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05 救済の手
正午前に「帰投する」という連絡が基地隊に入ったらしい。
それから二時間と経たずに将軍は、竜と共に辺境から自領に飛んで帰って来た。
速すぎる、のは当然だ。
青竜、通称ブルーは高速飛行が可能な種として知られる。
竜にはブルーとレッドの二種類がある。
青竜はファイター(戦闘機)種。スマートなフォルムで機動力が高く、四枚の翼を持つけれど火炎は吐かない。
赤竜はスピットファイア(大砲)種。巨岩のような重量級ボディで動きは鈍く、翼を持たないけれど火炎を吐く。
侯爵領は三体の青竜を擁する。内一体が竜苑地の御隠居さんとなっている。
侯爵の執務室に通されたクレムは、分厚い執務机を挟んで領主ことラファルを前にしていた。
――怒られる、かしら。
ついさっきの記憶が脳裏を過ぎる。
上空に君臨する領主を見た途端、モルガが泣き真似を始めた。
「うえええ、どうか私をいじめないでくださいいい」
「…………」
三十点、とクレムは思った。
ラファルはというと芝生に寝そべったままの変な女子二人を無表情で見下ろし、重低音を発した。
「クレム、私の部屋に来い」
名前を呼ばれると思っていなかったクレムは焦った。
「は、はい」
「うええええ」
「…………」
モルガの首根っこを掴んだ。もういいから、という思いを込めて。
女子達の寸劇を綺麗に無視し、ラファルは邸内の中庭に竜を向かわせた。
なんとなく、竜も冷めた目でクレム達を見ていたように思えた。
こちらの緊張などお構いなしと見えるラファルは、書類仕事に手を付けながら切り出した。
「まずは、よく来た」
「……はい」
「女衆から聞いた。折角改装した部屋を蹴って屋根裏を占拠していると」
「……はい」
「幼いメイドを振り回して困らせているとも」
「……はい」
どれもこれも真実なのでクレムは反論しない。
そろそろ恫喝が来る、と密かに身構える。
ラファルの顔は、机上の書類から上がらなかった。
「お前のしたいように、勝手にすればいい」
罵声でも怒声でも無い言葉に、クレムは惚ける。
ちらりと上目遣いにクレムを一瞥し、ラファルは続けた。
「私はお前をまるで知らん。お前の望みも思惑も何も分からん」
クレムはぽかんとした。
有り得ない事を言われた、と思った。
戦慄く片手をそろーりと挙げる。
「閣下、あの、一つ、よろしいでしょうか」
「なんだ」
「全く知らない娘を婚約者に望まれたのでしょうか?」
こっちが知らなくてもそっちは知っているのだろうと思っていた。
さっき名前を呼んだのは知っているからだと。
そうじゃなかった。彼もまたクレムを知らなかった。知らない娘が自宅の庭にいたから消去法で、これが婚約者だろうとアタリを付けたに過ぎなかった。
謎は深まった。
大混乱のクレムに顔ごと目を向け、ラファルは告げた。
「私はお前を知らんが、――聖女の性質は知っている」
だから「聖女への嫌がらせ」を理由に帝都を追放されたクレムに救済の手を差し伸べた。
続いた彼の言葉を、クレムは混乱を極めた脳細胞にどうにか入れた。
クレムが十三歳の頃。
入学初日の聖女ソリアは泣きそうな顔をしていた。
「こんな大都会のお金持ちの学校、あたしの頭じゃ付いて行けないよ」
「大丈夫ですよ、聖女様。私がサポート致します」
「ソリアって呼んで。同い年の子に敬語使われるの寂しい」
「分かりま――分かったわソリア。まずは、あたし、を改めましょう」
「あたし、ダメ?」
「個人的には可愛いと思うけど、大人達は良い顔をしないわ」
伯爵家の養子となったばかりの彼女は、タウンハウスでの生活を思い出して項垂れた。
「食べ方が汚いってメイドに笑われた」
「教えるわ」
「教養が無さ過ぎて会話が続かないって夫人にも」
「学べばいいわ」
「スタイル悪くてドレスが似合ってないって義姉達にも」
「似合うようにするわ」
「無理だよ」
「無理じゃないわ。私は医者の娘だもの。何とか出来る。美容と医療って両輪なのよ。医学が進まないと美容も進まないんだから」
ソリアは幼い眼差しでクレムを見た。
彼女は痩せていて背も低くて、年下の女児のようだった。田舎から出て来たばかりで右も左も分からず、実績も自信も無い。
気弱な顔にクレムは笑んで見せた。
「しょ気てる時間が勿体ないわ。作法と教養を身に付けて綺麗になってみんなを見返してやるのよ、ソリア」
「……うん」
この日からソリアは、伯爵家が付けた家庭教師達よりもクレムを信頼し、頼るようになった。
一年も経つ頃には、ソリアの令嬢としての振舞いは随分と様になっていた。
周囲の動きをよく見て、真似るようにというクレムのアドバイスも利いた。
いい手本を真似るのが習得への一番の早道だ。
ソリアの手本になれるようクレム自身も一層勉強に励み、言動に気を付けるようになった。
ある日、城下のカフェテラスで友人達とティータイムを過ごしていた。
傍の通りで若い男性が女性に声を掛けている姿を目撃した。海軍の制服を着た男性で見目は中々麗しく、女性も満更でない様子だ。
わあナンパだあ、とみんなして聞き耳を立てた。
聞く内に、クレムは首を傾げた。
男性が言った。「次は南東のエル海域に行くんだけど、珊瑚のアクセサリーに興味があるなら買って来るよ」
この話、「お土産を買う」でなく「代わりに買う」というお使いの申し出だった。
ただ単にケチくさいだけなら放っておいた。けれど男性の言動にクレムは違和感を覚えた。
せこい詐欺だ、と思った。尤も、近年は採取に厳しい制限がかかっている珊瑚は希少で高価だからせこくも無い。
友人達に「ちょっと行ってくる」と言い置いて席を立ち、男女の間に入った。
胡乱な顔を向けた男性の服装を間近で観察するも、階級章も徽章も本物っぽく見えてコスプレか否かの判断が付かない。
「軍艦の人ですか。エル海域に行かれるんですか」
「……そうだけど」
「他言して良いんですか行き先。軍機ですよね」
「……か、彼女は信用出来る人だから」
「家族にも言っちゃいけない決まりですよね」
「え? いや、ちょっと、口が滑ったっつうか……」
その反応だけで偽物と分かった。
次の一撃でトドメを刺した。
「ところで何期の卒業ですか?」
男性は見事に硬直し、女性の白い目に気付くとあたふたと逃げて行った。
白け顔の女性と別れ、席に戻ったクレムを友人達が「かっこいい!」と称えた。
昔、叔父が海軍で軍医を務めていたから多少知識があったのだ。
歓声と拍手の中でクレムとソリアの目がかち合った。
彼女は明るく笑っていた。
でもどこか、途方に暮れているように見えた。
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完結確約 9話完結です。
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