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第四十ニ話 嵐の予感、突然の女中交代 ~幸介の前から姿を消した菊~
しおりを挟む「おはようございます、幸介様・・・わたくし小夜・・・飯島 小夜と申します、今日からわたくしが幸介様の身の回りのお世話をさせて頂くことになりました、どうぞよろしくお願いいたします」
今朝、幸介を起こしに来たのは、いつも見慣れた菊ではなかった。
歳は二十七くらいだろうか、幸介の「夜のお勤め」・・・つまり「オス蜂」として、順に村の女を抱いて彼女達にオスの「命の素」を注ぐ任務の際にも一度も会ったことはなかった初対面の女中である。
小夜と名乗ったその女中も細面の美しい女だったが、あまりに突然のことに幸介は面食らった。
・・・自分の世話係の女中の突然の交代!
昨晩菊は、そのことについて湯殿でも何も幸介には話さなかった。
まさに寝耳に水の出来事である。
「あっ?えっ、ええっ・・・よ、よろしくお願いします・・・あ、あの、菊さんは?菊さんはどうされたんでしょうか?どこか体の具合でも悪いのですか?」
幸介は菊の代わりだという女中の小夜に食って掛かる勢いで問いかける。
「えっ?わ、私は存じ上げません・・・た、ただ今朝、急に奥様に言われただけで・・・詳しいことは・・・」
「ああ、そうですよね、申し訳ございません・・・それで、今朝は菊さんは見かけましたか?」
「い、いえ・・・私は菊さんの姿は見ておりませんが・・・あ、あの、私ではお気に召しませんでしょうか・・・」
明らかに失望の表情を浮かべている幸介を見て、小夜という女中は今にも泣きそうな顔をする。
「い、いやっ・・・決してそんな訳ではっ、ス、スミマセン小夜さん、不快な思いをさせてしまって・・・ただ、昨晩、菊さんと話した時も、そんな話は全くでなかったものですから・・・僕も驚いてしまって」
「・・・ええ、私も今朝、奥様に急に言われましたの・・・菊さん、一体どうしたのでしょうね?昨晩は女中部屋にいたのは見ておりますが・・・・」
幸介は小夜にもっと菊の消息を聞きたかったが、出勤の時間が迫ってきたので、仕方なくダイニングに行き朝食を食い、役場へと出勤した。
その日、幸介は一日仕事も手につかず、ボーッと菊の事を考えていた。
・・・菊さん、一体どうしたんだろう?僕の世話係りを交代したとしても、菊さんなら事前に僕に挨拶くらいはするだろうし、あの小夜さんも今朝になって、志津さんから言われたと言っていたな、とすると急病か何かなんだろうか・・・心配だな、いずれにしても仕事が終わって帰ったら志津さんに聞いてみよう。
幸介は、午後五時の終業のベルが鳴ると、村の西の端にある役場からほとんど駆け足で丘を下り、東の山の中腹にそびえ立つ蜂ヶ谷家へと向かった。
「・・・あら、お帰りなさいまし、幸介さん、今日は随分とお早いのねぇ」
玄関でなにか女中に指示を与えていた女中頭の浜川セツが、幸介に気づいて丁寧に頭を下げる。
「ハアッ、ハアッ、ああセツさん!いい所で会った・・・あの、菊さんは・・・菊さんはいますか?」
「・・・はあ、菊でございますか・・・」
「ええ、そうです!ずっと僕の世話をしてくれていた菊さんです、今朝から急に別の方に交代になったそうで・・・菊さんに何かあったのでしょうか?急病とか・・・・」
セツはほんの一瞬驚いたような表情をみせたが、すぐにいつもの柔らかい笑みを浮かべて静かに答える。
「・・・いえ、病気ではございませんわ、実は、菊は少し用を言いつけられまして・・・今朝から町の方に出ておりますの・・・」
「町の方に・・・ですか?随分と突然のようですが、それは一体どんな用なんでしょう?若い女中さんが行かなきゃならない用なんて・・・」
「そ、それはわたくしも存じ上げませんわ、奥様直々に決められたことですので・・・あ、あの、幸介さん、菊と交代した小夜はお気に召しませんでしたか?よく気が利く良い娘ですわよ」
「いえ・・・小夜さんがどうとか、そういうわけではないのですが・・・」
努めてにこやかに対応しているらしいセツであったが、勘のいい幸介は彼女が何か自分に隠し事をしているのだと直感した。
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