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17 至極当たり前
現アドレスである伯爵邸に帰るや、ソリアは義理の姉と母に睨まれた。
皇室に意見した件でソリアの親たる伯爵が注意を受けたらしい。意見と言っても皇后は多忙で面会が叶わなかったから、ソリアは侍女に手紙を託しただけだ。
それなのに。
「どこまで馬鹿なの?」と義姉は蔑みの目を義妹に向けた。初見から変わらず意地悪なブス顔だ。上の義姉はソリアのお陰で良縁に恵まれ、この義姉にも不相応の縁談が舞い込んでいる。
一応感謝しているのか食事は毎度豪勢で、フォアグラだのビーフステーキだの出て来る。それは当たり前。
でも言動はやはり無礼で聖女礼賛が足りない。
ブスの義姉は言った。
「お父様のご迷惑も考えず厚かましい。自分がノミニーになってないからって僻んでるんじゃないわよ」
図星を突かれ、ソリアの頭に血が上った。
そうなのだ。皇室は第二皇子を救ったソリアへの恩を忘れている。
「だって可笑しいじゃない。功績があるから殿下の婚約者になったのに!」
ふん、と義姉は尚も蔑む。
「聖女が患者を救うのは当然でしょ。唯一の仕事をこなしただけで賞が貰えるなら社会人みんな表彰されてるわ。アンタはここで優雅に暮らしてる。褒美は既に与えられてるのよ」
「あたしは特別なの! 優遇されて然るべきなの!」
「黙りなさい、そこの――あたし」と今度は義母が言った。
「お前はしくじった。子爵家の娘を解放したのがそもそもの間違い。タダでこき使える優秀な人材はそういないのに。今の伯爵令嬢はダメね。お前の老婆靴を指摘も出来ない」
「老婆、って、これはキャロンヌのデザインよ! 言いつけてやる!」
「言えば? 彼女に才能が無い事は社交界では周知の事実よ」
「そんな筈無い! 公爵家の次女よ!」
「だから? 生活環境が齎す審美眼と新たに作り出す能力は別なの。お前の理屈なら貴族はみんな天才アーティストでなきゃおかしいのよ」
ソリアは開いた口が塞がらなかった。
足元に目を落とす。靴先に施された花の刺繍が凝っていて幅広で疲れ難い、ような気がするローパンプス。
微妙に思えてきた。公爵令嬢のデザイン、という色眼鏡で見ていた。
義理の母と姉は白け顔をした。
「お前、これ以上みっともないマネは許さないからね」
「間違ってもケリデュー様のもとへ押しかけるんじゃないよ」
ケリデューの名前に顔を上げたソリアを見て、義姉が瞼を細めた。
「前任のお友達係に賞を受けるよう、彼が説得しに行ったって話」
ソリアは佇み、戦慄く。
目の前が真っ赤になっていた。
近ごろクレムは、晴れの日は竜苑地でランチを取っている。
ここまで飛んで来るから同伴はラファルのみ。必然二人きりの食事になる。
正確には二人と二体だが。
食卓を共にするラファルは、今日もバスケットに詰めてきたブリオッシュのフルーツサンドを旺盛に頬張っている。彼のリクエストでクレムが作った。北部発祥のパンを気に入ってもらえて嬉しい。
帝国やや北に位置する帝都でもフルーツサンドは好まれている。
皇太子ラギュオルは、北東の青竜皇子とも呼ばれる。首都を中心に帝国の防衛を司り、ラファルと役割を分担しているが将軍では無い。直近の南方戦役は異例中の異例で、なんと彼のバカンス先に魔物が生じ、現地に留まる事態になった。
首都の文化は北部寄り。かと思えばトリエンナーレみたく南東の言語を取り入れてもいる。巨大国家ならではだ。
グラスのハーブティを呷り、ラファルが言った。
「お前に会うまで私は、令嬢とは料理などしないものだと思っていた」
「領地に特産の農作物を持つ家の子はみんな結構出来ますよ。尤も、帝都暮らしが長い高位貴族の御令嬢はまた違うのでしょうけれど。私の場合は医者の家でもありますから」
「なるほど」と彼は頷き、
「だが手間には違いないな。面倒をかけて悪いと思っている」
「いいえ全然。白状しますが、一番面倒な下準備の工程はシェフ達が済ませてくれますから私は楽してるんです」
「楽なものか」
不機嫌そうに一切れを頬張る彼を見て、クレムは苦笑した。
彼の言いたい事は分かる。なんであれ技とは「楽」に辿り着くまでが長い。
嚥下を済ませ、ラファルが切り出した。
「ずっと食っていたい」
「まだありますよ」
クレムは手元にバスケットを引き寄せる。
ラファルはクレムを直視した。
「結婚しよう」
クレムは中を探る手を止め、ラファルを見た。
妙な事に、妙な事を言われた気がする。何の話をしてたんだっけ、と思った。
クレムの混乱を悟り、ラファルは空の皿に目を落とした。
「私は保護の名目でお前と婚約した訳だが、無論責任を持っていずれは結婚するつもりでいた。しかし近い内にお前には私の保護など不要になる。お前は自力で名誉を回復し、行きたいところに行ける」
「……私は、何も」
「お前は自分を過小評価し過ぎだ。分かる人間にはもう分かっている。第二皇子の追放命令なんぞ、既に効力は無い」
「……いえ、そうでは」
「お前がお前自身を罰しているのも察している。ケリデューもそんな事を言っていた。それ故に説得は無理だと。――正直、私は気に入らんのだ。彼がお前をとくと理解している事も、お前と似ている事も」
再度クレムは思った。何の話をしてたんだっけ。
ラファルは少し決まりが悪そうに視線を湖に飛ばす。湖面の二体が「何か?」という顔でラファルを見返す。
ラファルの目が戻り、クレムに告げた。
「ケリデューと会い、私は自覚した。お前の婚約者はこの私だ。他の男に一つも負けてはならん。お前の一番の理解者になる。そして至極当たり前の婚約者としてお前を妻にする。だから帝都に戻るのも子爵領に帰るのも国外に出るのもキャンセルしてここにいて欲しい」
クレムは惚けた。
ザバザバと陸に上がった竜達がこちらにやって来る。巨大な鼻先が二つ寄せられ、両サイドからクレムの顔を覗き込む。「お困りで?」と伺うように。
二体の下の顎を左右の手でそれぞれ撫でて、クレムはラファルに意識を戻した。
「……私はどこにも行きませんよ。だって閣下と婚約してるじゃないですか」
彼じゃないが至極当たり前の事実を返した。
ラファルは軍人然と軽く顎を引き、難しい顔をして言い放った。
「それは良かった。では問題なく結婚するとしよう」
「は、はい」
頷いて、クレムは了承だけでは不十分という気がした。
徐にラファルが片掌を差し出し、促す。
クレムは瞬き、彼の掌にそろりと指先を載せた。
テーブルにやや身を乗り出す姿勢になったラファルは、緩く掴み取った指先に唇を寄せると、上目遣いでクレムを見た。
「しまったな」
「……?」
「告げる順番を違えた。――――愛している」
疎いクレムもさすがに見惚れ、聞き惚れた。
ぶわっと体温の上がったクレムに異常を嗅ぎ取り、顔の左右にある竜達の巨大な眼球が瞬く。鼻先を寄せてふんふん。ふむふむ……。
医師然と診断を終えると、はい大丈夫、という風に二体の顔が上下した。
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完結確約 9話完結です。
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