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21 夜空
白い病室に横たわり、マレオンは夢を視ていた。
「ぜひ我が領の狩猟館にお越しください、皇子殿下」
休暇を前に同級生のサライトが誘ってくれたので、仲間達と一緒に帝国北西寄りに位置するルペリ侯爵領に出向いた。
特にこれといった産業の無い土地ながら街はそこそこ大きく自然も豊かで、帝都では味わえない魅力があった。
途中、巨大な神殿が二つもあって圧倒された。
帝都郊外の神殿に負けず劣らずの規模で、ファサードの白と黒の円柱が美しい。
女神信仰が篤い事は承知していたけれど相当の建造費をかけている。確か、聖女捜索に多額の支援をしたのもサライトの実家だ。
地方にしては金があるな、と独り言たマレオンに、仲間の一人が耳打ちした。
「だってほら、アレ」
「――ああ」
巨大施設が多い。さすが地方だ。
神殿見物でその日は終え、翌朝森に出掛けた。
山麓の深い森には薄く霧が出ていた。明るいし昼までには晴れると気楽に考え、仲間達と馬で競争しながら森に駆け行った。
楽しいのはそこまでで後は地獄だった。霧が晴れない。道が分からない。
迷った。仲間数名とはぐれた。そして魔物と遭遇した。
影みたいな巨人だった。マレオンは無我夢中で狩猟用ライフルを撃った。魔物は弾丸で体を失いながらも重い足音と共に接近してくる。動きが鈍い代わりにしぶといようで回復能力が高く、欠損部の復元が早い。
魔物は肉体の六割以上を失えば死ぬ。撃ちまくった。被弾の度に黒い体が砕け、飛び散った。
装填と排出を繰り返した末に弾が切れた。魔力と魔術がハイテク化を齎した現代であっても込める弾丸は火薬時代から変わらず鉛だ。テクノロジーの恩恵を失った。
剣は無い。重いからナイフしか持ってこなかった。
こうなったら最後の手段だ。マレオンは魔法を使った。兄ほどで無くとも、奇跡に成り得る魔力量を持っている。
魔法は体力と集中力を要する。疲労は銃器使用の比じゃない。しかも炎の魔法は銃弾よりも発射速度が遥かに遅いので、素早い敵には避けられてしまう。どんなに強力な攻撃も当たらなければ何の意味も無い。
だがこいつは遅い。仕留められる――仕留められない。霧の所為で火力が弱まる。マレオン自身も焦燥と恐怖の所為で本来の力が出せない。
マズい。捕まる。食われる。
絶体絶命に直面した時、サライトが加勢と共に駆け付けた。大砲の部隊が次々とマレオンの前に出た。
十門の砲が一斉に火を噴いた。鈍い巨人になす術はない。文字通り塵も残さず消えた。
助かった。マレオンは疲労と安堵からへたり込み、気付いた。
手や腕に青黒い痣が浮いている。魔物の毒だ。撃つのに必死になり、接近し過ぎて飛沫を浴びた。全身に回るのは時間の問題。
やがて黒焦げの焼死体のような姿と化し、死ぬ。
恐怖の悲鳴を上げた。体中が燃えるように熱い。
喚くマレオンをサライトが抱え、部隊の荷台で運んだ。
「聖女を呼べ! 伯爵領はすぐ隣だ!」
朦朧としながらもマレオンは、侯爵領に常駐する神官でなく隣領で休暇中の聖女を呼ぶ事態と知り絶望した。自分はもう神官の手に負えないレベルなのだ――。
暗闇を彷徨う中で、少女の声を聞いた。
「皇子様! しっかり!」
希望の光が溢れ、闇を打ち払った。
目を覚ますと愛らしい顔があった。手も腕も元通り、美しい皮膚だ。
心から聖女に感謝した。初心で健気な彼女がいとしくなった。
だから「私と婚約して欲しい」と彼女に告げた。
それに、――あんな恐ろしい思いは二度と御免だ。
聖女に傍にいてもらいたかった。
マレオンは夢から覚めた。
白い病室には誰もいない。聖女も見当たらない。
しかし大きな窓から差し込む陽光は淡く、気持ちのいい風が吹いている。
ここは安全だ。この環境なら絶対に魔物は生じない。
今は、聖女にいてもらわなくても構わない。
魔石のパワーが切れて以来、ランプの灯りは消えていた。
多分、夜だ。硬く冷たい部屋で一人になってかなりの時間が経っている。
自分の姿が見えない。鏡も無いし暗い。地下なので窓も無い。
腹が減っていた。
数時間前に水差しと硬いクッキーを差し入れられただけでディナーが無い。
なんでここにいるのか分からない。
外に出たい。
出られる気がした。頑張れば、出られる。
「よいしょっと」
ソリアは両手を伸ばし、壁とドアを突っ張るように押した。
ミシミシッと木製のドアが悲鳴を上げた。
壁も似たような悲鳴を上げている。
足元で鳴った音に気付いたらしい。
複数人の足音が近付いてきた。なので、ソリアはドアを抑える手を緩めた。
があん、と乱暴な手がドアを開いた。
「今の音は何だソリア。行儀よく沙汰も待てんのか、お前は!」
ゆでだこみたいな伯爵の顔を認めた途端、ソリアは笑みを浮かべた。
伯爵は、ぽかんとソリアの方を凝視している。二人の目は合わない。
「ランプ切れか。えらく暗い。おい誰か、灯りを持て――」
首で背後を振り返った伯爵に、ソリアは手を伸ばした。
伯爵の目が地下室に戻ってくる――のと同時に。
べしんっ、とゆでだこの頭を真上から叩いた。
すると伯爵の立ち姿が消え、パッと赤い飛沫が床に散った。
義母だか義姉だかメイドだかの悲鳴が発し、開かれたドアを慌てて閉じようとする。
また閉じ込められては堪らない。
ソリアは彼女達に向かって目一杯腕を伸ばした。
肥大した黒い手を広げて、べしん。更にべしん……。
悲鳴が消え、静かになった。
自分が何になっているのかソリアには分からなかった。
ただ今なら何でも出来るしどこにでも行ける、と思った。
楽しくなってきた。
外に出た。やはり夜だ。
忘れていた。背後を振り返って、べしん、と伯爵邸をぶっ潰しておく。清々した。これでもう地下室に入れられる心配は無い。
気分爽快で夜空を仰ぐと、満天の星が視界いっぱいに広がった。
「あたし浮いてる?」
でも足には地面の感触がある。
見下ろして気付いた。足が沢山ある。手も沢山。こんな便利な状態だから何でも出来る気がするのか。
視界が途轍もなく高い。空は近く地面は遠い。周囲の景色が楽に見渡せる。
背が伸びて嬉しい。バレエを頑張らなくてもあれこれ食べなくても屋根より高くなれたではないか。
益々楽しくなってきた。
「さあて。無敵の聖女様はどっちに行こうかなっと。んー、あっちは嫌だな」
巨大な施設は夜になるとライトアップされる。遠目に見えるあれは陸軍基地だ。
さっきから悪い予感がしていて落ち着かない。
帝都は居心地が悪い。特に城が嫌だ。すぐにでも離れたい。
「飛べる気はしないけど、跳ねるのは出来そう」
それで、思いっきり跳ねてみた。
ふわっと浮き上がる感覚がして、空が近付いて来た。星に手が届く。
ソリアは「わあ」とはしゃいだ。
「風さんとお友達になった気分!」
ふと西の方角に目をやりレールが伸びているのを認めた。ミニチュアみたいな可愛い汽車が来るかもしれない。
ようし、とソリアはそちらに向かった。漂うように。クラゲのように。
帝都の一画では黒煙が上がっていた。
大騒ぎの中に警報が鳴り響いた。
魔物の出現を報せるアラートが――。
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