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5.無邪気な音色
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第五番 二長調 Molto allegro
夕暮れにさしかかってきた。ヒグラシの鳴き声と浜風が吹く音と波音が三重奏となり音を作り出し、昼間の暑さを少し和らぎさせる。
僕は話題を変えることを試みた。
「チェロはいつから弾いてるの?」
楽器を弾く者同士の単純な好奇心だ。
美海は僕からの質問に少し表情は明るさを取り戻し
「小学校入学してからかな」
「お父さんクラシック音楽が好きで、夜になるとお酒飲みながらCDをかけるの。 チェロだけってわけじゃなくて、ピアノ、ヴァイオリン、交響曲、室内楽何でもだったかな」
「それでデュ・プレに出会ったの。一瞬で引き込まれたの彼女の音色に。まだ小学生だったからその時の感情をはっきりと覚えているわけではないけれど。第一に、この演奏者が女性だってことが驚いたの。力強くて荒々しくて。それで悲劇的だけとどこか優しくて」
「録音状態は今の技術と比較してしまうと劣ってしまうのかもしれないけどそんなことは気にならなくなるくらい魅了されたの」
彼女は今でもその時の感動を覚えているのか、活き活きとして回想録を話始めた。
「その日にお父さんにお願いしてチェロを買って貰ったの」
「この音色が好き、私も弾きたいって」
「お父さん、私の一時の気まぐれで明日になったら忘れてるだろう思ったらしいけど、私次の日もデュ・プレの演奏をねだって、次の日もその次の日も」
「お父さん私のおねだりに根負けして、それでようやく楽器店につれていってもらったの。今でもその日のこと覚えているんだ。だって私チェロをみるの初めてだったのだから。その時嗅いだチェロの木とニスの香りも忘れられない思い出なの」
「子供用の1/4サイズを買ってもらったの。家に帰って弾いてみると『ギーーー』って。まったくの騒音だったと思うのだけど音が鳴るのが私とっても嬉しくてずっと弾いてたの。夜までずっと抱きかかえていて、そのままソファに寝てしまって」
「ぬいぐるみじゃないんだし、壊しちゃうから気を付けなさいねって。お父さんに怒られちゃった」
てへっと笑い、自分の子供の頃を恥ずかしそうに彼女は話した。
「それから毎日毎日練習したの。ご飯の時間になっても私が演奏をやめないからチェロから弾き離そうとお父さん私のことを抱っこしてチェロ落としそうになっちゃうから私は弾くのを諦めたりしたの」
音楽に魅せられたものの性分だな。僕と同じだ。僕もピアノを始めた時はとにかく夢中だった。楽器の種類は異なるが同じ人種に会えたことは素直に嬉しかった。
「教室には通ってた?」
僕は単純に興味を抱いたことを質問してみた。
「うん。一応ね。でもチェロを習える教室は近所になくて、まだ小さかった私は月に一回、横浜までお父さんが付き添える時だけだったんだけどね。だから動画サイトみては指やボウイングの動きなんかみて練習したよ」
美海は少し胸を張りながら「環境に負けず頑張りましたよ」と言わんばかりの口調で話す。
「響君は?」
同じ質問を今度は僕に投げかけられた。
「僕も、一応はね」
僕は少し苦笑いをしながらそう答えた。
「ピアノ教室は近所にいくつもあったからそういった不憫はなかったね。ただ、その、僕は先生の言うことをちっともきかなくて問題児な生徒だったと思うよ。だからすぐに教室は変えてしまって、最後に通っていたところはコンクール前に衝突してしまった」
自分自身にやれやれといった表情で話してしまった。
「しかし、そうか、チェロとなるとなかなか教室は近場にないものなんだね」
楽器によっては練習環境が異なるのは当たり前のことか。
「私はすぐにデュ・プレの真似をしようとして怒られちゃってたの。そういのはまず基礎がきちんと出来てからねって」
えへへと反省した面持ちで話す。
「その時はつまらないって思ったけど、今思えば基礎をしっかりと叩き込んでくれる先生だったからよかったかなって思うの」
「基礎練習は苦ではなかったかな。むしろもう少し感情出してとか言われて、そういうアドバイスで先生とうまくいかなかった」
「ふ~ん。なんだか正反対な感じなのかな?」
美海は新鮮な気持ちにでもなったかのように小首を傾げながら僕の話を聞いてくれる。それは僕自身もそうだった。ピアノ教室は個人レッスンだったから他の生徒とすれ違うことはあっても話すことはなかった。
音楽の取り組み方への姿勢は異なるようだが、それが嫌悪感を抱くということはなかった。楽器に触れない時間はどう過ごしていたかなど話題は尽きなかった。
「授業中も指が勝手に動いちゃってるよね」
美海が照れ笑いしながら話す。
「エア演奏だね」
僕は言葉の表現を変えて追従する。そんな習性を美海が話すのには、自分も思い当たる節があり、自然と笑みがこぼれた。
夕暮れにさしかかってきた。ヒグラシの鳴き声と浜風が吹く音と波音が三重奏となり音を作り出し、昼間の暑さを少し和らぎさせる。
僕は話題を変えることを試みた。
「チェロはいつから弾いてるの?」
楽器を弾く者同士の単純な好奇心だ。
美海は僕からの質問に少し表情は明るさを取り戻し
「小学校入学してからかな」
「お父さんクラシック音楽が好きで、夜になるとお酒飲みながらCDをかけるの。 チェロだけってわけじゃなくて、ピアノ、ヴァイオリン、交響曲、室内楽何でもだったかな」
「それでデュ・プレに出会ったの。一瞬で引き込まれたの彼女の音色に。まだ小学生だったからその時の感情をはっきりと覚えているわけではないけれど。第一に、この演奏者が女性だってことが驚いたの。力強くて荒々しくて。それで悲劇的だけとどこか優しくて」
「録音状態は今の技術と比較してしまうと劣ってしまうのかもしれないけどそんなことは気にならなくなるくらい魅了されたの」
彼女は今でもその時の感動を覚えているのか、活き活きとして回想録を話始めた。
「その日にお父さんにお願いしてチェロを買って貰ったの」
「この音色が好き、私も弾きたいって」
「お父さん、私の一時の気まぐれで明日になったら忘れてるだろう思ったらしいけど、私次の日もデュ・プレの演奏をねだって、次の日もその次の日も」
「お父さん私のおねだりに根負けして、それでようやく楽器店につれていってもらったの。今でもその日のこと覚えているんだ。だって私チェロをみるの初めてだったのだから。その時嗅いだチェロの木とニスの香りも忘れられない思い出なの」
「子供用の1/4サイズを買ってもらったの。家に帰って弾いてみると『ギーーー』って。まったくの騒音だったと思うのだけど音が鳴るのが私とっても嬉しくてずっと弾いてたの。夜までずっと抱きかかえていて、そのままソファに寝てしまって」
「ぬいぐるみじゃないんだし、壊しちゃうから気を付けなさいねって。お父さんに怒られちゃった」
てへっと笑い、自分の子供の頃を恥ずかしそうに彼女は話した。
「それから毎日毎日練習したの。ご飯の時間になっても私が演奏をやめないからチェロから弾き離そうとお父さん私のことを抱っこしてチェロ落としそうになっちゃうから私は弾くのを諦めたりしたの」
音楽に魅せられたものの性分だな。僕と同じだ。僕もピアノを始めた時はとにかく夢中だった。楽器の種類は異なるが同じ人種に会えたことは素直に嬉しかった。
「教室には通ってた?」
僕は単純に興味を抱いたことを質問してみた。
「うん。一応ね。でもチェロを習える教室は近所になくて、まだ小さかった私は月に一回、横浜までお父さんが付き添える時だけだったんだけどね。だから動画サイトみては指やボウイングの動きなんかみて練習したよ」
美海は少し胸を張りながら「環境に負けず頑張りましたよ」と言わんばかりの口調で話す。
「響君は?」
同じ質問を今度は僕に投げかけられた。
「僕も、一応はね」
僕は少し苦笑いをしながらそう答えた。
「ピアノ教室は近所にいくつもあったからそういった不憫はなかったね。ただ、その、僕は先生の言うことをちっともきかなくて問題児な生徒だったと思うよ。だからすぐに教室は変えてしまって、最後に通っていたところはコンクール前に衝突してしまった」
自分自身にやれやれといった表情で話してしまった。
「しかし、そうか、チェロとなるとなかなか教室は近場にないものなんだね」
楽器によっては練習環境が異なるのは当たり前のことか。
「私はすぐにデュ・プレの真似をしようとして怒られちゃってたの。そういのはまず基礎がきちんと出来てからねって」
えへへと反省した面持ちで話す。
「その時はつまらないって思ったけど、今思えば基礎をしっかりと叩き込んでくれる先生だったからよかったかなって思うの」
「基礎練習は苦ではなかったかな。むしろもう少し感情出してとか言われて、そういうアドバイスで先生とうまくいかなかった」
「ふ~ん。なんだか正反対な感じなのかな?」
美海は新鮮な気持ちにでもなったかのように小首を傾げながら僕の話を聞いてくれる。それは僕自身もそうだった。ピアノ教室は個人レッスンだったから他の生徒とすれ違うことはあっても話すことはなかった。
音楽の取り組み方への姿勢は異なるようだが、それが嫌悪感を抱くということはなかった。楽器に触れない時間はどう過ごしていたかなど話題は尽きなかった。
「授業中も指が勝手に動いちゃってるよね」
美海が照れ笑いしながら話す。
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