お友達係から解放されたのですが、

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12 硬直




ラファルに連れられて、クレムは竜苑地に来ていた。
目の前の湖畔では、御隠居さんこと齢五百五の青竜が猫みたく丸まって昼寝をしている。
傍らの湖面では、現役の青竜がザバザバと波を立てている。バスタイム中だ。
パッと見、二体に老若の違いは無いようにクレムには思える。

竜は、火山からドカンと誕生する。
スパンは不規則で一定ではない。竜の誕生時、火口が大爆発するので麓住民はえらい事になる。
しかしどんな迷惑を被っても人々は「ありがたや」と竜を拝む。不思議と、噴火が直接的な原因となって死傷する人は出ない。家や畑は焼けてしまうけれど直ぐに復興し、被災前よりも豊かになる。

誕生した若い竜は火口から這い出ると、気ままな旅に出る。
人が呼ぶのではない。竜が訪ねて来るのだ。

数千年前、後にカダリーニャ侯爵領となる土地に最初の青竜が棲み付いた。人が入植した後も竜の訪問は継続し、現在に至る。既に竜を擁する土地は有利だと言われている。

竜の自由意志で決まる。来るも去るも、戦うも戦わないも竜が決める。
だからクレムは、竜本人がやる気を無くすかして隠居したのだと予想していた。

違うらしい。
竜苑地を巡回している侯爵家のお抱え獣医はこう説明した。

「ある日を境に食欲が落ち始めて、やがて体力も衰えてしまって眠りがちになったんです。高齢なのでそれほど不思議ではない、のでしょうけど」

それほど不思議ではない、なら少しは不思議という事だ。
追及したクレムに、若い獣医は軽く唸った。

「他国が擁する六百歳の赤竜が、現役バリバリなので」

とはいえ竜は個体ごとの寿命が区々で、よそ様の情報は参考程度にしかならない。寿命の幅が広く、千年生きた竜もいれば百年で自然死した竜もいる。

食欲不振を除き、御隠居さんに病の兆候は見られない。だが竜は未知の生き物。他の動物情報もこれまた参考程度にしかならない。

しかし全生物に共通し、食べない限り体力が回復する事は絶対に無い。
考えながらクレムは竜の鼻先に歩み寄った。
丁度、風向きが変わる。竜の鼻の頭にひくりと皺が寄り、御隠居さんが重い瞼を押し開いた。
見知らぬ人間の気配に眠りを妨げられたかな、とクレムが思っていると、竜の長い首がのそりと動いた。
竜はクレムに大きな鼻先を寄せ、ふんふんと言う。
不意に、大きな口元に亀裂が入った。巨大な顎から長い舌先が伸ばされ、次にはべろーりとクレムの五分袖を着た腕から頬にかけてを舐めた。

クレムは硬直した。左半身が髪まで唾液まみれ。べっとべとだ。
硬直中の体を竜は再度べろーり。クレムは棒付きキャンディーの気分になった。
漸く「おい、よせ」とラファルが竜を咎める声を出した。

「お前いつからそんな行儀の悪い竜になった、ロートル」

硬直したままクレムは二つの事を思った。
一つは、ロートルという名前は変えてあげるべき。
もう一つは、竜の食欲不振の理由が多分分かった。



帝都。皇城。
放課後、第二皇子マレオンは皇后のいる庭に急いだ。
近ごろ交友関係がぎくしゃくしていたから付き合いを断れる口実は有難い。

「マレオン参上しました。皇后陛下」

皇后は、テラスの白い手摺りにゆったりと腰で凭れかかっていた。
制服姿の皇子を横目にして、またゆったりと笑む。

「そなたも今年で卒業だな。どうだ、学業は」
「問題ありません」
「聖女はどうだ」
「正直、芳しくなく。新たな友人は世話が焼けるようで、そのフォローにかなり時間と手間を取られているそうです」

ソリアは慈悲深い。不慣れな娘を放っておけない。
帝国が小国だった頃、魔物に襲われた当時の王太子が聖女に救われたという伝説がある。帝都も皇家も聖女の世話になった。
マレオンはソリアの婚約者に自ら名乗りを上げた。彼女への愛情や恩義もあるが一番は皇子としての使命感だ。他の皇子ではなくマレオンが、特別な女性を庇護する大任を授かったのだ。誇らしい。
ソリアを守り、――守ってもらう。
ふふ、と皇后の笑声が風に流れた。

「新たな友人など無意味であったな。そも、前任を解任したのは早計だったのではないか?」
「お言葉ですが皇后陛下、前任は後任どころではない失格者でした。嫉妬心から聖女を貶める悪女だったのです」
「だから追放したのだと、そなたわらわに事後報告しおったな」
「はい。私の判断に間違いは無かったと確信しております」

皇后はまた「ふふ」。

「最初の間違いはそこだ、マレオンよ」
「私の判断が違うと陛下は」
「ああ違う。そなたには誰かの何かを決める権限など無い、と言っておる」

マレオンはぽかんとした。

「しかし私は第二皇子で貴女の第二子で」
「だが立場に見合う働きをまだしておらん」
「立派に公務を果たして」
「ほう? そなた、祝賀の際に民草に手を振るだけの作業やら役人どもにお膳立てされた慰問やら視察やらを立派な公務とぬかすか」
「立派に皇子教育を務め」
「教育を受けさせてもらう側の生徒が務めなどと言うのでない。それは教師どもが口にしてよい台詞だ」

ぴしゃりと叱られ、マレオンの目線が落ちた。
兄、皇太子を想念する。陸軍所属の皇太子は戦地にいる。第三皇子は留学中で、更に下の二人は幼い。

――何故、今になって私を叱るのだ。

皇后がゆったりとドレスの袖を揺らし、片手にしていた小瓶を呷る。
北部産のシードルだ。最近古風なラベルデザインがモダンアートに一新され、女子を中心に人気が沸騰した。帝都では欠品が続いている。大半が南西の侯爵領に流れているからだ。
帝都の酒屋は、子爵領でなく侯爵領から商品を買い付けるという二度手間を強いられている。余計な時間と輸送費がかかり高くつく。
しかし酒屋どもは文句を言えない。大きな力に屈して子爵領との取引を切った負い目がある。大口の取引先だった伯爵家など「畜生」と歯噛みしている。
失態を見せ付けられた気がしてマレオンは俯いた。

「……それは私じゃない」

ワインで名を馳せる公爵家の差し金だ。子爵家にも仕置きが要ると周囲と一緒にキャロンヌが訴えるのをマレオンは黙認した。命じたのとは違う。

皇子の小さな呟き声を聞いて、ふう、と皇后が溜息を漏らす。
ちらりと上がったマレオンの目と皇后の横目がかち合った途端、

「戯け!」

急な恫喝に、マレオンは落雷を食らったみたく硬直した。





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