お友達係から解放されたのですが、

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18 未来の




南西部であっても夜空の中はさすがに涼しい。

竜の背で、クレムはラファルと共に天体観測をしていた。
四枚の翼を展開したままメープルさんは上空で完全に静止している。高速飛行を得意とする青竜のもう一つの特技は、滞空である。
鳥のホバリングとは全く違う。滑空姿勢のまま一切動かない。強風を受けてもふらつかない。煽られるのは背中の人間だけ。

竜の驚異的な能力を目の当たりにする度にクレムは「動物と魔物の中間」という分類に納得してしまう。クレイジーさは魔物っぽい。しかしここに来て印象が大きく変わった。より相応しい形容はファンタスティックだ。

ベンチ然と腰掛けた竜の装甲を撫でて、クレムは傍らのラファルに目をやった。
ラファルの横顔が、主翼に三脚を固定した天体望遠鏡を覗いている。熱心な様は少年のよう。

クレムは頬を緩めた。
ランチ時のラファルからのプロポーズを想念する。
既に婚約しているのに新たに婚約したような、可笑しな感じがしている。
彼は包み隠さず想いを口にしてくれた。誠実で、懐が深い事は分かっていた。何せ問題児に救済の手を差し伸べてくれた男性だ。

彼のような素晴らしい人からの好意を拒絶する理由はどこにも無い。
有難くて光栄で、心から嬉しい。
だから引っかかった。
彼は、侯爵領をクレムにとっての「処罰の場」だと認識している。辛抱して留まる事で己を罰していると。
最初はそうだった。しくじった罰として、息を潜めて暮らすべきと考えていた。
今は違う。侯爵領はクレムにとっての楽園になった。子爵領も帝都も特別で大切な場所だけれど、侯爵領だって特別で大切な場所だ。
第二のホームだ。

長い観察を終え、ラファルがクレムに振り向いた。

「すまん。独占していた」
「全然。夜空に座っているだけで楽しいです」
「そうか。お前もレンズを覗いてみろ。今日の月は一際よく観える」

望遠鏡の前に呼ばれて、クレムはそそくさと彼の傍に尻で横移動する。
ラファルはクレムの肩に長い片腕を回して抱き、少々言い訳めいた事を告げた。

「風が強い。掴んでいてやる」
「お気遣い有難うございます」

彼の胸元に肩を寄せる体勢になったクレムは、彼の体温を意識する前にいそいそと望遠レンズに目を当てた。

「まあ。クレーターがくっきり。やはり上空の方が観察に適してますね」
「地上はどうしても空気が淀むからな」

すぐ耳元で低い声音が発し、嫌でも意識する。
顔の横で彼は言った。

「一番デカいクレーターの上に兎の顔ような形があるだろう」
「ええと、ああ、はい。ありますね」
「その近くで何かがぴょんぴょん跳ねていないか」
「え、ええ? ホントに? 月に生命が?」

クレムは目を凝らしてぴょんぴょんしているらしい何かを捜した。
これは前代未聞の大発見になる、と思うと興奮する。
未確認生命体捜しに熱中する顔の横で、彼がくくくと肩を揺らした。

「ほんの冗談だ、と、言い出し難くなった」

パッと顔を横に向け、クレムはラファルを唖然と見た。
様々な感情が昂りじわじわと体温が上がる。

「――か、閣下。なんて酷い。なんて意地悪な」
「許せ。まさか信じるとは思わなくてな」
「なんて事。なんて冗談。許しません」

クレムは彼の分厚い胸を拳でポクッと打った。
ラファルは本格的に笑い出し、その合間に「許せ」と詫びた。
誠意のない様にクレムは「許しません」を繰り返してポクポクと彼を打った。
平然と攻撃を受け続けたラファルは、煩い拳を片手で掴んで止めた。

「許せ。未来の妻よ」

クレムは瞬き、熱くなった顔を逸らした。
掴まれたままの拳でもう一度、彼に殴打を加える。

「許しません。未来の旦那様」

ふてた顔を前に彼がきょとんとしたのが分かった。
苦笑のような気配の後、ラファルの両腕が横からクレムを抱き寄せた。

「大事にする」

ラファルの腕の中でクレムはそろりと頷いた。

「私も、この土地と竜と貴方を何よりも大事にして生きていきます」

クレムを抱き締める太い腕にぐっと力が加わった。
金色の垂髪に鼻先を埋めて、ラファルが感嘆のように漏らした。

「……この私が、家族を望む日が来るなどと夢にも」

ラファルの家庭の事情をクレムは少しだけ耳にしている。
胴に巻き付いた腕に触れて言った。

「教えてください。貴方の事を何でも」
「ああ。その代わりお前の事も何でも、教えてくれ」

二人の頭上で星が流れた。

おや、という風に竜は眼球を向けたけれど、なんとなく背中の雰囲気を壊してはいけない事を察して静止を維持した。

二人と一体の静かな時間は、ラズベリー好きのもう一体が「交ぜて」という顔で空に上がって来るまで続いた。



軍学校に入学して一週間。
第二皇子マレオンは、吐きそうだった。

長時間に及ぶ剣の素振りで全身が痛い。筋肉痛を堪えて座学に臨む。座学の後は山麓の訓練地までマラソン。帰ったら座学。授業後、部屋に戻っても課題と復習と予習の為に勉強机から離れられない。
座学は難解だが付いて行けない事は無い。しかし体育が過酷過ぎる。ハイテク時代なのに剣だのマラソンだの鍛える意味が分からない。

同期達は皆、平然として見える。誰も弱音を吐かない。マレオンは給食が喉を通らない程疲弊していると言うのに。

鍛え方と心構えが違うようだ。

マレオンは、帝都でフヤけ過ぎた。学術院をスキップする発想が無かったのも怠け心の所為。
学友から「慌てる必要はありません。学生時代を目一杯満喫しましょう」と言われて楽な道を選んだ。
そのツケが来た。

消灯と共にぐったりとベッドに入る。
亡き祖母の声が聞こえてきた。

「そなたは特別じゃぞ。わらわの陛下の若い頃に生き写しじゃからのう」

祖母は――祖母だけが、皇太子よりも第二皇子を可愛がった。祖母の教育は耳に心地良かった。

「権力とは持っておるだけでは意味を成さぬ。振るってこその皇族じゃ。人を使う術を身に付けい、マレオンよ。いざという時に振るえぬのではつまらぬぞ?」

マレオンは、十代の頃の兄の姿を想念した。
皇城での兄は、配下を従えていた。かっちりとした軍服を堂々を着こなし、颯爽と歩き、ビシッと命じる。兵どもは兄より先に敬礼し、踵を鳴らし、道を譲る。
幼心にも兄に憧れた。自分もああなりたいと思った。
「それ」をやりたい。ビシッと命じる。

「第二皇子の全権限で以て、お前に帝都追放を命ずる」

気分が良かった。
しかし無暗に権力を振るった結果、予定が前倒しとなり今がある。
あの時は彼女を追放する事が正義だと思っていた。
周囲の雰囲気に流され「そうすべき」と思い込んだ。

「さすがの御英断です。皇子殿下」

と、マレオンを称賛したのは聖女でも公爵令嬢でもなく――。





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