お友達係から解放されたのですが、

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22 不完全




帝都の一等地、高級住宅エリアにある伯爵邸が激震直後、ペシャンコになった。

訳の分からない通報が立て続けに飛び、首都防衛の要たる帝国陸軍本部は騒然とした。
静かな夜を叩き壊した騒動の犯人は、目撃証言によれば魔物だ。
鐘楼ほども高さがある巨体だったそうだが夜とあって捉え難く、目を凝らす間にどこかに消え、そのまま行方を晦ませたと言う。

帝都で魔物が生じるなど建国以来である。
魔物は人気の多い場所では生じ難い。疚しい感情が根っこにあるからなのか人目を忍び、密かに育つ。
かといって単純に、自然がいっぱいの田舎や未開拓地が危険という話では無い。
陽光の届き難い深い森や山がやはり危なく、風通しの悪い環境も良くない。悪いものが流れ込み、吹き溜まりになる。
前人未到の地における注意点は、魔物が潜んでいる確率の高さだ。姿を見せないだけで潜んでいる個体が世界各地にいると考えられている。大凍原や深海など、技術的に調査が困難な場所には、恐らくいる。

「――しかし帝都のど真ん中、伯爵邸が発祥地と言うのは解せんな」

就寝時を叩き起こされた皇太子ラギュオルは、しっとりとしたシルクのパジャマからかっちりとした軍服に手早く着替えると、皇城の中庭に向かった。

ラギュオルの青竜が鞍を付けられ、スタンバイしていた。
竜に飛び乗ったラギュオルは、手綱を引いて陸軍基地に竜の首を向けた。

「まさか調査中の場所と異なる家から煙が立つとは――」

関連はあるけれど果たして繋がりがあるのか。
独り言たラギュオルに眼球だけ振り返り、青い竜は四枚の翼を展開して離陸した。



喧噪に目を覚ました侯爵令息サライトは、跳ねる足取りで自宅の廊下を進んだ。

「やばいやばいやばい!」

言葉と違って顔は笑っている。
サライトはワクワクしていた。
一階隅の小部屋にあるテレグラフに飛び付き、歓び戦慄く指で打つ。

「楽しいイベント発生中。聖女がやってくれた。見ないと損するよ、兄貴!」

まずは現在、領地に「出向中」の神官たる兄に向けて短文を発信した。同じく領内にある父へは兄から連絡が行くだろう。
しかし送れたか否かは神、もとい女神のみぞ知るだ。軍の「波」は強力だし今の帝都上空はとんでもなく混み合っている。

「さあて僕も出掛けないとな。これは今世紀最大の大発見だぞ。――どこにも発表なんてしないけどね!」



突然、窓から強烈な光が差し込まれ、キャロンヌはベッドで跳ね起きた。
夢現にも地震があった気はしていたがこれは異常だ。
窓辺に駆け寄り、カーテンを捲る。

「何? 空を照らしてるの?」

陸軍基地から空に向けて伸びる何本もの光の柱はサーチライトだ。互いに交差しながら夜空の中でうろうろしている。
丁度メイドが呼びに来て、階下のリビングルームで合流した父から事情を聞いた。
魔物、と耳にしてキャロンヌは震え上がったが、帝都にはもう見当たらない、安心して良いと父は娘を宥めた。
建物に隠れられない程の巨体らしく、今空を捜しているのは「浮いた後、夜空の中に溶けるようにして消えた」という証言があったからだそうだ。

魔物は空を飛べる、という初耳にキャロンヌはやはり震え上がった。
上にも下にも陸にも海にもいるのでは、人間様はおちおち眠れないではないか。

「全く、どこの馬鹿が魔物の養分になったのよ」

キャロンヌが真相を知る日は来ない。



見失ったのは無理も無い、とラギュオルは口元を歪めた。
恐らく魔物はまだ発生プロセスにある。
不完全な状態というのが実は一番厄介で、実体化が完了していないから仮に見付けても火力は効かない。
魔物に最も有効なのは火力攻撃だ。高温による燃焼なら魔物の毒「黒い血」は飛散しない。勇み足の接近戦は以ての外で、無暗に切ったり撃ったりすれば魔物の毒を浴びる。聖職者の浄化以外に解毒方法の無い毒は、死んでも人間を道連れにしたがる魔物の気質そのものだ。
中世まで、剣と槍と弓を手に戦っていた騎士達の多くが毒の犠牲になった。
彼らを援護していたのも精度の低い火薬の砲。長らく人類は、巨体を相手に苦戦を強いられてきた。
無論、一部の兵士には炎に特化する魔法があった。現在のラギュオル然り、ラファル然り。
更に天敵、レッドことスピットファイア種の赤竜がいる。その火力は人間の魔法の比ではない。欠点は作り出す火球は巨大ながら本人同様、遅い事だ。
それ故に人類は、強力な竜の炎を二次的に活用するテクノロジーを磨いてきた。火炎放射器だのファイアウォールだの。焼却炉もある。

赤竜を擁さない帝都ではあるが、竜の炎を利用した対魔物特殊弾は装備している。
いつでも撃てる。実体を見付けさえすれば。

「儘ならんな」

夜空に滞空し、ラギュオルは跨っている青い竜の背をベシッと叩いた。
捜索に、大気を突き破る速度など要らない。見落としてしまう。そして竜は魔物探知機とか装備していない。ファイター種たる青竜はあくまでも乗り物だ。
グルグルと竜が低く唸った。「私は有能!」と抗議している。分かった分かった、とラギュオルは再び竜を叩いた。

不機嫌な竜の横顔が、ふと西側を向いた。
やや遅れてラギュオルもそちらを向く。

「来たか」

報せを受けて、南西の青竜将軍が駆け付けた。
フライト時間は凡そ十五分。
言っておくが、前回四十五分かけたラギュオルが遅いのではない。ケリデューを同乗させていたからスピードをセーブしたまでだ。
近接した若い青竜が大気にバウン、とブレーキをかけて空中停止した。
青い背の上でラファルが敬礼した。

「皇太子殿下」
「ご苦労、青竜将軍。道中、魔物を見たか?」
「一応捜索しながら参りましたが、いいえ」
「まあ竜は最短の直線ルートを取るからな。それに夜は面倒だ。黒い魔物は闇夜に紛れてしまう」
「魔物が飛んだという話でしたが」
「正しくは、浮いた、だ。実体化していないから風に漂い、浮けるのだろう。海中のクラゲのごとくな。実際にクラゲのようなフォルムだったらしい。何であれ、実体化が完了すれば重量のある巨体は星に引き寄せられる。そして我々と同じく物理のルールに縛られてくれる。勝負はそこからだ」

ラギュオルの説明の途中で、ラファルの顔が怪訝になった。
「どうした」と問うと、怪訝なままの口は開いた。

「魔物はクラゲのよう、だったのですか」
「ああ。傘に一つ目が付いていたという目撃情報が何件もあるな」
「一つ目のクラゲ……? 伯爵邸……」

ラギュオルは首を傾げ、再び「どうした」と問うた。
ラファルは「いえ」と首を横に振った。
解せないラギュオルだったが、ラファルを連れて指揮所のある本部に竜を向かわせた。





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