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19 手紙
その日。朝から、キャロンヌは気分最悪だった。
皇城が正式に発表した。追放女から追放が取り消された。
校内はその話題で持ち切りで、特に追放女と面識のある連中は歓迎ムードを隠しもしない。掌返しもいいところ。第二皇子がいなくなった途端に遠慮を止めた。
キャロンヌのクラスメイト達など、少し前まで「追放もやむなし」と同意していた癖に今や歓びの輪の中に平然と加わっている。教室でキャロンヌと顔を合わせるや変な笑みを浮かべてのたまった。
「マレオン殿下はやり過ぎたって事なんでしょうね」
「別に構わないのでは? ご本人は軍学校で励まれ、子爵家の御令嬢は侯爵領にいらっしゃるのですから、お二人がお顔を合わせる事は無い訳で……」
それだけの事ならキャロンヌも舌打ちで済んだ。
我慢ならないのはトリエンナーレの件だ。先日、父のツテを使い密かに前情報を掴んだ。なんとケリデューと共に追放女がノミネートされていると言う。しかもケリデュー自ら賞を受けるよう説得に当たったなとど。
「許せない」
近ごろ何もかも思い通りにいかない。
手掛けたシューズも全く売れない。ケリデュー率いる老舗ブランドからのオファーも未だ無い。
やはり広告塔が聖女ではダメなのだ。所詮は平民の田舎娘。元より品が無いのに、デブス維持が裏目に出て使い物にならない。
「世話焼きも潮時ね」
あんなのとは手を切る。ちっとも役に立たなかった。――そう言えば、折角用意した新任のお友達係が最近学校に来ない。とうとう限界か。金が無駄になってしまうが最早どうでもいい。
授業開始から間もなく、至急帰るようにと家からの通達があった。
首を傾げながらタウンハウスに戻ったキャロンヌは、リビングルームで待ち構えていた母と兄を前にして息を呑んだ。
どちらも無表情の下に怒りを湛えているのが分かる。嫌な予感がした。
母が低く切り出した。
「キャロンヌ、暫く家で大人しくしてなさい」
急な謹慎処分にキャロンヌは惚ける。
兄が皮肉気な笑みを浮かべた。
「お前の大好きなケリデューがな、お前のお友達にご立腹だぞ」
「え?」
「聖女だよ。彼の勤め先のブティックにいきなり押し掛けて、顧客との会話に割り込んだらしい。客は半島国の大使夫人で、夫の大使は王族だ」
「――え?」
「皇城に苦情が行って問題になっている。夫人は皇后の友人だからな。大臣である父上もご立腹で、私も母上もついさっき父上の配下から連絡を受けて知った」
「――――」
惚ける娘に、母の低い声が続けた。
「ほとぼりが冷めるまで家にいなさい。これ以上聖女に関わってはダメ」
「も、もとより大して関わってなど」
「貴女、聖女のお友達でしょ。みっともない靴を履かせて」
「みっとも、――いえ。聖女はお友達ではありませんわ」
「傍目には立派にお友達だったわよ。新たなお友達係とやらまで世話して。その新任の娘、欠席していたお陰で難を逃れたわね。今回厳重注意を食らったのは養子先の伯爵家だけですもの。もし貴女が聖女に同伴してたらうちもタダでは済まなかったでしょうね」
キャロンヌは俯き、納得した。確かに危なかった。
「……家にいます」
母と兄の嘆息が重なった。
再び母が口を開いた。
「先延ばしにしてきたけれど、貴女の縁談を考えているの」
弾かれたように顔を上げ、キャロンヌは首を左右に振った。
「急にそんな、嫌です。だって、わたくしの気持ちをご存じでしょうお母様」
母の目元が僅かに歪んだ。
「今回どこから苦情が出たか、もう忘れたの? 聖女のお友達のキャロンヌ」
「――――」
「いい加減ケリデューの事は諦めなさい。彼が留学した時点で無理だと思ったのよ。価値観が違い過ぎる。彼の家は何だかアバンギャルドで、古き良き伝統を重んじる我が家とは馬が合わないわ」
キャロンヌは言葉を失った。
母が何か言っている。縁談の候補の話だ。
「名門の侯爵家よ。ケリデューの実家のような華やかさは無いし、少々信仰心が強いけれど、伝統と格式を大事にしている証でもあるから悪い事では無いわ。ご嫡男は貴女の一学年上で、第二皇子の学友だったと――」
うろ覚えの顔がキャロンヌの脳裏を過ぎった。
「あの、地味な茶髪の彼……」
侯爵令息サライト・ルペリ。
例の休暇で、マレオンを狩猟館に招待したと聞く。
侯爵領は「女神信仰」が篤い――。
どうでもいい、とキャロンヌは思考を打ち切った。
ケリデューでないなら誰も彼も同じ、価値の無い人間だ。
銀のトレイにどさりと載せられた手紙の束を見て、クレムは驚いた。
帝都の同級生達からで、追放の撤回を祝い、喜ぶ声が綴られている。
「ずっと連絡出来なくてごめんね。親に止められてた」
「学校戻ってきてー。みんなで待ってるよー」
「帝都にお戻りの際は連絡よろしくです。一緒にお買い物しましょう」
「冬の休暇は南西部に行きまーす」
「第二皇子は本当に酷かったと思うよ。皇室は正すの遅い……」
各々事情も心情も様々あるにせよ、クレムにとっては全て有難い言葉だった。忘れられていた訳では無い。それが単純に嬉しい。
一通を除いて。
「トリエンナーレのノミニーおめでとう。誰にでも奇跡は起こるものなんだね。ホントびっくり。とりあえずお互い立派なレディなんだし、これまでの嫌な事はぜーんぶ水に流そう。だから素直に賞を受けていいよ。あたしが許す! あ、受賞の際は聖女様の説得で出る気になりましたってちゃんと皇族達に言ってね?」
手紙に目を落としたままクレムが佇んでいると、背後から大きな人影が歩み寄ってきた。
クレムの肩越しに便箋を覗き込んだラファルは、少しの間を置いた後に軽く鼻を鳴らした。
「詫びは無しか。紙とインクと切手を無駄にしたな」
クレムは項垂れた。
背後の彼は、クレムの細い両肩に左右の手をそれぞれ載せると、自分の胸元に引き寄せて凭れるよう促した。
「顔色が悪い。横になれ」
「いえ。大丈、――」
言い終える前にクレムの体は浮いていた。
肩と膝に回った太い腕に抱え上げられて、クレムは咄嗟にラファルの首元にしがみ付いた。
「閣下」
「気付いていなかったのか。ふらついていたぞ」
まるで自覚が無かった。揺れたような気はしたけれど手が震えただけだと思っていた。
茫然となったクレムを抱えなおして、ラファルは踵を返した。
「雑草の部屋に運ぶ。寝ろ」
ぐっと喉を詰まらせたクレムは、彼の太い首に両腕を回した。
「……雑草じゃ無くて、クールな野草の壁紙です」
甘えるように彼の首元に頬で擦り寄ると、ラファルの落ち着いた声音が耳の傍で告げた。
「そうか。では野草の部屋でゆっくり休め」
「……ごめんなさい」
「気にするな。今は何も考えずとにかく寝ろ」
「……はい」
運ばれながらクレムは口の中で呟いた。
「何を間違ったの、私……」
ソリアに対してしくじった。未だに何をしくじったのかが分からない。
凡そ四年、彼女に寄り添った。
でもソリアにクレムの心は響いていなかった。
虚しかった。
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完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。