お友達係から解放されたのですが、

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29 空元気




いくら望んでも、クレムが罪人をぶん殴る事など出来ない。
ルペリ侯爵家の身柄は帝都秘密警備部の手に引き渡された。そして情報を引き出し終えたなら何人にも手出し出来ない遠方の監獄に送られる。アドレス不明の秘密の監獄は、孤島か地下か。いずれにせよ地図には載っていない。
公開処刑など勿論しない。

「残念です。ではせめて処刑後はお報せください」

クレムはラファルを通して皇太子ラギュオルに依頼した。
諾、と彼からは短い返答があった。

今回、帝都とルペリ侯爵領とで二つの貴族家の当主が死んだ、事になった。
どちらも親戚筋はある。伯爵家の当主交代は容易いが、ルペリ侯爵家の方は慎重な見極めが要る。相当長らくの監視付きの運用になる。罪人を出した家では当然だ。
潰しても良い、と皇帝は考えた。
潰すのは最後の手段、と皇后は言った。

「古い家門を易々と消滅させてはなりません。名前も血統も家紋の意匠も、積んだ埃の量で価値が決まるのです。絵画と同じですよ。新たに作り出す事など造作も無いですが価値が生まれるまでには歳月がかかります。それでは結局、帝国の財産が目減りしてしまうのです」

嘗ての大帝国、半島国出身の王女らしい意見だった。

王侯貴族の事情も心情も、クレムの知った事ではない。
友人を失い、心にぽっかりと穴が開いてしまった。

ソリアはクレムを待っていた。返す返すも、追放した分際で身勝手にも程がある。
クレムは、でも嬉しかった。ソリアを嫌いになったのではなかった。
だって同い年の妹だった。それは変わらない。いつまでも。



ラファルは暫く、帝都とルペリ侯爵領と自領を行ったり来たりする日々を送っていた。
移動手段が竜でなければ到底不可能な通勤だった。
竜のお陰で毎日家に帰る事が出来る。本当にカダリーニャ侯爵領は恵まれている。
最初に青竜と邂逅した先祖の恩恵を受けている。
先祖は、後に竜の聖人となる戦士だった。先祖のスピリットに青竜は興味を示したと言われている。
クレムは「美味しいパンで餌付けしたのでは」と言っている。案外そんな程度の事かもしれない。どっちにしろ先祖は上手くやってくれた。有難い。

ティータイム前に自領に戻り、邸宅上空を旋回しながらラファルは東の庭に目を落とした。
芝生に座ったクレムがメイド達に囲まれて笑っている。
毎日笑って過ごしている。領都のマルシェで食材を買ってキッチンに立ったりもする。最近「デトックス料理」を流行らせた。食べると解毒出来るのだそうだ。人間だけでなく竜にも振る舞っている。

「貴方方にデトックスは必要無いけどね」

夏野菜まみれのパンケーキを竜達に与えてクレムは微笑んだ。
彼女が貨物車両にサンプルを載せた事で、新たな事実が発覚した。
サンプルというのは竜の古い装甲だった。輸送の担当者らの証言によると、サンプルに接触した途端、魔物は慌てて逃げ出したと言う。
排泄しない竜が体外に排出する物質は、皮膚から剥がれ落ちるとさらりと砂のように粉末状になり、風に乗って大気や大地に溶け込んでいく。

「魔物除けの素材として活用出来ると思います」

竜を擁する土地に魔物が出ない秘密は風化する装甲にあった。あちこちに飛散して魔物を追い払ってくれていた。
浄化の機能とは違っていたものの汎用性は高い。なにせ粉末。何にでも加工出来そうだ。
実用化に向けて現在、新たなサンプルが帝都の研究機関に送られ、調査が進められている。

ラファルは中庭に青竜を向かわせ、その足で邸内を突っ切って庭に向かった。
こちらの接近を察していたメイド達が退散していく中、クレムが笑みと共にラファルを待っていた。

「お帰りなさいませ」
「ああ」

クレムの笑みは美しく、同時に痛々しいとラファルには思える。
空元気なのが丸わかり。
先週、帝都で伯爵家の葬儀が行われた。聖女の同級が顔を揃えたその場にクレムは足を運ばなかった。墓にも参っていない。カダリーニャ侯爵領内のカテドラルで祈っただけ。
とっくの昔に帝都追放は撤回されている。だから行かなかったのは心情的な問題からだ。
簡素な弔いを終えると、彼女は聖堂の外壁に置かれたベンチにラファルと並んで腰かけて静かに語った。

「――最低なんですよ、私」

上空で滞空中のロートルが、まるで声が聞こえたかのようなタイミングで眼下のクレムに首を向けた。
心配顔の竜に笑みを向け、クレムは続けた。

「ソリアの記憶に触れて色々と分かったでしょう。あの子を変な方向に誘導している大人がいた。あの子の言動とか認識とかを可笑しくしたのは神官だって」
「……そうだな」

頷いたラファルに、クレムの泣き笑いのような顔が向いた。

「それを知って私、安心したんです。私の所為じゃなかったって。ソリアがダメになったのは私がしくじったからじゃない、私が何かを間違えたからじゃないって、思っちゃったんですよ」
「実際その通りだ。お前の所為じゃない」
「でも違います。私はあの子を諦めました。投げ出しました。妹だと思ってたのに手を離しました。私の所為です」

ラファルはクレムの肩に触れた。

「誰にどんな甘言を囁かれようとも、道を選ぶのは本人だ。洗脳した奴が無論悪いが本人に一切非が無いという事にはならない」

クレムは、何故か微笑んだ。

「ソリアは小さくて幼くて無知で無邪気な女の子でしたから、正しい道を選ぶのは無理でした。私はあの子の姉として手を尽くす責任があったんです。責任を果たせなかったんです。だから最悪な別れに」

ラファルはクレムの肩を片腕で抱き寄せた。

「姉でも何でもお前自身も幼かった。罪も責任もお前には無い。――もうよせ。自分を責めるな。人の心は儘ならん。誰にもどうにもならなかったんだ」

ラファルが言い聞かせるとクレムはぶるりと震えて、声を殺して泣き出した。
嗚咽の合間にソリアに詫びていた。自分の行いを悔いていた。
同じヴィジョンを見たにも拘わらずラファルは、クレムに同調出来なかった。むしろソリアの思念にはクレムに対する詫びが無い、反省が無いと不満すら抱いた。

幼稚なのは自分も同じなのかもしれない。
クレムを抱き締めて、ラファルは一緒になって泣けない代わりに彼女の感情を全て受け止めようと思った。
クレムまで消えてしまうような、そんな気がしてならなかった。





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