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25 星空
ごうごうと耳の周りが煩くなってきて、ソリアの意識が目を覚ました。
早過ぎて目で追えない羽虫に攻撃されて気を失っていた。
目覚めたら地獄の業火の中。途轍もなく熱い。
悲鳴を上げた。力の限り叫んでいるのに自分の耳に声が届かない。
――助けて。恐い。誰か。
周囲には誰もいない。ここまでの夜道を一人で浮いたり歩いたりして来た。
――恐い。恐いよ。なんで。どこ。
助けは無い。この声は誰にも届かない。
――どこ。どこ、クレム!
無駄を承知で勝手に口が呼んでいた。
来てくれる筈が無い。
ずっと戻って来てくれなかった。
なのに奇跡か。夜空の中にクレムが現れた。
炎の揺らぎに遮られながらソリアは、何故か遠い空に浮かんでいる彼女に向かって手を伸ばした。
金色の光が視界いっぱいに溢れ出した。
――来てくれた。遅いよ。来るのが遅い! いてくれなくちゃ困るじゃん。追放にいじけてないでとっとと帰ってくれば良かったんだよ!
そうすれば一緒に買い物をしたり遊園地に行ったり出来た。
そうだ。いつだって傍にいて欲しかった。
だから彼女に縁談が舞い込む度に妨害し続けた。来年には妃教育を控え、不安しかなかった。城について来て欲しかった。支えて欲しかった。
あの日カフェテラスから見た、ケチな詐欺男を撃退したクレムの雄姿が忘れられない。
「ところで何期の卒業ですか?」
素敵だった。ああなりたいと思った。でも自分には絶対に無理だと分かっていた。
憧れと同時に嫉妬した。実績が無かったから焦ってもいた。置いて行かれるのは嫌だと思った。
やっと思い知った。ソリアはクレムと離れたくなかった。
その証拠に今、嬉しくて嬉しくて胸が弾けそうになっている。
クレムは戻って来てくれた。ソリアを見捨てたのではなかった。
――遅れたって許すよ。友達だもん。全然許す。仲直り。
これからは言い付けを守る。ちゃんと教科書を開くし、バレエと馬術の稽古だって再開させる。ケーキを我慢して野菜とか青魚とかキノコとかをもりもり食べる。
――友達の言う事だもん。嫌な事でも付き合わなくちゃ。
ソリアの失態でクレムが叱責されないように頑張る。
ソリアが頑張ればクレムが褒められる。二人で一緒に上を目指す。
もう友達に「係」は要らない。
竜の飛翔が生み出す気流に飛ばされる事無く、クレムは現場に辿り着けた。
まぐれと、竜のお陰だ。
高速飛行中、クレムは手首から腕にかけてぐるぐると手綱を巻き付けて必死に竜の背にしがみ付いていた。両腕が焼けるよう。痛いより熱い。
メープルさんはちゃんと、クレムの限界を探りながら速力を調節していた。しかも後方二枚の翼を前部に折り畳んで即席のキャノピー(天蓋)を作り、クレムを風圧から守ってくれていた。
万全の態勢で飛んでくれた。もし仮にクレムが落下しても易々と回収出来た。落下速度より遥かに速く飛べるから。
青竜の気遣いに助けられ帝都近郊に迫ったクレムは、巨大な火柱を認めた。
見間違えようのない目印だった。
火の上空に青竜が滞空している。あれだ、とクレムと同様に、メープルさんにも行くべき方向が分かった。
尤も、現場に着いたところでクレムの出番など無かった。
大掛かりな舞台に幕が下ろされようとしている。
茫然と火柱の根元を見詰めるクレムの横顔に、ラファルの呼び声が発する。
彼に答える事無く、クレムは視点を変えなかった。
赤い炎の中に何か大事なものを見付けようとしたけれど、無理だった。
もう見えない。多分遅かった。
いや、衝動的にこの場に来ただけで明確な目的など無かった。勝手に竜を持ち出して軍人だったら軍法会議ものだ。
そもそも何を見付けようとしているのか、自分でもよく分からなかった。
突然、足元から金色の光の粒が大量に噴き出し、燃え盛る炎に交じって上昇を始めた。
幻想的な現象にクレムは惚ける。
その時、よく知る声がした。――「来るのが遅い!」
何が何だか分からなかった。ソリアの声が聞こえる。
相変わらず理不尽な事を言っている。勝手な事ばかり喚いて苛立ち、怒り、甘ったれている。
不思議と腹は立たない。迷惑だとは思わない。
駄々っ子をあやす様な気持ちにすらなった。
手を差し出して噴き上がってくる光る粒子に触れてみる。
ヴィジョンが視えた。知っている景色や場面もあるのに所々クレムの記憶と違う。
視点の相違から、これはソリアが見て来たものだと察した。
ソリアの思い出や感情が溢れ出ているのだ。触れる度に凄まじい情報量が脳細胞に流れ込んでくる。処理が追い付かない。クレムは、とにかく出来るだけ多く拾い集めようと懸命に手を伸ばし続けた。
金色の光が上昇していく。クレムの指先をすり抜けて高く高く舞い上がっていく。
星空の中の一粒になっていく。
最後の光の粒を追えるだけ目で追った。
夢のような光景の終わりを見届けた。
クレムは、ラファルと共にすぐ傍の脱線した車両のもとへ飛んだ。
救急キットを手に負傷者の手当てにかかった。
手持ちの医療品では出来る事は限られる。何と言ってもクレムは医師のライセンスを持たない。本来なら医療行為は許されない。緊急時につきギリギリのアクションだ。
同じ理由で医薬品の販売も不可。ライセンス無く取り扱いが可能なのは化粧品まで。医師でなくとも薬剤師のライセンスは必須である。
ラファルは一旦事故現場を離れ、応援部隊の誘導に向かった。
青竜を二体とも連れて行ったのは医療チームを運ぶ為だ。世界一のスピードを誇る青竜だが大規模輸送には向かない。性能が違う。
結構使いどころに困る高性能だな、とクレムは想念を過らせた。
すぐさま考えを改める。そうじゃない。人間が竜の文字通りお荷物になっている。自分の事だ。乗り手が軟弱過ぎてメープルさんは最高速を出せなかった。
青竜の無断使用についてラファルから叱責は無い。
ここに至るまで実に短くしかし色々あったから、クレムに同情というか配慮しているのだろう。何か言いたげな顔をしつつも結局肝心な事は口にしなかった。
だから魔物の正体について、互いに答え合わせをしていない。
未だクレムには現実味が無い。
それに大事故の現場にいる。負傷者が出て、物品にも被害が出ている。
手当ての中、運悪く乗り合わせていた輸送の担当者らを見付けた。「お預かりしていた荷物が」と詫びる二人にクレムは首を横に振って見せた。二人が擦り傷程度で本当に何よりだった。
気になる話を小耳に挟んだ後、作業に戻る。
少なくともここで深く考えたり悲しんだりすべきではない。
クレムは救護に専念した。
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完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。