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ムー大陸編
22精神力増幅装置とその管理人
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邪神のリクエストに応えて、最近レパートリーに入れた曲、ニコロ・パガニーニ作曲二十四のカプリースから第二十四番を弾いた。いつものように神谷の周りをいくつもの黒い影が舞っていた。
「神谷、今日はもう一曲弾いて欲しいそうだ。ヒラニプラやここでのゆっくりとした曲に辟易しているらしいからね」
二曲目は以前弾いて邪神が気に入っていた曲、フランシスコ・タレガ作曲グランホタを弾いた。邪神好みにテンポを極限まで上げたことは言うまでもない。
「こいつも今日の演奏にはいたく満足したみたいだ」
何もなかった部屋に白いテーブルが現れ、その上には二人分のグラスと赤ワインのボトルが置かれていた。言うまでもなく邪神のサービスだ。
「今日は好きなだけ飲んでくれと言ってるよ」
今日は飲み放題なようだ、酒好きの神谷にとってはありがたい気遣いだ。
「気遣いなんかじゃないさ、こいつらは自分が気に入ったからそれに見合う対価を与えているだけだよ、それも気まぐれにね」
「ここでは夕食は出ないのかな」
「頼めば出るよ」
「頼むって、どんな風に?」
言った途端に神谷の頭の中にスープと思われる白い液体のはいった深皿の映像が浮かんだ。そして、映像と同じ物が目の前のテーブルの上に現れた。
同じようにして、薄切りにした肉、生野菜がテーブルの上に並んだ。
「やっぱりこの方式か」
「これならば、つまみはいらないね」
深皿にはいった白い液体は、スパイスの利いたホワイトスープだったタマネギのような野菜が中に入っている。肉は黄色人用の馬の肉とは違う味がする。
「それは現代の牛の祖先だね。これらは白色人の食べる者だ、客人用の食事は白食人並の扱いということなんだろうね」
皿の前にはナイフとフォークが置かれていた。現代の物とは違い、円形をしているが、ピザカッターの要領で肉を切った。素材はプラスチックのような物でできているようだが、切れ味は抜群だった。
スパイスの利いた料理は赤ワインに良く合った。あっという間に三本のワインが空になった。
目が覚めると床に敷かれた白い毛布にくるまっていた。隣ではアルハザードがすでに起き上がってカップを片手に書類に目を落としている。
「やあ、起きたかい、あんまり良く寝ているからそっとしておいたんだけどね」
腕時計を見ると時間はすでに八時を過ぎていた。夕べ横になった時間を考えると、八時間以上の眠っていたことになる。
「その書類は?」
「これかい? これはこの王宮の設計図だよ、こいつの機嫌がいいから、今朝起きたら頭の上に置いてあった」
神谷が書類を覗き込んだが、アラビア語で書かれた文字を読めるはずもなかった。
「詳細な図面という訳にはいかないけど、大まかな見取り図をこいつが作ってくれたんだよ」
アルハザードが指差した邪神は床の上で丸まり、眠っているようにしか見えない。
「神谷、テーブルの上を見てごらん」
テーブルの上を見ると、そこには水の入った大きなグラスとコーヒーの入ったカップが置かれていた。
水を一息で飲み干し、コーヒーカップに口を付けていると、頭の中に昨日の案内係の女性の姿が浮かんだ。無表情で唯立っているだけの映像だ。
「そろそろ迎えに来るみたいだね」
アルハザードも同じ映像を見たようだ。
間もなく壁に人が通れる空間ができ、案内係の女性が部屋に入って来た。
「それでは案内をします、宜しいですか」
相手の都合などどうでもいいような言い方は相変わらずだ。
「こちらの希望を聞いてもらうことはできますか」
珍しくアルハザードが丁寧な口調で女性に尋ねている。邪神がそのまま通訳してくれていれば良いのだが。
「どのような都合でしょうか」
「この王宮に巨大な精神力増幅装置があると思うのですが、それを拝見したい」
「その装置を見るためには特別な許可が必要です。今、それを確かめてみます」
女性は両掌を胸の刺繍の上に置いて目を閉じた。そのまま一分ほど経ち、女性が静かに目を開けた。
「宜しいとのことです、但し、私はそこには同行できません、別の者が御一緒しますが宜しいですね」
アルハザードが頷くと、女性に促されて部屋を出た。神谷は念のためにギターケースを背負って行くことにした。何時、どこかで演奏の依頼があるか分からない。
「その胸についている花の刺繍が精神力増幅装置なのですか」
アルハザードが前を歩く女性に尋ねた。
「ええ、この文様はこの王宮の象徴です。この文様自体は唯念を送るだけの性能しかありません。精神力増幅装置はこれよりも遥かに強大な物です」
いうなれば、通話しかできない携帯電話といったところか。
「その文様を使って精神力増幅装置を動かすことはできるのですか」
「街の外で車を御覧になりましたか」
「ええ、白色人と赤色人が夫々に乗っている物を二台見ました」
「私は王族の従者なのであの車には乗りませんが、あの車に積まれている物くらいでしょうかこの文様で動かせる装置は、ここの増幅器はあまりに強力でこの文様程度の力では動かすことはできません。それに、……」
「それに?」
「この王宮の増幅装置を動かすことができるのは、黄金人、すなわち王族の方達だけです」
「では、これから増幅装置を案内してくれるというのは」
「王族の方です」
「王族の中でもこの王宮の設備全般を一任されている方です」
話しているうちに女女性が立ち止まり、壁に手をついた。そこには女性の胸についている物と同じ花の形をした金色の刺繍があった。但し、周りの壁の色も金色なので知らなければ気がつかないだろう。
壁に人が通れる空間ができた。中には神谷を同じくらいの身長の金色人の男性が立っていた。
「では、宜しくお願いします」
女性は神谷たちを振り返ることもなく、その場を去って行った。
「君たちかね、ここの装置を見たいというのは、今までこの装置を見ることができたのは王族と一部の白色人だけだ、それ以外の者がこの部屋に入るのは初めてだ。もっとも、この島に海を越えてやって来た者など今まで一人もいないのだがね」
男性は四十代の半ばくらいの年齢だろうか、王宮の設備を任されているということは、機関士ということだろうか、それに見合った立派な体格をしている。
「この設備は王宮の中でも特に重要な物だ。質問は構わないが許可なく機械に触れてはならないよ」
男性の背後には、大きなエンジンのような装置がモーター音を立てて動いている。
神谷はこれと似た装置を見たことがある、学生時代にアルバイトで警備員をしていた時に、巡回の最中に機械室で見たビルの自家発電装置だ。
「神谷、今日はもう一曲弾いて欲しいそうだ。ヒラニプラやここでのゆっくりとした曲に辟易しているらしいからね」
二曲目は以前弾いて邪神が気に入っていた曲、フランシスコ・タレガ作曲グランホタを弾いた。邪神好みにテンポを極限まで上げたことは言うまでもない。
「こいつも今日の演奏にはいたく満足したみたいだ」
何もなかった部屋に白いテーブルが現れ、その上には二人分のグラスと赤ワインのボトルが置かれていた。言うまでもなく邪神のサービスだ。
「今日は好きなだけ飲んでくれと言ってるよ」
今日は飲み放題なようだ、酒好きの神谷にとってはありがたい気遣いだ。
「気遣いなんかじゃないさ、こいつらは自分が気に入ったからそれに見合う対価を与えているだけだよ、それも気まぐれにね」
「ここでは夕食は出ないのかな」
「頼めば出るよ」
「頼むって、どんな風に?」
言った途端に神谷の頭の中にスープと思われる白い液体のはいった深皿の映像が浮かんだ。そして、映像と同じ物が目の前のテーブルの上に現れた。
同じようにして、薄切りにした肉、生野菜がテーブルの上に並んだ。
「やっぱりこの方式か」
「これならば、つまみはいらないね」
深皿にはいった白い液体は、スパイスの利いたホワイトスープだったタマネギのような野菜が中に入っている。肉は黄色人用の馬の肉とは違う味がする。
「それは現代の牛の祖先だね。これらは白色人の食べる者だ、客人用の食事は白食人並の扱いということなんだろうね」
皿の前にはナイフとフォークが置かれていた。現代の物とは違い、円形をしているが、ピザカッターの要領で肉を切った。素材はプラスチックのような物でできているようだが、切れ味は抜群だった。
スパイスの利いた料理は赤ワインに良く合った。あっという間に三本のワインが空になった。
目が覚めると床に敷かれた白い毛布にくるまっていた。隣ではアルハザードがすでに起き上がってカップを片手に書類に目を落としている。
「やあ、起きたかい、あんまり良く寝ているからそっとしておいたんだけどね」
腕時計を見ると時間はすでに八時を過ぎていた。夕べ横になった時間を考えると、八時間以上の眠っていたことになる。
「その書類は?」
「これかい? これはこの王宮の設計図だよ、こいつの機嫌がいいから、今朝起きたら頭の上に置いてあった」
神谷が書類を覗き込んだが、アラビア語で書かれた文字を読めるはずもなかった。
「詳細な図面という訳にはいかないけど、大まかな見取り図をこいつが作ってくれたんだよ」
アルハザードが指差した邪神は床の上で丸まり、眠っているようにしか見えない。
「神谷、テーブルの上を見てごらん」
テーブルの上を見ると、そこには水の入った大きなグラスとコーヒーの入ったカップが置かれていた。
水を一息で飲み干し、コーヒーカップに口を付けていると、頭の中に昨日の案内係の女性の姿が浮かんだ。無表情で唯立っているだけの映像だ。
「そろそろ迎えに来るみたいだね」
アルハザードも同じ映像を見たようだ。
間もなく壁に人が通れる空間ができ、案内係の女性が部屋に入って来た。
「それでは案内をします、宜しいですか」
相手の都合などどうでもいいような言い方は相変わらずだ。
「こちらの希望を聞いてもらうことはできますか」
珍しくアルハザードが丁寧な口調で女性に尋ねている。邪神がそのまま通訳してくれていれば良いのだが。
「どのような都合でしょうか」
「この王宮に巨大な精神力増幅装置があると思うのですが、それを拝見したい」
「その装置を見るためには特別な許可が必要です。今、それを確かめてみます」
女性は両掌を胸の刺繍の上に置いて目を閉じた。そのまま一分ほど経ち、女性が静かに目を開けた。
「宜しいとのことです、但し、私はそこには同行できません、別の者が御一緒しますが宜しいですね」
アルハザードが頷くと、女性に促されて部屋を出た。神谷は念のためにギターケースを背負って行くことにした。何時、どこかで演奏の依頼があるか分からない。
「その胸についている花の刺繍が精神力増幅装置なのですか」
アルハザードが前を歩く女性に尋ねた。
「ええ、この文様はこの王宮の象徴です。この文様自体は唯念を送るだけの性能しかありません。精神力増幅装置はこれよりも遥かに強大な物です」
いうなれば、通話しかできない携帯電話といったところか。
「その文様を使って精神力増幅装置を動かすことはできるのですか」
「街の外で車を御覧になりましたか」
「ええ、白色人と赤色人が夫々に乗っている物を二台見ました」
「私は王族の従者なのであの車には乗りませんが、あの車に積まれている物くらいでしょうかこの文様で動かせる装置は、ここの増幅器はあまりに強力でこの文様程度の力では動かすことはできません。それに、……」
「それに?」
「この王宮の増幅装置を動かすことができるのは、黄金人、すなわち王族の方達だけです」
「では、これから増幅装置を案内してくれるというのは」
「王族の方です」
「王族の中でもこの王宮の設備全般を一任されている方です」
話しているうちに女女性が立ち止まり、壁に手をついた。そこには女性の胸についている物と同じ花の形をした金色の刺繍があった。但し、周りの壁の色も金色なので知らなければ気がつかないだろう。
壁に人が通れる空間ができた。中には神谷を同じくらいの身長の金色人の男性が立っていた。
「では、宜しくお願いします」
女性は神谷たちを振り返ることもなく、その場を去って行った。
「君たちかね、ここの装置を見たいというのは、今までこの装置を見ることができたのは王族と一部の白色人だけだ、それ以外の者がこの部屋に入るのは初めてだ。もっとも、この島に海を越えてやって来た者など今まで一人もいないのだがね」
男性は四十代の半ばくらいの年齢だろうか、王宮の設備を任されているということは、機関士ということだろうか、それに見合った立派な体格をしている。
「この設備は王宮の中でも特に重要な物だ。質問は構わないが許可なく機械に触れてはならないよ」
男性の背後には、大きなエンジンのような装置がモーター音を立てて動いている。
神谷はこれと似た装置を見たことがある、学生時代にアルバイトで警備員をしていた時に、巡回の最中に機械室で見たビルの自家発電装置だ。
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