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06 歪みと亀裂
クレムは聖女ソリアの事を同い年の妹のように思っていた。
気弱で、自信が無くて世話が焼ける可愛い妹。
けれどソリアも徐々に変化し、同い年の姉の手を振り解くようになった。
変化が必ずしも良い事とは限らない。
最初の変化は、入学二年目にしてやっと彼女が聖女としての真価を発揮した時だ。
一学年上の第二皇子が休暇先で狩猟をしていた際、森で遭難した上に魔物と遭遇した。魔物は倒したものの彼は魔物の毒気にあてられ重体となってしまった。
一度人体に植え付けられた毒気は魔物が死んでも居座り続ける為、聖なる力で浄化する以外に消し去る術が無い。浄化が可能なのは修行を積んだ魔力量の多い神官、あるいは聖女だけ。
すぐさま狩猟館にソリアは呼び出され、浄化の力を発現した。
ソリアの力はどの神官よりも強力で即効性が高かった。
彼女が発した聖なる光を浴びると、第二皇子の全身の皮膚を蝕んでいた斑な青黒い痣は瞬く間に消えて行った。
皮膚疾患による高熱から解放された第二皇子は、病床に上半身を起こして命の恩人に微笑んだ。
「感謝する、聖女ソリアよ」
「あの、良かったです、皇子様……」
美貌を取り戻した皇子にソリアは見惚れ、俯いた。
聖女が大活躍したニュースは神殿から大々的に発信され、帝都中を沸かせた。
もちろん校内でも彼女を讃える声は後を絶たなかった。
「凄いよ、ソリア!」
「やっぱり聖女様だね!」
「さっすがー」
親しい友人達の称賛を受けて、ソリアは言った。
「当然でしょ。私は聖女なんだから」
うんうん、と男爵家の友人が頷いた。
「こういう時の為の聖女パワーだよねえ」
ソリアは彼女を見た。
「ねえそれ、どういう意味?」
「え? どういうって?」
「浄化しか取り柄が無いって言ってるように聞こえたけど」
「え? えええ? そんな訳ないじゃない」
可笑しな空気を嗅ぎ取って、クレムは友人達の輪に入って行った。
「ねえ、みんなでアイス食べに行きましょう。ソリアを讃えて」
「いいねえ!」と一人が言うと他も続いた。
笑顔になった友人達を見回して、クレムはソリアの背中を叩いた。
「貴女は帝国の誇りよ」
「……そう思う?」
「みんなそう思ってるわ。貴女自身は違うの?」
「……神官は、私を特別な女の子だって言う」
「そうよ。貴女は特別。でしょ?」
「……うん」
クレムの回答は間違っていなかった筈だ。
ただ、受け止め方が違っていたらしい。ソリアは増長を始めた。
校内で第二皇子に声を掛けられるようになった。すると必然、高位貴族の令息令嬢からも目をかけられるようになった。
クレムを含めた友人達は誰も伯爵家以上の家門を持たない。
友人達との会話の中で、ソリアは彼女達への侮りを滲ませるようになった。
「この前、侯爵夫人のサロンに呼ばれたんだけどさあ、お屋敷はお城みたいだしお庭もすっごく広いの。今まで見た事の無いおーっきな迷路でびっくりしたよ」
「……へえ」
へえ、と答えた子爵家の友人の庭も迷路になっている。
ソリアは続けた。
「あれくらい広いお庭じゃなきゃ迷路にする意味無いよねえ。だって狭いお庭じゃ迷えないでしょ? あっはは!」
「…………」
この日以来、友人はソリアと口を利かなくなった。
悪気はない。ちょっと無神経なだけ、とフォローしたクレムを友人は冷めた目で見た。
「別にどうでもいい。私、無神経で非常識な子って嫌いだから。でも私が嫌ってる事、あの子には黙っててね。万が一私や家族が魔物の毒気にあてられた時、あの子にパパッと浄化してもらえないと困るから。不評はダメでしょ」
友人間の歪みを、クレムは肌で感じた。
その後も、やんわりとしたクレムの忠告を無視してソリアは無神経と非常識のダブルパンチを続けた。
パンチの度に嘗ての友人達が一人また一人とソリアの傍を離れて行った。折角クレムが引き入れたグループからソリア自ら離脱したも同然だった。
それで問題なかった。もうソリアには高位貴族達との新たな友人関係が出来上がっていた。
「侯爵令息君が画廊に招待してくれたんだけど、クレムは一緒に来て良いよ。あたし芸術とか興味ゼロっていうかさっぱりなんだよね。あ。いけない、またあたしって言っちゃった」
「…………」
ソリアの周囲に生まれた歪みと亀裂を、クレムはどうする事も出来ないでいた。
何せ、誰も関係修復を望んでいない。クレムだけが焦りと不安に駆られている。
国からお友達係を任じられている以上、役目を投げ出す選択肢は無い。
いや強く願い出れば或いは、とは思った。高位貴族の誰かが喜んでクレムの後任を務めてくれるだろうと。
しかしそんな事をしては、ソリアが裏切られたと感じないだろうか。
不評を買うのはマズい、という考えがチラついた。
クレムは愕然とした。
もう自分達は姉でも妹でもなくなっている。こんなのは友人ですらない。
なんでこうなったのか分からない。
放課後。ソリアに付き添って、侯爵家がオーナーを務める城下の画廊に出向いた。
丁度仕上がった新作のお披露目会が開かれていた。
絵画の傍らに立って解説した若い男性にソリアは「わあ」と感激し握手を求めた。
「こんな絵が描けるなんて貴方を尊敬します!」
「え、あの?」
クレムは男性に断りを入れ、慌ててソリアを自分に引っ張り寄せて耳打ちした。
「彼はキュレーターよ」
「キュレ? 変わった名前ね」
「画家じゃないの」
「――――」
ソリアは蒼褪め、そろりと侯爵一家に目をやった。
令息は誤魔化し笑いを浮かべ、夫妻は明後日の方に顔を向け、見て見ぬふりだ。
羞恥と憤りで顔を真っ赤にしてソリアはキッとクレムを睨んだ。
「早く教えてよ!」
前触れなく彼に飛び掛かって行かれなければ勿論そうした、と内心に告げてクレムは肩を落とした。
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完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。