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第四十五話 「修験忿意執着の事」
しおりを挟む根岸鎮衛著「耳嚢」 巻之五
「修験忿意執着の事」より
牛込辺りの身分の軽い町家の者の母親が、夏になって質入れした夜着を冬になって請け出し、それを着て横になってウトウトとしていると、
「ばあさん、ばあさん、温かいか?」
そう声が聞こえる、その声は夜着の中から聞こえるようだ。
母親はびっくりして質屋へと向かい、こういう事があったが何か事情を知っているかと聞いたが、質屋も驚いて、
「その夜着は質草としてお預かりしてからずっと蔵で保管しておりました、決して他人に貸すようなこともありませんし、こちらでは何も不審な事はありませんでした、よくお調べ下さい」
と答える。
母親の体験した不思議な話を聞いた子供達が身近な知人にも話すと、何か気になった事でもあったかよく思い出してみてはどうか、と言われたので、母親も色々か考えると、ふと思い出したことがあった。
「そういや、この夜具を請け出した時、表の戸に修験者が一人施しを求めてきたが、ちょっと立て込んだ用があったので、取り合わずに追い返したことがあったけど、そんなことで恨みを受けるとは思えないが・・・・」
それを聞いた一人の老人が言った。
「まったく、それが原因であろう、その修験者はよく町内を回ってくる者か?」
「ええ、よくこの辺りをウロウロしておりますが・・・・」
「もし、もう一度来たときは、少し施しをして、お茶なども淹れて挨拶すると良いだろう」
翌日、早速かの修験者が家の前を通った際、母親は彼を呼び止め、
「先日は、ちょっと忙しかったものだから、邪険に追い返したりしてすまなかったねぇ、少しお茶でも飲んでいってください」
そう言って、施しをして茶を汲んできた。
その修験者は、
「先日は、荒々しく断られたので施しを乞わなかったが、さてさて、人の心というのは一面だけでは分からないものだ・・・・」
と、色々世間話をして帰って行った。
その後は、夜着の怪異も全くなくなったという。
これも前話同様、人の「念」が起こした怪異と言えます。
特に修験者等は、そういう、何か不思議な能力があると信じられていたようです。
まったく関係ないですが、初対面では悪印象だったのが、よくよく話してみると凄くいい人だったとか、そういう例は世の中にはたくさんありますね。
人の心というのはまさに一面だけでは分からないものです。
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