お友達係から解放されたのですが、

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09 大袈裟




侯爵邸のメイド長は柱廊に差し掛かり、足を止めた。
柱の陰で、最年少メイドのモルガが中庭の様子を窺っている。
同じものを目に入れる。
芝のエアポートに竜とその乗り手が座り込んでいて、彼らの前でクレムが背筋を伸ばしている。
遠目にも彼女の横顔は強張って見える、けれど。

「お説教されてる、のでは無さそうね」

メイド長に振り返ったモルガは躊躇いがちに言った。

「クレム様はお説教されるような事何もしてません」
「あらまあ。被害者第一号の言葉とは思えないわね」
「被害なんて」
「無いんでしょ。薄々察していたわ」

同意したメイド長に励まされ、幼い口が白状した。
クレムは敢えて使用人達を遠ざけていた。領内に齎された化粧品もモルガの母ではなくクレムのレシピだが、彼女の懐に現金は入っていない。
彼女に傲慢や侮蔑の感情は無い。あるのは、侯爵領の民達を自分に向けられた敵意の巻き添えにしてはならないという使命感だけ。

メイド長は感心し、呆れた。
大人びて見えて彼女も幼い。子供の浅知恵だ。とっとと相談してくれれば良かったのに一人で抱え込んで無駄に苦労している。

「お気遣いどうも、って閣下に言われるわね彼女」

モルガの丸まった目がメイド長と中庭とを行き来する。
メイド長は苦笑した。
とりあえずクレムにはフラワーウォーターの礼を言う。この頃化粧のノリが頗る良いので。



邸内にティータイムを報せる鐘が鳴った。
竜の硬い皮膚をベシッと叩いたラファルが、芝から立ち上がってクレムを促した。

「茶に付き合え」
「あまり私と親しくされるのは」
「お気遣いどうも、と言ってやりたいが見当違いだ」
「それはどういう」

ラファルの青い瞳がクレムを見据えた。

「お前は意図せず我々を見縊っている」

静かな顔と声に圧力を感じて、クレムは息を呑んだ。

ラファルの私室に移動し、ソファーセットで向かい合ってアフタヌーンティーを前にする。
ティースタンドをラファルが好むとは思えないからクレムの為だろう。
アフタヌーンティーが帝都に誕生してじき二百年になる。テクノロジーの進化と共に文明社会に齎された慣習の一つだ。
卵のサンドイッチに手を伸ばし、ラファルが徐に切り出した。

「近年の帝都は聖女に期待過剰と思える」
「実績に裏打ちされた絶大な人気がありますから」
「分からんな。何故小娘一人に頼り切る。いい大人が情けない」
「閣下、そのような発言はどうか領民の為に」
「聖女はブランク期間が長い。今の聖女が死ねば次またいつどこに生まれ落ちるのかは誰にも分からん。この不確定要素を補填する為に聖職者どもが蔓延り、神殿がデカい顔をしている」

クレムは意味なく左右を見回した。幼い頃からの教育の賜物で「神様が見てる」と思い込んでしまう。

「閣下、もうその辺で」
「誰も聞いていない。お前はまだまだ竜の土地に不慣れと見える」
「それはどういう」
「竜の近傍では魔物が生じない。世の常識だ。竜を擁する我が領内に女神を祀る神殿は無く、神官もいない」

魔物が生じると神殿が建つ。神殿があるイコール魔物被害歴あり、となる。
子爵領にも小さな神殿があって老神官が常駐している。世界最大級の神殿は帝都郊外にある。総本山だ。
カダリーニャ侯爵領には、竜の聖人を祀るカテドラル(大聖堂)のみ。ここは元々竜が棲む土地に後から人が街を築いた、世界でも稀な土地だ。

神殿と教会。世の大半の人々が信仰の対象を二つ持つ。
存じております、とクレムは頷いた。

「ですが軍隊は魔物の戦地に赴くでしょう。閣下の支援部隊のように」
「他領は概ね神殿を持つ。辺境伯領内には三つもあった。仮に魔物の毒を食らっても浄化は容易かった筈だ。言いたいのは――我々は聖女の世話になった事が無い。聖女には借りも恩義も無い。他の聖職者と同じく敬意は払うが聖女だけを特別視しない。いち聖職者に過ぎん」

ラファルは紅茶を一口飲み、唖然とするクレムを見据えた。

「帝都の連中の聖女依存は異様だ。第二皇子が魔物にやられて悪化した。誤解を恐れず言うが大袈裟に騒ぎ過ぎだ。第二皇子の件で注目すべきは聖女の浄化パワーなどでは無く、皇子の戦闘力の低さだ。私は戦場に出て十年以上になるが魔物の毒を食らった事など一度も無い。手下どもでも滅多に食らわん」

クレムは開いた口が塞がらなかった。
魔物についての知識なんて民間人には軍人ほど無い。知っている事は僅か。まず巨大で、その恐ろしい姿形は常に定まらずコミュニケーションは取れない。人間の悪意を養分とし、不浄の塊で形成される。
出現の兆候はあるものの発生プロセスが始まったらほぼ止められない。だから出現させないように日頃から心掛ける。

魔物は病だ、とクレムは常々思う。
医師たる亡き父は言っていた。治療より予防を重視する。安上がりで済む。遺伝的な要因でないならば未然に防げる。治療は最後の砦であるべき。

最後の砦であるべき聖女に帝都民は最初から依存している。
起こるかどうかも分からない病に、未知なる存在に怯えている。
異様に、大袈裟に。
指摘されるまでクレムは気付かなかった。帝都にいたから。視野が狭まっていた。

「……閣下の仰る通り、ですね」

顎で頷いて、ラファルは大きな一口でサンドイッチをばくりと頬張った。
彼はどことなく青竜に似ているな、とクレムはぼんやりと思った。

紅茶で口内を湿らせて、ラファルがさらりと爆弾を落とした。

「去年、聖女に言い寄られた」

クレムは危うく紅茶を噴き出すところだった。
慌ててハンカチを口に当てるクレムをよそに、ラファルは平然と続けた。

「パレードの後だ。皇城で遭遇した」

今日は唖然としてばかりのクレムはやはり唖然とした。
パレードは初夏の開催だったから第二皇子と婚約する前ではある。

「彼女、閣下に何を……」
「夜二人きりで会いたいと誘われた。将軍という奴に興味があったらしい。だから私はハッキリと言った。貴女のような子供には興味が無いと。すると罵倒された。彼女曰く、聖女を怒らせた私は地獄行きなのだそうだ」

クレムはやはり唖然とするしかなかった。
神殿に見出された聖女が「地獄」を口にするとは。なるほど。ラファルが聖女不信に至るには充分過ぎる。

いつしか増長したソリアは夢見がちな思考に浸っていた。
男子は須らく自分に注目しナイト然と姫たる聖女を守るべき、という妄想だ。
そんな時に将軍と出くわした。校内には存在しないタフな大人の男性を前に、幼いソリアがのぼせ上がっても可笑しくない。

実はパレードの直後、クレムに縁談が来ていた。
子爵領の特産品と取引がある伯爵家からの申し出だったが、すぐに「無かった事に」なった。
何だったのだろうと首を傾げていたクレムに、ある日ソリアが言った。

「あたしより先に幸せになっちゃダメだからね、クレム」

納得した。不可視の圧が伯爵家にかけられたのだ。
この半年後にソリアは第二皇子と婚約した。

ソリアが婚約してもクレムに縁談が舞い込む事は無かった。
青竜将軍からの申し出までは。





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