お友達係から解放されたのですが、

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23 夜汽車




夜間の出撃を見送ったクレムは、リビングルームで消沈していた。
帝都に魔物が出た。伯爵邸が潰された。

――ソリア。

安否は不明だが、建物の状態からして絶望的らしい。
蒼褪めたクレムは、次に妄想で心の安定を試みた。ソリアは不在。キャロンヌの家でパジャマパーティーをしている。だから無事。

――ソリア。

妄想を終えた脳は、辛うじて冷静な部分で考えた。
何故、伯爵邸に魔物が出現した。敵意を持った何者かが仕向けたのか。
魔物との意思疎通は不可。誘導出来ない。それ故に戦時の兵器に出来ない。皮肉な安心材料でもあるのだ。

小さいモルガとソファーで隣り合って互いの背中を抱き合う。
詮無い思考に行きついた。
どうしてこうなった。
どうして自分はソリアの傍にいない。「役立たず」につき追放され、解任されたからだ。ファンファーレが流れ、ここにいる。でもその音楽はもう止んでいる。
解放されたいと思っていたけれど、どうやら違っていた。ファンファーレが煩すぎて本心からの声が聞こえなかった。
追放されて解任されて嬉しい筈が無い。哀しかった。
すっと願っていたのは、同い年の妹と姉の関係に戻る事だった。

嘆きと共に脳裏に浮かぶ。
あの日カフェテラスで見た、途方に暮れたようなソリアの顔が――。



夜汽車に揺られていた五歳男児が、目を覚ました。
寝台の隣で鼾を掻く父親を揺さぶる。

「パパ、パパ」
「……んあ? どうしたチビ。緊急事態か」
「うんこ」
「緊急事態だな」

個室を出て、親子は通路先のトイレに急ぐ。男児のお気に入りの本も忘れず持ち出した。これを常備していないと男児は不機嫌になる。
用事をやり遂げ、父親は男児を抱えて道を引き返す。途中、車掌とすれ違って互いに会釈を交わした。

その時、車両が大きく横に揺れた。
波みたくうねった床に足を取られ、父親は咄嗟に男児を庇い、背中から転倒した。
車内から一斉に上がった悲鳴が、列車のブレーキ音に掻き消される。
同じく床に転がった車掌が「大丈夫ですか!」と親子に問うた。
「一体何が――」と返そうとして、父親は車窓の外に視線を感じた。
闇夜に目をやる。
こちらを覗き込む巨大な目玉と目が合った。

父親も車掌も悲鳴を上げた。
父親の腕の中で男児はじいっと外の化物を見る。
化物は、男児が床に落とした物を見て、言った。

――ゴースト艦長、だ……。

女の子の声に聞こえた。大人達はただ恐怖した。
魔物だ。食われる。巨大な触手で車両ごと握り潰される。
死ぬ。父親は男児を抱き締め、神に祈った。

「女神様、今まで祈らずすみませんでした。今後は神殿に参ります。だからどうかお助けを。息子だけでもどうかどうかどうか」

祈りは通じなかったらしい。
触手に掴み上げられた車両が浮き上がり、ぽいっとレールの外に放られた。
寝台車の道連れに、八つの車両達も次々と脱線した。まるで子供が散らかした模型の玩具みたく、夜の原っぱの上にごろんごろんと横倒しになる。
魔物は不気味な笑い声を立てた。

もうもうとした土煙の中、父親は頭から血を流しながら薄く目を開き、腕の中の子供の無事を確かめる。気を失っているが心音を感じるし、見える範囲に傷は無い。
それから父親の目は、今は天井になっている割れた車窓に向かった。

星空が広がっていた。四角いフレームの中を巨大な影がぬうっと横切った。半透明なのか所々星が透過して見える。
魔物の中央に小さな人影を認めた。嘘だろ、と父親は戦慄した。

「ああそんな……女の子が、食われてる」

クラゲみたく、魔物に丸呑みにされた獲物が透明な胃袋から透けて見えている、と彼は思った。
彼の勘違いだ。
本当は呑まれて見える彼女こそが魔物の本性なのだが、彼の勘違いが訂正される日は来ない。



闇夜に投げ出された乗客たちは、もうお終いだと絶望した。
逃げ場も無いし巨大で足の多い魔物から逃げようもない。
この列車は一昨日の夜に南西部を発ち、帝都に向かっていたところだった。悪い事に駅と駅の間にいるようで見渡す限り野原で、地平線の先に町の光はない。
助けは来ない。
割れた窓から魔物の触手を突っ込まれ、掴み出されて食われる。終わりだ。

扉の破損した車両から乗客が二人、外に這い出てきた。
煙に咳き込み、互いの無事を確かめ合うと、ぐにゃぐにゃに歪んだ貨物の車両を振り返った。歪んだ扉から積み荷が零れ出て、地面にぶちまけられている。
「ああ」と二人は項垂れ、無駄を承知で台無しになった物を掻き集めた。

「このサンプルはもう使えん。申し訳ない。また、……」

ふっ、と二人の頭上に巨大な影が落ちた。
一つ目を持つクラゲのような黒い魔物が獲物の上から覗き込み、ゆらゆらと触手を伸ばす。
腰を抜かして二人はただ震えた。捕まる。死んだ。

急に、魔物の動きが止まった。
ずぞずぞっ、と十本も二十本もありそうな足で後じさりをした後、逃げるようにして二人の傍を離れていく。

たっぷりと獲物の詰まった列車を放って、線路からも離れていった。
無様な逃走を、乗員乗客達はぽかんと見送った。意味が分からない。



陸軍本部の指揮所に緊急無線が入った。
二件同時。別々の場所だ。
機動力のあるラギュオルとラファルは、応援部隊に先んじてそれぞれの現場に急行する事にした。
青竜に飛び乗り、ラギュオルがラファルに命じた。

「列車の方は頼むぞ。クラゲとやらを殲滅しろ!」

一件目の通報は列車事故に遭った車掌からだった。巨大クラゲの魔物に襲われた。帝都に出現した奴で間違いない。
ラギュオルに頷き、ラファルも自領の青竜の手綱を引いた。

「行くぞ、竜」

ラズベリー君、と呼ばれなくても竜はいつも通り粛々と乗り手の意思に従い、四枚の翼を展開して離陸した。
二機のファイターが基地を飛び立つ。途中までレール沿いのルートは同じだ。
最悪だ、とラファルは奥歯に力を籠める。
被害に遭ったのは、二日前に自領カダリーニャ侯爵領の駅を発った列車だと言う。サンプルを載せた貨物を接続していた車両だ。

離陸から三十秒で「ではな」の声を残してラギュオルが道を逸れて行く。
北西部の侯爵領でも魔物が出た。厄介事は何故か連鎖するものだが、今回のこれは偶然ではないだろう。

あちらはラギュオルに任せてラファルはクラゲに集中する。
間もなく激突する。
武器に利き手を置き、握力を籠めた。





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