お友達係から解放されたのですが、

C t R

文字の大きさ
4 / 35

04 重低音




クレムがモルガの両肩を掴んだ。

「竜がいる? 今、領内に?」

何気なく振った話に興奮気味に食い付かれて、モルガは呆気に取られつつもコクコクと頷いて見せた。

「この程現役を退いたブルー、青竜です」

竜苑地なる広大な自然公園で、青竜が隠居生活を送っている。
五百五歳の大ベテランだ。

竜は、動物と魔物の中間の生き物とされる。
人間の邪気から生じる魔物は死後、亡骸を残さず消滅する。食物連鎖から完全に逸脱した存在は死んでも他の動植物の養分にならない。
対して竜は亡骸を残す。埋葬され土に還る。竜苑地内には霊廟もある。
クレムは頬を紅潮させた。

「竜に会ってみたいわ。竜苑地に行ったらダメかしら?」

「んんー」とモルガは難しく唸った。
竜は神聖な生き物で、この侯爵領では神と同等に扱われている。竜苑地は自然公園の分類ながら人間向けのテーマパークとかではない。あくまでも竜の為の施設だ。

「侯爵閣下のお許しが無いと」

クレムはがっかりした。
侯爵に気安く「竜に会いたいです!」などと願い出る事は出来ない。
自他に厳しい、お堅い軍人なのは帝都の噂で耳にしている。尤もお堅くない軍人というのも「ちゃんと学校出たの?」と心配になるけれど。
去年の戦勝三百周年記念パレードで侯爵の凛々しい横顔を見かけた。いかにも融通が利かなそうな険しい面構えをしていた。
頼んでも無駄だろうし、頼み事をしたくない。
気落ちごとクレムの肩が落ちた。

でも二日後、クレムは竜に会う。



正午前、モルガは先輩メイドからドン引きの話を聞かされた。

「さっき帝都からの使者ってのが訪ねて来てね、クレム嬢はどんなご様子でしょうかーって訊かれたの。だから言ってやったわ。物置同然の屋根裏部屋でごろごろしながら、度々小さいメイドに当たり散らして迷惑かけてまーすって正直にね」

唖然とするモルガを尻目に、先輩メイドは憤った。

「そしたらその人、そうですかあって嬉しそうに納得しちゃって。今になって腹立つー。あれ、厄介払いが出来てホッとひと安心って顔よ」

モルガは内心「ホントに様子見に来た。皇子様は歪んでる」と戦慄していた。
クレムに伝えなければ。読みが当たりましたよ、と。

「あ、じゃ私、仕事に戻りまー、す」

くるーりと背を向けた小さい同僚を、先輩メイドが「ねえ」と呼び止める。

「最近モルガの髪とかお肌とか綺麗になったわよね。何か変えた? あ、さてはママさんの新作でしょ」

そうだけど今それどころじゃないモルガは、逃げるように背中で告げた。

「仕事に戻りまーす」
「ちょ、それマルシェで売ってってママさんに頼んでええ」

美容に熱心なお姉様を放り出して、仔栗鼠よろしくモルガの早足が邸内をさささと移動し、最上階の屋根裏部屋に駆け込む。

クレムの顔が忙しく開閉したドアを振り返った。
彼女はランジェリー姿で、逆さまだ。

「どうしたの、モルガ」
「クレム様がどうされたんです。なんで逆さま」
「逆立ち。座りっぱなしは美容と健康に悪いから」
「そうなんですね。――聞いてください」

あたふたとモルガは報告する。
逆立ちのまま話を聞き終えると、クレムは両の素足を床にぴたんと戻した。このエクササイズの為にも完璧な床掃除が要るのだ。

「やはり、皇子殿下は相当お怒りのご様子ね」
「そして相当歪んでます」
「仕方ないわ。彼は、婚約者に夢中だもの」

モルガは全然納得がいかなかった。

「皇子様は何も分かっちゃいないんです。お優しいクレム様が聖女様に嫌がらせするなんて有り得ないのに」

クレムは、今にも泣き出しそうな小さいメイドに微笑んだ。

「捉え方は人それぞれだわ。それに私は、――しくじったから」

モルガはどうあっても納得がいかなかった。
クレムはしくじってなんかいない。ちゃんと親切だった。今モルガに教えてくれているように聖女にも接していた。
皇子が視野狭窄なのだ。現実を見ないまま聖女のヒーロー気取りで権力を振るった。
世間知らずの子供が権力を持つとロクな事が無い、という良い見本だ。

「ばかやろうですよ」
「小さいお嬢さん。それ外で口にしちゃダメよ」

不思議なほど、クレムには理不尽な皇子への恨み辛みが見られない。
まさか、とモルガは蒼褪めた。

「クレム様は皇子様の事を」
「絶対に無いわ」

何よりだ。



何よりなのは、今日の抜き打ち訪問である。
良い感じにメイドが帝都に情報を与えてくれたので、暫くは無いと見て良い。
侯爵もまだ戻らない。
自由に動ける間、何か出来ないものかとクレムは考えた。
自然と思考は竜に行きつく。地上最大の陸上生物への興味は尽きない。

――いけない。研究対象みたく考えてる。

追放された身で目立つ動きは許されない。
息を潜めて暮らさなければ「処罰」にならない。何もしてはダメだ。

昼食後、クレムとモルガは邸宅の裏庭でこっそり日光浴をする事にした。
芝生にパラソルを立てて日陰に寝転がる。
南西部の五月は暖かい。北部はこの時期でもまだ防寒具を仕舞えない。
世界最大の国家である帝国はとにかく広大だ。端と端の領土は外国並みに遠く、文化もかなり異なる。
侯爵領と実家である子爵領は帝都を中心にほぼ真逆に位置し、レールも繋がっていない事もあり本当に国内の外国に来た、という気がした。

芝生に頭を置いて青い空を眺めていたクレムは、顔の横を掠めた赤いものを視界の端に捉えた。

「あ、てんとう虫」

クレムは伏せの姿勢を取り、低空飛行で次なる着地点へ向かう虫を目で追う。隣でモルガが同じように伏せている。目付きがやけに鋭い。

「……モルガ、ハンターのお顔になっているのは何故? てんとう虫を虐めるのはダメよ」
「でも虫ですよ。あれはただの虫です」
「私の故郷では幸運の象徴って言われててね――なに飛び掛かろうとしてるの。意地悪な猫みたいなマネは認めません」
「私、死ぬほど虫が嫌いなんですよ。そこら中にいてうんざり。虫はみんな嫌い」

南部には蝗害がある。殺意が湧くのは理解出来る。
しかしてんとう虫は害虫ではない。クレムは慌てた。

「バッタと一緒くたにしないで」
「虫はみんな嫌い」

メイドは獲物に飛び掛かる前の猫の姿勢になっている。
クレムは小さい胴体に横から両腕を回して止めた。

「思い出して。虫も家庭菜園に貢献してるのよ」
「嫌い」
「ハチミツ好きでしょ」
「嫌い」
「嘘ばっかり」

揉み合いの中、ふっと日が隠れた。
急に暗くなってクレムもモルガも動きを止める。
クレムは首を回して影っているのは自分達の周囲だけだと知った。芝生に出来た濃い日影は独特の形状をしている。
上空を仰いで正体を見た。

青空の中で竜が滞空していた。
四枚の翼を展開させた巨体の背中で大柄の人物が手綱を握っている。
重低音が発した。

「何をしている」

逆光の中に辛うじて相手の顔を判別し、クレムは息を呑んだ。
青竜将軍こと侯爵、ラファル・ディル・カダリーニャ本人に間違いない。





感想 20

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。

黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。 その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。 王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。 だから、泣かない。縋らない。 私は自分から婚約破棄を願い出る。 選ばれなかった人生を終わらせるために。 そして、私自身の人生を始めるために。 短いお話です。 ※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。

ヒロインと結婚したメインヒーローの側妃にされてしまいましたが、そんなことより好きに生きます。

下菊みこと
恋愛
主人公も割といい性格してます。 アルファポリス様で10話以上に肉付けしたものを読みたいとのリクエストいただき大変嬉しかったので調子に乗ってやってみました。 小説家になろう様でも投稿しています。

『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。