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第三十四話 「武勇実談の事」

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 根岸鎮衛著「耳嚢」 巻之六


 「武勇実談の事」より


 戦国の世が治まり、天下泰平の世まで長生きした老人が、ある会合の雑談の折に話したことである。

 血気盛んな若者達が「俺達も戦に出て手柄を立てたい!」と熱く語り合っているのを聞いた老人が、

 「それは大変な了見違いだ、わしは数回戦場に出たが、とても恐ろしくて普段の心掛けどおりにはならんものじゃ」

 と体験談を語り出す・・・老人は続ける。


 ・・・わしはある戦で伏兵に配属されて、草の茂った林の中に隠れていたが、その時の気持ちは、敵兵よ、この道を通ってくれるな・・・という事だけだった。

 遥か彼方に敵の騎馬隊がたてる馬煙が見える頃にはいよいよ恐ろしく、この戦が終わったら武士など辞めてしまおう、と思ったくらいだ。

 ・・だが、敵兵が目の前にやってきて、攻撃の合図が出て出撃する頃には恐ろしさも消え、味方の兵で、馬に踏まれたり刀で斬られたりして討死したものもあったが、その時は何も感じなかった。

 わしは籠城戦にも数回参加したがその時も再び、もう武士を辞めたい・・・と思ったものだ。
 戦が終わると、武士を辞めようと思ったその気持ちも失せてしまうのだが・・・。


 ・・・・いかにも、もっともな実戦の話であるので、聞いたままに書き記す。

 その老人が語るには、

 「武士を辞めようなどと考えたのは、わしが臆病な人間だからか・・・とも思ったが、戦に参加した同僚たちに聞くと、みな同じように考えておったよ」

 ・・・ということであった。



 若者達が「戦で手柄を立てたい!」と息巻いているのを、実践経験者の老人が「いやいや、実戦になるとそうはいかない・・・」と諭すお話でした。

 太平洋戦争に従軍した兵隊さんの手記を見ても、日露戦争でも、第一次世界大戦の兵士の述懐を見ても、戦は「始まる前が一番恐ろしい」と言います。

 また、実際、戦闘が始まってしまうと、アドレナリンが大量に分泌されるせいか、無我夢中になって、ほとんど恐怖心は感じなくなるというのも、このお話と同じです。

 まあ、この話のように、ついイキっちゃう若者の気持ちもわからないではありません(笑)



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