お友達係から解放されたのですが、

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やけに早く侯爵領からの返事が届いて、ソリアは目を丸めた。
差出人はちゃんとクレムの名前になっている。
けれど長年彼女のノートを書き写してきたソリアには、それがクレムの文字ではないと分かった。

「代筆? 子爵令嬢さんも偉くなったね」

気に入らないながらも指でビリビリと開封し、内容に目を通す。
お手紙を有難うございます、という他人行儀な出だしから始まった手紙は、主にこう告げていた。

「賞を辞退する意思は変わりません。帝都にも参りません」

事務的な文字の羅列に、ソリアの苛立ちは増した。

「うっざ。折角あたしが許すって言ってるのに、何よ!」

があん、と部屋の扉を蹴った。
しばらくすると、一階から複数の足音が近付いてきた。
があん、と部屋の扉が乱暴に開かれる。
ゆでだこみたいな顔の中で目を吊り上げ、伯爵が唸った。

「反省が足りんようだな、ソリア」

ケリデューのブティックに突撃した件で、彼はまたも皇城から叱責を受けた。
怒り心頭の伯爵によって、現在ソリアは自宅謹慎を強いられており、退屈で死にそうなのでクレムに手紙を出した。キャロンヌにも出したのに帝都内にいる筈の彼女の方が、何故か返事が遅い。まだ来ない。

何よ、と反抗の目を向けた瞬間、ソリアに複数の手が迫った。伯爵家の三人とメイドが加勢して女子一人を羽交い絞めにする。
ソリアは喚き、騒いだ。声を無視して、悪魔のような連中は部屋から引き摺り出したソリアを、あろうことか地下室に放り込んだ。

「真冬で無し、死にはせん。頭を冷やせ」
「あんた達、聖女のあたしにこんなマネして!」
「ああ。聖女だからと放任した結果、私の城内での出世レースは仕舞いになった。最早帝都に居場所は無い。領地に籠る。お前の身柄は上の方に任せる。皮肉にも、今ならば手に負えんと泣き付けるのだ。城の連中に借りを作れるからとあるお方に勧められ、田舎娘なんぞ引き受けたのが間違いだった。結局お前の所為で帝都を去る羽目になった。全く、時間と金を無駄にした」

冷たい床に転がされていたソリアは悪態と共に踵を返した伯爵に慌て、身を起こした。

「ちょっと、聖女を放り出す気? これまであたしの恩恵で散々いい思いしといてなんて恩知らずなの! マレオン殿下に言い付けてやる!」

肩越しに伯爵はソリアを見やった。

「忘れていた。第二皇子なら軍病院だ」
「え?」
「訓練中に倒れ、緊急入院した。まだオフレコだが復帰は難しい。本人が再入学を拒んでいる。立派な皇子様だ」
「――え?」
「という訳で、彼の帝位継承順位は弟妹と叔父に抜かれて二位から六位に転落した。六位のままで済めばいいがな。そうそう、お前との婚約も見直すって話だ。良かったな? 予定されていたクソ厳しい妃教育の開始日程も白紙になった。――うちの娘の縁談まで。ああ、くそっ」

伯爵の嘆きを聞きながらソリアは蒼褪めた。
強力な後ろ盾が消える。足元が崩れる。焦燥に駆られた。

「だったらねえ、次の私の預け先もちゃんとお金持ちの貴族家にしてよ? ねえ! ねええ!」

伯爵家の連中は無言を貫き、があん、とドアを閉めた。
脆弱な灯りを燈すランプの下でソリアは茫然とした。
焦りの次に怒りが湧いた。

「天罰を受けろ!」

コンクリに囲まれた冷たい部屋に、泣き喚く声が反響した。
わんわんと泣きながら、最も安直で済む相手を罵った。

クレムが悪い! そもそもがクレムの所為。
逃げ出してそれきり。追放にいじけて、ソリアをこんな目に遭わせて、自分だけ将軍に守られて田舎暮らしを満喫している。
戻って来ない、クレムが全部悪い――。

しゃくり上げ、ソリアはぐうっと襟元を掴んだ。
思い至った。
まだ神殿がある。修行をサボっていた所為で忘れていた。
襟元の下を探る。
ブラックダイヤモンドのネックレスを取り出した。面の少ない、飴みたいなひと粒は内部にインクルージョンがある。天然物の証たる不純物らしい。
「日に晒さず身に付けておくように」とこれをくれた神官は告げ、微笑んだ。

「貴女は特別ですよ」
「何も頑張る必要はありません」
「守られるべきお姫様です」
「聖女に逆らう者は地獄行きです」

彼の言葉は耳に心地よく、納得出来るものだった。
ソリアは縋る思いでダイヤを握り締めた。
嫌な事があった際に祈れば救われる、と説明された。
修行初期以来の祈りを捧げた。昏い感情ごと、熱心に。



ベッドで上半身を起こし、クレムは窓の外に目を向けた。
巨大な四つの眼球がバルコニー窓から室内を窺っている。

「今日も遊ばないの?」
「なんか辛そう。可哀そう」

と、青竜達がそれぞれ言っているようでクレムの頬が緩む。
夏風邪に罹ったようで軽くダウンしていた。異なる環境に来たばかりなのに加えて色々な事が重なったのも一因だろう。
極力薬に頼らず治している最中なので少々時間を食っている。
「ゆっくり治せ」とラファルにも念を押された。

「ダラダラとしていろ。帝都への手紙は竜どもが届ける」

馬も汽車も敵わない、超特急便だ。
まずテレグラフで帝都の陸軍基地に「手紙を持って行く」と伝える。了解を得たら竜に金属容器に入れた手紙を括りつけ、単体で飛んでもらう。人間同伴でないからファイター種は大気の壁を突き破れる。侯爵領から帝都まで数十秒だ。
訓練された竜は基地まで迷わない。違える事無くプログラムを実行する。
竜が届けた送付物は、帝都の基地からそれぞれの宛て先へと配達される。

窓越しの竜達に手を振って見せ、クレムは呟いた。

「乗りたい背中」

ノックが鳴った。
入って来たのはラファルで、起きているクレムを見て眉根を潜めた。

「無理に起きるんじゃない」
「もう大分良くなりましたよ。――それで閣下、お願いしたものは?」

ベッドサイドに歩み寄ったラファルは引き寄せた椅子に腰を据えると、シーツの上にべんっと本を置いた。

「ゴースト艦長VS巨大一つ目クラゲ」

児童書だ。男児に大人気。
退屈凌ぎの為に領内の図書館から借りてきてもらった。所蔵が三冊ある事をクレムは知っているので「無かった」は通用しない。
読み聞かせを所望した。読み手のラファルは、眉間に皺を寄せた。

「本当にこれを私に音読しろと……」
「勿論です。ほら、擬音の多い文章が素敵でしょう。ドーンとかバーンとか。閣下の力強いバリトンでお聞かせください。読み飛ばしは無しですよ」
「……お前、さては月の件を根に持っているな」

クレムは笑みで肯定した。
バリトンの主は淡々と口を動かした。ドーン。主砲が火を噴いた。バーン。海面が沸騰した……。
瞑目したクレムは、はちゃめちゃな展開を脳裏に思い描いて笑いを堪えた。

不意に、泣きたくなった。
児童書はソリアの最初の教材だった。ソリアは魔女っ子や錬金術師のお爺さんが活躍するファンタジーを好んだ。

「魔女っ子は風さんとお友達になって箒で飛ぶのよ」

頬を紅潮させたソリアに、クレムは物理学を教えたくなかった。
無粋だし勿体ない。クレムはもう風さんとお友達になれない。
ソリアにはずっと風さんとお友達でいて欲しかった。

声が止み、クレムはパッと瞼を開けた。
静かにクレムを見詰めていたラファルは、読みかけの本をシーツに投げ出した。

「一人で哀しむな。来い」

差し出した両手を軽く上下させ、促す。
宥めようとする彼の姿にクレムの胸が震えた。
彼の腕の中に飛び込んで縋りつく。ここに来てクレムは甘えてばかりだ。

「なんだか弱っててダメですね」
「構わん」
「有難うございます、ゴースト艦長」
「…………」

抱擁の腕に力が籠りクレムを戒めた。茶化すな、と言っている。
彼の胸でクレムは少し泣き、笑った。
沈んだ気持ちが、ドーンと吹っ飛んだ気がした。





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