お友達係から解放されたのですが、

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13 アラカルト




竜は、草食である。
何も食べなくても長く生きていられるからか、ちょっと食欲に疎い。
かといって食欲がゼロになる事は無いし、動物なので動くには燃料が要る。
外見は爬虫類っぽいけれど、舌の形状は鳥類に近い。
クレムは思った。

「甘党?」

二日前、竜苑地を訪ねた際、竜はクレムの肌や髪をベロベロと舐めた。
唾液量からして化粧品の含有成分を気に入ったのではと予想した。そして空腹だったのだろう。
これまでの竜のお食事メニューを獣医に見せてもらった。メインディッシュのみ。そのアラカルトはハーブや種子を混ぜ込んだパンケーキだった。

「甘くしては?」

とりあえずハチミツとかメープルシロップとかかけてみるのだ。
獣医が試したところ「なんかよく食べた!」そうだ。
これにより知られざる竜の事実がまた一つ判明した。竜は甘党。そこら辺の屋根をうろちょろしているスズメと同じ。
食欲の復活は認められた。ただ、ハチミツもシロップもお菓子になり過ぎる懸念がある。大量に摂取して竜の健康を損なわないだろうか。肥満、糖尿――尿も何も竜は排泄しないのだが。
予測に基づき、クレムはヘルシーレシピを考案してみた。

翌週。
クレムは竜苑地内の小屋、通称リュー・キッチンで食事作りに取り掛かった。
生地の材料を投入した大鍋を木製パドルで混ぜる。他種の薬草とナッツとドライフルーツ入りだ。
グルテンとの戦いの途中「貸してみろ」とラファルが片手を差し出し、選手交代してくれた。腕力に物言わせて豪快に大鍋をかき混ぜる。さすが戦う職業の人は違う。
筋肉痛になりかけの両腕を上げ下げしつつクレムはラファルに問うた。

「閣下、現代であっても軍人達は剣術の鍛錬を怠りませんね」
「基礎だからな」
「銃と砲の時代でしょう? 鎧と共に剣も消えなかったのは少し不思議です」
「兵器の精度が上がり戦術の幅が広がり戦場が拡大しても、軍人の仕事は太古より変わらん。接近戦だろうが遠距離戦だろうが敵を殲滅する」

血生臭い話の間に完成した生地を巨大なフライパンの上で焼く。三つあるキャンプ仕様の竈をごく低温に維持する。焼くより蒸すが正しい。
やがて甘い香りが漂い始めた。
ラファルと一服しながら完成を待っていたクレムは、小屋の外でどしんと振動が発して目を丸めた。

「今のは?」
「ロートルが来たな」
「……メープルさん、とお呼びしても良いでしょうか。好物の」
「好きにしろ」

小窓の外から大きな眼球がキッチン内部を覗いている。
クレムは微笑んだ。

「あと五分だけ待って、メープルさん」

五分後、重量級のパンケーキが三枚焼けた。木製の平皿にでんでんでんと積む。
クレムにはとても無理なので重労働はラファルが請け負ってくれた。
巨大な皿を小屋の外に運び出して、地面にどすんっと置く。

「食え」

彼に言われるまでも無く青竜の巨大な顎は円形のパンに、はもっといった。
食欲旺盛な様にクレムは安堵して、苦笑した。

「五百年も同じメニューじゃ飽きるわよね」

食欲不振の理由は食傷で間違いない。
野生時代を終えた竜は、自力で餌を取らない。躾の良い犬が飼い主以外から餌をもらわないように。お姫様だ。育ちの良さが裏目に出た。

今は問題ない他の竜も、何かの切っ掛けで同じ不振が発生するかもしれない。
クレムの懸念に頷き、ラファルは「他領や他国にも情報共有しよう」と言って竜の硬い装甲をべしっと掌で叩いた。
竜は気にせず、むしゃむしゃとしていた。

翌月、侯爵領から「アラカルト・フォーリュー」なるレシピが竜を擁する各地域に向けて配布された。



ふうむ、と皇后は細い顎に軽く手を当てた。
皇城のテラス席には、皇后の他に皇帝と幼い皇子と皇女が顔を揃えている。
紅茶のカップを傾けて皇帝が皇后を見た。

「唸っておるな」
「三年に一度のアレを発表する年です」
「トリエンナーレの十人な」

トリエンナーレは、身分も階級も問わず功績を収めた十人を皇室がノミネートし、更に絞り込んだ三人を金銀銅とランク付けして表彰するイベントである。

「二人は決まっています。内一人は皇太子の正妃です。彼女はとんでもない兵器を開発してくれたとんでもない科学者ですから」
「次世代の皇室は物騒極まりないな」
「攻撃こそ最大の防御。彼女の理念は恐ろしく、しかし正しいのです。少なくとも今の世のシステムでは」

まあな、と皇帝は頷いた。

「するともう一人は、ドレスメーカーの若造だな」
「勿論です」

八歳になる第一皇女の小さな手が、ぺんっとテーブルに載った。

「母上。兄上をお選びください」
「うむ。十六の頃、銀を取った皇太子は殿堂入りだ。トリエンナーレでは同じ人間を二度選べんのでな」

今度は十歳になる第四皇子の手が、ぺんっ。

「青竜将軍をお忘れです」
「うむ。皇太子と同年に金を取った彼もやはり選んでやれん」

楽しみを奪われて幼い皇子皇女はしゅんとした。
皇后は微笑んだ。

「わらわが活躍を願う人材はおる。例えばそなたらだ」

二人はくすぐったそうに笑った。
皇帝は小さい二つの頭を順番に撫で、皇后を一瞥する。
皇后は微笑んだまま、ついと夫から目を逸らした。

意図して第二皇子の話題を出さない。
マレオンの事はやはり見過ごせない。沙汰は決まった。
嘗て、神殿から依頼を受けて役人どもに聖女のお友達係を人選させた。皇室は承認印を押した封書を子爵家へ送っただけで直接関わっていない。
第二皇子が傾倒するまで、皇室にとって聖女の存在はさして大きくなかった。
解任は第二皇子の独断で行われ、新任は公爵家の好意であてがわれた。

皇子の独断は、問題にしないつもりだった。
帝政に理不尽はつきもの。命令は常に上から下への一方通行と定められ、王侯貴族は特権で守られている。

皇族たるもの、権力を振るう度胸も備えて然るべき。実のところ皇子の言動は間違っていない。命令内容がいかに理不尽で「間違って」いたとしてもだ。

子爵令嬢は、貧乏くじを引いた。上手く立ち回れなかったし、しくじったと本人も思っている。故に声を上げなかった。彼女の意思を皇后は汲んだ。
だからマレオンの問題とは、罪なき者を裁いた事では無い。

――……それは私じゃない。

自分の言動が周囲に与える影響にまで考えが及ばなかった。そして齎された結果に責任を持てない、たるんだ姿勢。これが大問題なのだ。

躾が甘かった。第二皇子には皇太子という素晴らしい手本があるからと放任が過ぎた。亡き皇太后が、亡き夫の面影を残す第二皇子を依怙贔屓したのもいけなかった。
皇族として、きっちり鍛え直す。

テラスに古株の侍女がやって来た。
差し出された冊子に目を落として、皇后は笑みを浮かべた。
「アラカルト・フォーリュー」とは、何ぞ。





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