親友は砂漠の果ての魔人

瑞樹

文字の大きさ
35 / 73
ムー大陸編

22精神力増幅装置とその管理人

しおりを挟む
 邪神のリクエストに応えて、最近レパートリーに入れた曲、ニコロ・パガニーニ作曲二十四のカプリースから第二十四番を弾いた。いつものように神谷の周りをいくつもの黒い影が舞っていた。

「神谷、今日はもう一曲弾いて欲しいそうだ。ヒラニプラやここでのゆっくりとした曲に辟易しているらしいからね」

 二曲目は以前弾いて邪神が気に入っていた曲、フランシスコ・タレガ作曲グランホタを弾いた。邪神好みにテンポを極限まで上げたことは言うまでもない。

「こいつも今日の演奏にはいたく満足したみたいだ」

 何もなかった部屋に白いテーブルが現れ、その上には二人分のグラスと赤ワインのボトルが置かれていた。言うまでもなく邪神のサービスだ。

「今日は好きなだけ飲んでくれと言ってるよ」

 今日は飲み放題なようだ、酒好きの神谷にとってはありがたい気遣いだ。

「気遣いなんかじゃないさ、こいつらは自分が気に入ったからそれに見合う対価を与えているだけだよ、それも気まぐれにね」

「ここでは夕食は出ないのかな」

「頼めば出るよ」

「頼むって、どんな風に?」


 言った途端に神谷の頭の中にスープと思われる白い液体のはいった深皿の映像が浮かんだ。そして、映像と同じ物が目の前のテーブルの上に現れた。

 同じようにして、薄切りにした肉、生野菜がテーブルの上に並んだ。

「やっぱりこの方式か」

「これならば、つまみはいらないね」

 深皿にはいった白い液体は、スパイスの利いたホワイトスープだったタマネギのような野菜が中に入っている。肉は黄色人用の馬の肉とは違う味がする。

「それは現代の牛の祖先だね。これらは白色人の食べる者だ、客人用の食事は白食人並の扱いということなんだろうね」

 皿の前にはナイフとフォークが置かれていた。現代の物とは違い、円形をしているが、ピザカッターの要領で肉を切った。素材はプラスチックのような物でできているようだが、切れ味は抜群だった。

 スパイスの利いた料理は赤ワインに良く合った。あっという間に三本のワインが空になった。

 目が覚めると床に敷かれた白い毛布にくるまっていた。隣ではアルハザードがすでに起き上がってカップを片手に書類に目を落としている。

「やあ、起きたかい、あんまり良く寝ているからそっとしておいたんだけどね」

 腕時計を見ると時間はすでに八時を過ぎていた。夕べ横になった時間を考えると、八時間以上の眠っていたことになる。

「その書類は?」

「これかい? これはこの王宮の設計図だよ、こいつの機嫌がいいから、今朝起きたら頭の上に置いてあった」


 神谷が書類を覗き込んだが、アラビア語で書かれた文字を読めるはずもなかった。

「詳細な図面という訳にはいかないけど、大まかな見取り図をこいつが作ってくれたんだよ」

 アルハザードが指差した邪神は床の上で丸まり、眠っているようにしか見えない。

「神谷、テーブルの上を見てごらん」

 テーブルの上を見ると、そこには水の入った大きなグラスとコーヒーの入ったカップが置かれていた。

 水を一息で飲み干し、コーヒーカップに口を付けていると、頭の中に昨日の案内係の女性の姿が浮かんだ。無表情で唯立っているだけの映像だ。

「そろそろ迎えに来るみたいだね」

 アルハザードも同じ映像を見たようだ。

 間もなく壁に人が通れる空間ができ、案内係の女性が部屋に入って来た。

「それでは案内をします、宜しいですか」

 相手の都合などどうでもいいような言い方は相変わらずだ。

「こちらの希望を聞いてもらうことはできますか」

 珍しくアルハザードが丁寧な口調で女性に尋ねている。邪神がそのまま通訳してくれていれば良いのだが。

「どのような都合でしょうか」

「この王宮に巨大な精神力増幅装置があると思うのですが、それを拝見したい」

「その装置を見るためには特別な許可が必要です。今、それを確かめてみます」

  女性は両掌を胸の刺繍の上に置いて目を閉じた。そのまま一分ほど経ち、女性が静かに目を開けた。

「宜しいとのことです、但し、私はそこには同行できません、別の者が御一緒しますが宜しいですね」

 アルハザードが頷くと、女性に促されて部屋を出た。神谷は念のためにギターケースを背負って行くことにした。何時、どこかで演奏の依頼があるか分からない。

「その胸についている花の刺繍が精神力増幅装置なのですか」

 アルハザードが前を歩く女性に尋ねた。

「ええ、この文様はこの王宮の象徴です。この文様自体は唯念を送るだけの性能しかありません。精神力増幅装置はこれよりも遥かに強大な物です」

 いうなれば、通話しかできない携帯電話といったところか。

「その文様を使って精神力増幅装置を動かすことはできるのですか」

「街の外で車を御覧になりましたか」

「ええ、白色人と赤色人が夫々に乗っている物を二台見ました」

「私は王族の従者なのであの車には乗りませんが、あの車に積まれている物くらいでしょうかこの文様で動かせる装置は、ここの増幅器はあまりに強力でこの文様程度の力では動かすことはできません。それに、……」

「それに?」

「この王宮の増幅装置を動かすことができるのは、黄金人、すなわち王族の方達だけです」

「では、これから増幅装置を案内してくれるというのは」

「王族の方です」

「王族の中でもこの王宮の設備全般を一任されている方です」

 話しているうちに女女性が立ち止まり、壁に手をついた。そこには女性の胸についている物と同じ花の形をした金色の刺繍があった。但し、周りの壁の色も金色なので知らなければ気がつかないだろう。

 壁に人が通れる空間ができた。中には神谷を同じくらいの身長の金色人の男性が立っていた。

「では、宜しくお願いします」

 女性は神谷たちを振り返ることもなく、その場を去って行った。

「君たちかね、ここの装置を見たいというのは、今までこの装置を見ることができたのは王族と一部の白色人だけだ、それ以外の者がこの部屋に入るのは初めてだ。もっとも、この島に海を越えてやって来た者など今まで一人もいないのだがね」

 男性は四十代の半ばくらいの年齢だろうか、王宮の設備を任されているということは、機関士ということだろうか、それに見合った立派な体格をしている。

「この設備は王宮の中でも特に重要な物だ。質問は構わないが許可なく機械に触れてはならないよ」

 男性の背後には、大きなエンジンのような装置がモーター音を立てて動いている。

 神谷はこれと似た装置を見たことがある、学生時代にアルバイトで警備員をしていた時に、巡回の最中に機械室で見たビルの自家発電装置だ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...