な空間で、シイは机の一つに仰向けに貼り付けられ、戸惑っていた。自分の上にいる清那を不安げに見上げと、清那は彼女の衿を穏やかな手つきで解き、不埒を思いついた悪戯っ子のように舌なめずりをした。

 清那の頭がシイの胸に近付く。突然、湿ったもので乳房の脇を舐められた。

『あ……!』

 シイは石のように身を硬くした。

『大丈夫。これは二人がもっと仲良くなる為の儀式だよ。皆やってるんだ。全部僕に任せて』

 ぬめった舌で幼い双丘の先を吸い上げ、舐め回し、シイが嫌がっても清那はその行為をやめなかった。

『シイちゃんもイイ気持ちでしょ?』

 恍惚に笑いながら、清那はシイの唇を奪った。
 すでに唾液塗れの唇が、しとどに濡れた舌が、シイの口内を破廉恥な水温と共に犯していく。
 声を上げたくても恐怖で気道が詰まっていた。溢れる涙で天井が滲んだ時、清那は胸をまさぐりながら彼女の着物の裾を広げ、柔らかな太ももを撫で始めた。

 たった十年も生きていないシイにはその行為の意味など分からなかったが、えも言われぬ不快感と不安感が一挙に迫ってきて、その瞬間、野性的とも言いえる防衛心が働いた。

 シイは縮めた右足で清那の鳩尾を蹴り上げ、彼が呻きながら倒れた拍子に机から跳ね起き、走って教室の外へ逃げようとした。

 ――が、腕を掴まれた。

 追いついて来た清那は苛立ちを孕んだ微笑みをシイに向けて、その腕を掴んだまま教卓の傍まで乱暴に引っ張って行った。

『ねえ、もともと僕はさ。こういうことをしたくて連れて来たんだよ」

 足元にあった火鉢から焼きごてを引き向き、清那はそれをぶんぶんと振り、濁った色の灰を落とした。

『シイちゃん、自分のものには名前を書くでしょう? 鉛筆も教科書も着物だってそうだ』

 言いながら清那は一番近くにあった机にシイをうつ伏せに押しつけ、自らの体重を掛けた。

『な、や……、やめて!」

 シイは叫んだが、清那は優艶に笑うばかりで聞く耳を持たなかった。
 そのうちほつれ落ちたシイの後ろ髪を持ち上げ、『紙のように白い……きっと美しい痕がつくよ』とうっとりと呟いた。

 そして、清那は獲物を狙うような目つきで焼きごてをシイのうなじに、強く強く押しつけた。


『ひィ…………………っ!!!!』


 シイの悲鳴は、誰にも届かなかった。
 鋭利な痛みに開いた口は、清那の手によって塞がれていた。
 唾液と涙だけが溢れるように出て、頭の中では爆発したように強い光が明滅していた。

 あまりの痛みに堪えられず、我武者羅に暴れると、漸く清那の拘束が解け、うなじの熱さと圧迫感が引いて行った。
 尻もちをついた清那が、えづきながら息を乱して立つシイを珍しそうに眺めている。

『僕を拒絶するなんてひどいな……。でももうキミは、間違いなくは僕のものだよ」

 清那がシイに向けた焼きごての先には、四角い線に囲まれた『セナ』という文字が刻まれていた。シイはゾッとして己の首筋に触れる。ズキンと痛むだけで、首を回してもその痕は見えなかった。

 あまりの衝撃と悲しみに、シイは考える間も無く叫んでいた。

『ど、どうしてこんなことするの? ひ、ひ、ひどい! 嫌い! 清那君なんて嫌い! 嫌い!』

 空気を劈くような声に清那は表情を失くし、そして、夢の中にいるような手つきで背後にあった窓をカラカラと開けた。橙の空は燃えるような赤を滲ませ、意味深に目を細めた清那の背景として完璧に混和していた。
 ポイッと興味なさげに振った手から、持っていた焼きごてが校庭の外に落ちる。


『ねえ、シイちゃん。僕はキミのことが好きで、キミを僕のものにしたいだけなんだよ。……こういうのはどうかな。例えば僕がここで死んだら、シイちゃんは僕を一生忘れないでいてくれるかな』


 言い終えるとすぐに、清那は窓の縁に尻を乗せた。
 離れた場所に立ち呆けていたシイはすぐに顔色を失くし、あまりに非現実的な光景に解けない金縛りにあっていた。思考が追いついていかなかった。
 どうして私のことが好きだといいながら自分が死んだらと言うの――――? どうして? どうして?


『さあ、シイちゃん、お別れだ。よく覚えていて。これはキミのせいだよ。キミのせいで僕が死ぬんだよ』


 それじゃあね、
 ――――バイバイ。


 ヒュッと風を切りながら、清那は仰向けに落ちて行った。
 人が一人いなくなった窓の絵は無常なほど美しく、赤い寂寥としてシイの瞳に残った。
 
シイは寸の間その場に崩れ落ちたが、廊下から聞こえてきた足音にはっとし、震える足で教室出るため戸に向かった。

 ガラッ。
 戸を開けた瞬間、六年生の男子が――あの、校庭の隅でよく見る男子が、いた。

 彼は確か清那の兄。
 名は………………。

 シイは罪悪感に塗れた心を隠すように胸の前で手を握り、彼の脇を走って逃げた。

 きっと見つかる。
 きっと知られてしまう。
 私のせい――――……だと。 

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