SCREAM ANGEL

すずね

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STAGE4ー1

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 暗い会場にSEが流れ、シンバルを合図に響生もステージ中央に駆け出した。
 第一声はスクリーム。
 16ビートのヘビーなサウンドに、太く低く攻撃的に叫んだが。
「……っ」
 リハーサルでほんの少しだけ違和感を感じていた喉に、強烈な痛みが走った。
 長いギターソロの間に冷たい水で喉を潤し、何度も唾液を飲み込んで痛みを和らげようとしているが、依然として激痛が残る。
 2曲目、3曲目はスクリームが多い曲なので慎重に歌うも、喉が腫れて声が出ない。 
 練習中であれば、ここまでの不調の時にはボーカルを入れずに流している所だが、今は本番のライブ中だからそういうわけにはいかない。
 無理矢理叫んで声を絞り出す。
 4曲目のバラードでとうとう音程が取れなくなり、焦りから歌詞が飛んだ。
 即興の歌詞で誤魔化し、勢いで最後まで歌い切った。
 アンコール曲に選んだのは、客と掛け合いができる曲だった。
 盛り上げるために、何度も同じフレーズを一緒に歌えるように作ったことが、今日は仇になった。
 アレンジを加えながら、まだまだ掛け合いは続く。
 笑顔で拳を振り上げているが、全身からは脂汗が噴き出していた。
 血の味がする唾液を何度も飲み下し、いつも以上のテンションでステージを盛り上げ続ける。
 大好きなステージなのに、早く終わってくれと願ったのは初めてだった。
 曲の最後は抒情的なメロディで締め括る……はずだったが声は掠れて音程を取ることさえできなかった。

 酸欠気味で目の前がチカチカする中、コウがすれ違いざまに視線を向けてきたが、意気消沈して項垂れる響生は全く気付かない。
 自己嫌悪で頭が混乱している響生には、周囲に気を配る余裕は無かった。
 何が悪かった? 
 練習を増やしたこと? 
 喉の掠れを根性で乗り切ろうとしたこと? 
 痛みがあっても喉をいじめるような練習を続けたこと?
 今までは何とかなったのに、なぜ今回はダメだったのか。
 こんなに努力しているのに何故? 
 そんな思いがグルグル廻る。
 着替えて荷物を整理した響生は、暗い顔で地上に向かう。
 いつの間にか季節は春。
 連休中はあんなに暑かったのに、今夜は今にも降り出しそうな雨雲が低く立ち込め、湿った空気が冷気を運んできた。
 響生は水を買ってその場で一本飲み干し、頭を冷やす。
 まずは喉の腫れが引くまでは発声練習は休み、来月のライブに備えて徐々にトレーニングを再開する。
 次は絶対に失敗しない。
 大丈夫だ、努力は裏切らないはずだと自分に言い聞かせる。
 声をかけてくれるファンに、「チケット分のパフォーマンスをできなくてごめんなさい」と心の中で謝罪しながら地下へと戻った。

 フロアに戻ると、コウのライブは既に始まっていた。
「響生君! やっと見つけた。この後、いつもの店で打ち上げなの?」
 万作がピタリと身を寄せて、満面の笑みで話しかけてくる。
 1か月ぶりのライブだから少しだって聴き逃したくないところだが、無下にするわけにもいかないので、響生も愛想笑いを返す。
「どうでしょう、まだ聞いてないので」
「?」
 大音量に紛れて聞こえないようなので、背伸びをして万作の耳元で再び同じことを言う。
 その瞬間、彼の瞳が大きく見開かれ、熱っぽく潤んだ。
「また何かご馳走祖してあげる。何がいい」
 肩を抱き寄せて、万作も響生の耳に顔を寄せて話す。
 引き寄せる力の強さと、媚びた声色に、急に彼が怖くなった。
 それでも大声は出せなくて、再び耳元で答える。
「行くかどうか分からないので大丈夫です」
「打ち上げが無いなら二人でご飯食べに行こうよ。好きなところに連れて行ってあげる。お洒落なお店がいい? それとも若い子はガッツリ系のがいいのかな」
 肩だけでなく、もう一方の手も腹に回され、抱きしめられるような格好になってしまった。
「そろそろ二人で……ゆっくり話したいし」
 耳に唇が触れて、そのまま耳朶を食まれてた。
「し、食欲ないんで大丈夫です」
 過剰な接触に危険を感じて、身を捩って腕からすり抜けた。
 取り繕った笑顔で会釈をし、逃げるようにその場を離れた。
 楽屋に戻り、帰り支度をしているメンバーの間を抜けてシンを探す。
 思わせぶりな事などした覚えはないが、今日の距離感はおかしい。
 あんな風にベタベタされるような仲じゃない。
 なのに、どう考えてもあれは……。
(百歩譲って挨拶のチュっていうやつならまだしも、あれはイチャイチャする時のヤツじゃん)
 感触を消し去りたくて、耳をゴシゴシと擦る。
 シンに相談して、万作が何か勘違いしているようだが自分にそういうつもりはないと言ってもらおうか。
 だが、あの男がそんな面倒ごと引き受けてくれるだろうか。
 壁にもたれかけてグズグズと考えていたら、聴いたことのない曲が聴こえてきた。
 その瞬間、万作の事は頭の片隅に追いやった。
(万作さんはただのファンだ。最低限の関わり以外持たなければ大丈夫。そうだ、さっきは俺に隙があっただけだ。それより新曲だよ!)
 1フレーズだって聴き逃すわけにいかないのだ。
 甘いバラード曲に、コウのどこまでも普通な歌声が乗る。
 繰り返されるフレーズに、響生も聞きながら掠れた歌声を重ねる。
 まるで自分の為に作られたかのように、得意な音域でのサビとメロディー。
 間奏も最後のリフレインも、完璧なまでに好みの曲だった。
 喉の調子が良かったら、もっと繊細に、甘く、切ない声色で歌えるのに。

 落ち込んではいるが、エンフラの新曲で少しだけ元気が出た。
 響生も、勢いだけの曲だけじゃなくて、あんなふうに切なくなるような曲も作ってみたい。
 そんな事を考えながら、ライブが終わったコウを待つ。
 戻って来た憧れの人に、いつものように水を渡して背を向けた時、リュックをグイと引かれた。
「お前さ……」
 振り返ると、間近に長身のコウが立っている。
 コウから話しかけられたことに、期待と喜びの表情を浮かべたのは一瞬だけだった。
「ショボいヒゲ生やして、無理にデス声出して、結果まともに歌えなきゃ、ただの自己満足だって分かってる? せっかく綺麗な声を親に貰ったのに、宝の持ち腐れだろ」
 声を荒げるわけでもなく、淡々と告げられる。
「えっと、あの……」
 いきなりのダメ出しに頭が真っ白になった。
 確かに今日のライブは声が出ていなかったし、ヒゲが似合わないのも分かっている。
 だが、今ここで、そんなことを言うのか?
「何から逃げてるの? 男に犯られたことでもあるの? 俺は雌じゃありませんって主張すればするほど悲壮感が溢れて見てる方がイタいんだけど」
 ひどい言葉を投げつけられて、その理不尽さに、返す言葉が見つからない。
「やられたって、何言って……」
「男にキスされて泣きそうになってただろ」
 万作とのやり取りを見られていたようだ。
「お前が、何がしたいか全く分からない。デス演ってる俺カッコイイと思って酔ってるなら時間の無駄。もっとマシな歌うたった方がいい」
 つまり下手なスクリームなんて聞いていられない、同じステージに立ってほしくない、と。
 そんなのはマッチングしたスタッフに言ってくれ、と怒りが湧いた。
 もう4度目だ。
 分かっていたら断ればいい。
 それに、ボーカルのレベルについて言わせてもらえば、他人を指摘できる立場ではないだろう。
 それでも響生は奥歯を噛み締め、小さく深呼吸をする。
「ふ、不快な演奏を聴かせて、すみませんでした。失礼します」
 ショックで何も考えられない。
 涙が溢れそうになるのを飲み込み、今度こそ背を向けて立ち去る。
「いや、そうじゃなくてっ」
 後ろから聞こえたがもう無理だ。
 これ以上罵倒されては身が持たない。
 言葉を交わすようになり、もっと親しくなれるかもしれないと期待していた。
 だがそれは響生の独り善がりだった。
 本人からは鬱陶しいと思われていたのだ。
 バンドメンバーを蔑ろにして浮かれていた罰が当たったのだろうか。
 震える呼吸を整えながら、早足でフロアに出た。

「待って! ヒビキ」
 追いかけてきたサクに、腕を掴まれた。
 彼にも何か言われるのだろうかと身構えたら、手を離して気まずそうな笑顔を向ける。
「あれはないよね、コウのあれは酷い! 若者のアイデンティティー叩き潰して誰得だよなぁ。ホントごめんね。あんなんでも悪気はないから許してやって? よく言っておくからさ。俺は好きだよ、ヒビキのスクリーム。あれで白飯5杯はいけるレベルで好きだから」
 良く分からないレベルだが、褒めてくれているのだろう。
「ありがとう」
 堪えていた涙が溢れそうになって、手の甲で乱暴に拭った。
「あんなん言われたら俺ならブチ切れて一発入れてるところだよ。ヒビキ、ホント良い子だね」
「本当の事だから……」
 サクは困ったように笑って、首に掛けたタオルで涙を拭いてくれた。
「俺の汗くさくてごめんな」
 確かに汗で湿っていたが、雑な優しさがかえって嬉しい。
「くさくないよ」
 笑おうとしたが、なぜだか余計に涙が止まらなくなってしまった。
「うわー、泣かないで! ヤツの事は俺がきっちりとシメとくから」
 そう言って抱きしめ、背中や頭を撫でてくれる。
 同じハグでも、万作からされた時はあんなに嫌悪感があったのに、今はなんだか心が穏やかである。
「今度、一緒にメロデスのライブ行こうぜ! 周囲にデス仲間いないんだよね」
「行こう! 俺もだよ。ロックはいいけどデスは無理って言われて、ライブ付き合ってくれる友達いないんだ」
「じゃあ、連絡先交換な! お、ヒビキって響生って書くんだ。音楽の申し子的な名前だな」
 そんなことを話しながら互いに連絡先を交換し、その場で別れた。

 もうコウと同じステージに立つことはないだろう。
 残念だけど仕方ない。
 次のトライチャーのライブでは、胸を張って自分らしいステージを演ればいい。
 わざわざ追いかけてきてくれた、サクの気遣いに少しだけ救われた。
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