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07 親友
十六歳、クレムとソリアの間の溝は深まった。
帝国東隣の半島国に留学していた同級生が三年ぶりに帰国した。侯爵家の次男坊で美しい容姿をした彼とクレムは、身分も性別も超えた親友だ。画廊や美術館やヴィンテージショップなどで何度も鉢合わせる内に仲良くなった。
親友ケリデューは、若きドレスデザイナーとして帝都に凱旋した。
「クレム、俺のミューズよ」
「お帰りケリデュー。ミューズはよして」
クレムは美容と健康に余念がない。両親が与えてくれた容姿を健全に保つ事を己の使命と考えており、医学の知識がそれに拍車をかけていた。
クレムのストイックな姿勢を彼は「アスリートのごときスピリット」と称え、理解と尊敬を示してくれた。
留学期間と発表が重なった為に聖女の事を一切知らないケリデューに、クレムはソリアを紹介した。
ソリアは目を輝かせた。
「お若いのにお一人で留学なんて凄いですねえ」
「まあ天才なんで」
「ホント凄いですよお。ドレス作る為だけに国境越えちゃうとか」
「うん? まあ天才なんで」
「どこでも作れるでしょうドレスなんて。天才って発想がぶっ飛んでますねえ」
「うん? あー……」
ケリデューはまじまじとソリアを眺めた。一言二言で、凡そ人物は知れてしまう。
観光で知られる半島国だが、嘗ては大帝国として大陸に君臨した。帝国が崩壊しても世界最古の芸術と学問の街は健在で、音楽家や画家、作家やデザイナーが世界中から集い、やがて彼らを中心に芸術運動が起こった。ケリデューはその大波の中にいた。
コメント力は才能ながら、学び、場数を踏む努力で高められる。
才能も努力も足りないソリアに何やら悟ったケリデューは、次には彼女への関心を完全に失った。
「――おいクレム、今日の放課後俺のアトリエに来いよ」
クレムの隣でソリアが声を上げた。
「喜んで!」
「うん? あー……ご自由に」
新鋭デザイナーのアトリエに立ち入り、ドレスに囲まれてソリアははしゃいだ。閉口気味のケリデューはクレムにぼやいた。
「なんかストレスで禿げそうなんだけど、俺」
「……ごめんね」
「お前よく平気だな。お友達係だか何だか知らないけどあんま無理すんな」
「……無理なんて」
咄嗟にクレムは嘘を吐いた。ソリアの相手をするのに無理をしている。それを短時間で見抜いた親友は呆れと哀れの目でクレムを眺め、嘆息した。
この年は、クレムもソリアもデビュタントを控えていた。
皇城の舞踏会に参加し、皇帝と皇后にレディとして挨拶する。令嬢にとって一世一代のイベントである。
ケリデューはクレムのドレス制作を張り切っていた。
それを知ってソリアが彼に言った。
「私のドレスもお願いしますね、ケリデュー様」
「うん無理」
「え? どうして」
「俺、天才アーティストだから。自分の作りたい物しか作らない主義」
「ですから私に似合うドレスを」
「うん? なんで俺が君に似合うドレスを作らなきゃいけないの?」
「え」
「ドレスメーカー他にいっぱいあるじゃん。俺である必要無いよね。――おいクレム、放課後アトリエな」
二人の間でクレムはおろおろしていた。
ソリアは昏く俯き、襟元を握った。ネガティブ時の彼女の癖だ。
「クレムばっかり。私なんて聖女なのに。特別な女の子なのに」
クレムは背筋を凍らせた。
放課後になってケリデューを説得した。危機感からだった。聖女に睨まれてはならない。万が一の時にケリデューと家族が助けてもらえなくなる。
一生のお願い! とクレムはケリデューに拝み倒した。
「アイディアはあるでしょ。このプリンセスラインとかソリアに似合うわ」
「……彼女、身長そんな無いし姿勢悪いじゃん」
「じゃあこれ。ふんわりした裾が妖精のお姫様みたい」
「……着ぐるみになるぞ。顔が可愛い分、余計に」
つまらなそうにしつつもケリデューはクレムに根負けし仕事を引き受けてくれた。
クレムはソリアのドレスに注力した。ケリデューのデザイン画から可憐且つ今風のドレスを選び抜いた。
自分のドレスは直線的なベアトップの大人しいイブニングを選んだ。生地にはフリルもレースもリボンも刺繍も無く、マットなシルクの脆弱な光沢だけ。ジュエリーはアップスタイルを纏める髪飾り一点のみ。これにピンヒールの高さが小指ほども無いローパンプスを合わせた。
こんな地味なルックは誰の目も引かない。
なんと皇后の目を引いた。
「わらわの母のデビュタントドレスを思い出す。率直で潔い。凛と磨かれた一輪を挿す花瓶に飾りは要らんのだ」
皇后は、デビュタント・ベストドレッサー・アワードをクレムに贈った。
クレムは蒼褪め、ケリデューは胸を張った。
確信犯の彼は誉れを得て、帝国二大ブランドの一角からオファーを受けた。そして創業五百年の老舗の顔、クリエイティブディレクターに歴代最年少で就任。以降、全然登校しなくなった。出席率ゼロでも卒業出来る。学校は彼の母校になりたい。
一方のクレムは針の筵だった。
ソリアはずっと不貞腐れていて、触らぬ神に祟りなしの精神からクラスの誰もクレムに寄り付かない。
一人だけ、やたらと絡んできた。クラスの違う公爵令嬢だ。
「子爵家の貴女、高々お友達係ごときが聖女様を差し置いて出しゃばるようなマネは関心しなくてよ?」
公爵令嬢の高圧的な物言いにクレムは肩を竦め、ソリアは笑顔を輝かせた。
「まあそんな。どうか配慮の足りない友人をお許しくださいませ公爵令嬢様」
「わたくしの事はぜひキャロンヌと、聖女様」
「まあそんな。ソリアで結構ですわキャロンヌ様」
「うふふ」
キャロンヌの内情をクレムは悟っていた。
彼女はケリデューを慕っている。タウンハウスが近いらしい。クレムへの称賛が面白くないのはソリアもキャロンヌも同じ。
案の定、二人は十年来の親友みたくつるむようになった。
それから間もなく、ソリアは第二皇子の正式な婚約者となり、更なる栄光への階段を駆け上がっていった。
この頃クレムは、心から願うようになっていた。
自分を取り戻したい。ソリアから離れたい。お友達係から解放されたい。
ソリアは高位貴族の取り巻きに加え、キャロンヌという親友まで得た。ソリアにクレムは必要無い。もう住む世界が違う。
なのにソリアはクレムを解放しようとはせず、いつでもどこでも連れ歩いた。
用済みのお友達係に対する彼女なりのお情けなのかと思いきや、違った。
「聖女の失態を肩代わりする係」を新たに任じられたに過ぎなかった。
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完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。