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第二十話 「無益の殺生の事 幷びに霊来りて敵を取る事」
しおりを挟む「善悪報ばなし」:編著者不詳 元禄年間板行。
「無益の殺生の事 幷びに霊来りて敵を取る事」より。
慶安年中の春頃、嵯峨のあたりに浪人の武士がいた。
ある時、召し使っていた下人が家財を持ち逃げして行方をくらましたが、僅かな金品だったので特に下人を探し出すわけでもなく放っておいた。
一年ほどが過ぎ、この下人が、東寺に潜伏しているという噂が嵯峨にまで聞こえてきたので、その家の家老が、独断でかの下人を捕縛してきた。
当時の東寺は、犯罪者が逃げ込んだら俗権力が手出しのできない場所だったのを、家老は、曲げて捕まえて来たのである。
「あの盗人の下人を召し取ってまいりました、今後の見せしめの為にも打ち首にいたしましょう」
と、主人へ申し出たが、物の分かった主人は、
「いやいや、わずかな金品の窃盗じゃ、そのうえもう年数も経っている話じゃから放してやるがよい」
・・・・とおっしゃった。
家老は主人の寛大な処置を内心苦々しく思い、自分で成敗しようと思いたって、その下男を捕縛したまま自分の屋敷に隠していた。
いよいよ、家老が下人を斬首しようとしたその時、家老を睨みつけながら下人が言う。
「さてさて恨めしい、お上よりはご慈悲を頂いて助けて頂いたのに、家老のお前に勝手に殺される謂れはないのだ、俺が死んだあと三日の間には必ず怨霊となってここに戻り、お前に思い知らせてやるからそう思え・・・・」
そう言って躍り上がり「悔しい」と叫び、歯を鳴らして家老を睨みつけるその目は恐ろしいものだった。
「祟れるものなら祟ってみよ!」
そう言って、家老が一刀の下に下人の首を打ち落とす。
血刀を持ったまま、家老はしばらくぼうっとしていた、下人が自分を睨む恐ろしい目が脳裏に焼き付いて離れないのである。
その日以来、家老は精神に変調をきたして、ふと見ると天井に殺した下人の顔が見えたり、畳にも下人の顔が出てくるように見えたり、眠ると血だらけの下人が夢に出きて恐ろしい言葉で家老を責めるようになった。
巫女などを呼んで加持祈祷もしてもらったが、その験もなく、とうとう家老は病に倒れた。
病床でも、
「ああ、またあの男が来た、あれ、あそこじゃ・・・怖ろしや」
そう叫び続けてついには狂死したという。
これは、下人の怨霊が家老を取り殺したのだ、下人の言ったとおり悪行の報いはすぐに顕われたのだ。
・・・・人々はそう口々に語ったという。
非常にオーソドックスな「怪談」らしい「怪談」です。
この「善悪報ばなし」という本は、その名のとおり、
「悪いことをすれば必ず報いがあるぞ」
・・・・という仏教の因果応報を説いた説話集で、それが結果的に怪談・奇談になっているケースですね。
特に本作のような、人の恨みや怒り、妬みそねみ、執着等の「念」が世の中で一番恐ろしいものである、という考えは日本やアジアに特徴的なものです。
代表的なのは、あの「東海道四谷怪談」や「累の物語」等ですね。
この「人間の念が一番怖い」という思想は、「Jホラー」にも受け継がれていると思います。
映画「呪怨」はやたらと怖いけど、ハリウッドのスプラッター映画は、血飛沫や惨殺シーン等、即物的な怖さはあるものの、日本人的には「怖くない」のは、そういう「恐怖の質」が違うからではないかと常々思っています。
余談ながら、私が一番「怖い」と思ったのは、江戸時代の書物、「諸国百物語」の中の、「豊後の国何がしの女房、死骸を漆にて塗りたること」というお話。
・・・これは、ビジュアル的に相当怖いし、Jホラー的な美しさがあります!
いつかこちらでもご紹介したいと思っています。
応援ありがとうございます!
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