消毒をして、ガーゼをあてて

九竜ツバサ

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脈打つ

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 入れ替わりに、ドタドタと騒がしい足音が近付いてくる。

「見て~! 可愛いでしょ!~」

 幅の狭い縁側で瑠璃子に背中を押されたシイが悲鳴を上げながら倒れ込んだ。慌てた侃爾は手を伸ばし――たが、抱きとめたのは一番近くにいた春一だった。

「わあ、いいね」
 自分に寄り掛かったシイを見て、春一は感嘆の声を上げる。
 侃爾が急いで春一とシイを引き剥がすと、ヒュッと気道の狭まったような吸気をして、すぐに瑠璃子を睨みつけた。

「母さん、誰の許可を得てこんなことを――!」

 侃爾はあからさまに戸惑った様子でシイの顔を確認して、瑠璃子に怒りの形相を向けた。しかし彼女は動じず、口元を隠して楽しそうに笑う。

「だあって、可愛いお顔をしてるのに勿体無いなあと思って」
「シイ、嫌だったら嫌だと言っていいんだぞ。この人は調子に乗ると何をしでかすか分からないんだ。今更俺が謝っても仕方の無いことだが、母が勝手なことをして悪かった。いやしかし、似合っている、……のは本当だ」

 体勢を崩したままのシイは自分の前髪――瑠璃子に眉の辺りで切り揃えられてしまった――に指先で触れて「本当ですか?」と声を潜めた。

「こんなに顔を出したのは久しぶりで……、本当に、変じゃないでしょうか」

 覆うものの無くなった双眸が不安げに揺れる。化粧の下にうっすらと浮かぶケロイドが、長い睫毛と黒目がちの大きな瞳が、紅をさした小さな唇が、以前よりも顕わになっている。侃爾が惚れた少女の顔が、こんなにもはっきりと――――面前に晒される。

「やはり駄目だ!」

 侃爾は強い口調で言った。
 窓ガラスを震わせるような声量に、その場の空気が一瞬固まる。
 一等驚いたのは目前にいたシイで、彼女は侃爾の言葉の意味を誤解し、水面に沈むように目を伏せた。やはり変なのだと、心を負傷したような表情だった。
 しかし侃爾は知らずに続けた。

「母さん、何てことをしてくれたんだ。こんなに顔を出したらシイの可愛らしさにみな気付いてしまう。俺だけが知っていればよかったのに、余計なことをしやがって――……」

 侃爾は鋭い目つきで悔しそうに声を荒げた。
 そんな息子を見て、春一は一拍おいて「ふはっ」と間の抜けた空気を吐き出し、シイは侃爾の言ったことを半分しか飲み込めていないような呆けた顔で彼を見つめていた。
 瑠璃子が愉快そうに口の端を上げながら片目を閉じる。

「だから、あなたが可愛いシイちゃんをちゃんと守ってあげるのよ、侃爾」

 春一も、肯定するように深く頷いた。
 侃爾は両親の言葉に反発するようにシイを俵抱きにし、地面を踏みつけるようにして実家を後にした。憤怒を浮かび上がらせる侃爾に、担がれたままのシイが気まずそうに声を掛ける。

「あ、あの、これ……だ、駄目、でしたか?」

 指先で前髪を掬うか細い声に、侃爾は馬のような歩みを止めた。

「駄目じゃない、から困るんだ」
「え?」
「悪くないから困る。俺がそう思うということは、他の者も同じように思うということだ。それが辛抱ならない」
「あ、う、、ええと……」
「つまり、相当に……良い、ということだ」

 侃爾は青い芽が顔を出し始めた田んぼに目をやり、シイの身体を担ぎ直して顔を隠した。シイは戸惑いを隠せないまま「あ、う、嬉しい……で、す」とたどたどしく返し、両手で侃爾の瑠璃紺色の羽織りを手繰り寄せた。

「か、侃爾さんの言葉は、不思議です」
「何故?」
「心が、乱されます。今も身体の中がドクドクと脈打って……苦しいのに、嫌じゃないのです」

 言って、シイは照れたように侃爾のうなじに頬を擦り寄せた。
 柔らかな感触に侃爾は一瞬だけ立ち止まり、わざとらしい咳払いをして再び歩き出した。その大股の歩みにシイは一層強く抱きつき、揺れに堪える。
 表情だけは崩さない侃爾が、

「……鈍いな」

 と押し潰したような声でひとりごちる。
 春に向かう風は、二人の熱を煽るようにも拭い去るようにも取れない優しさで吹いていた。そのうち地に下りたシイに、侃爾は左腕を差し出した。シイは彼の意図を汲み取り、そっと腕に両手を絡めた。

「石が多いから転ぶなよ」  

 侃爾はごく自然にシイを気遣う。
 世界はひどく鮮やかに侃爾の目に映っていた。
 名も知らぬ鳥の鳴き声も、白い山の稜線も、顔を出したふきのとうも、世界は彼女と共有され、新しく生まれ変わっていく。
 侃爾の胸の中にも確かに、激しく脈打つものがあった。

「何か面白いものでも見つけましたか?」

 シイが侃爾に問う。
 侃爾は僅かに口角を上げたままシイを見下ろして、

「いや、何も無い、が――シイのことは常々面白いと思っている」

 と軽い声で言った。

「それは、あの、恥ずかしい……です。わ、わ、私、そんなにおかしなこと、してますか?」
「そうだな、見ていて飽きないくらいには」
「う、うう…………」

 悩ましい声を上げるシイを、侃爾は慈愛の籠った双眸で見つめた。
 朱に染まった頬が、ひどく愛おしかった。
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