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31 新しい土地
帝都上空を通過し、ラファルは自領に戻る空路を進んだ。
高速の中、人も竜も吐く息が白い。尤も竜は高温にも低温にも強く、住み家の環境を選ばない。
先々月も同じ空路を行き来した。
クレムの入試があったから送り迎えをした。北東の隣国までは帝都経由で直進するのが最短ルートとなる。
丁度、帝都はお祭り騒ぎの時期に突入していた。ファッションウィークというやつで年に二回開催されるらしい。眼下の景色を見下ろしながら、クレムは多忙を極めているであろう親友に健闘を祈っていた。
今日のラファルはお使いだった。
合格の報せを受け、通知書と共に必要書類を直に取りに行った。毎回、北東側には「竜で行く」旨を伝えている。竜の訪問を嫌がる人間はいない。歓迎された。
大学が建つ首都には赤竜が配置されている。構内にエアポートは無いが、城下には広大な王立中央竜苑地があるので離着陸に使わせてもらった。今後も世話になる。同盟国につき問題無し。管理維持費は無論支払う。
クレムは最初から、通学ではなく大学寮に下宿すると言い張った。
「毎日の通学にメープルさんを持ち出す訳にはいきません」
多分ラファルもロートルも同じ顔をした。別に良いのに……。
だが確かにキツイか、とラファルは思い直し、軍服のコートの襟を掴み合わせた。
この通学路は寒い。北東上空は途轍もなく寒い。うっかり雲に触れたら袖が凍った。
どんなに早くてもクレムの卒業は三年後。三回冬が来る。
「仕方ない。週末迎えに行く。土日は帰国しろ」
ラファルの言い付けに、クレムは苦笑と共に「はい」と頷いていた。
翌週にはクレムの引っ越し荷物を隣国に送った。
元々北部育ちのクレムが、改めて買い足す防寒具は無かった。
必要な教材は既に寮の個室に届けられている。
春を前に、準備が整った。
「半別居、か」
ラファルの呟きを聞いて、クレムが噴き出した。
南西の侯爵領に早い春が訪れようとしていた。
帝国、某所。昨夜未明。
ルペリ侯爵家の処刑が密かに執行された。
父子三人は揃いも揃って同じ遺言を残した。
「ただ死ぬだけなんて勿体ないなあ……」魔物になれない事を悔やむ言葉だ。
後ろめたい事をしていても連中の脳内はハッピー過剰だった。ハッピーでは魔物の養分になれない。皮肉にも連中は幸福な人生を送ったのだ。
帝都から送られてきた報せの紙をラファルは、クレムに差し出した。
一瞥だけしてクレムは表情の失せた横顔になった。
無言の彼女にラファルも特に言葉をかけず、手にした紙切れを破棄した。
連中の目的には魔物の天敵たる竜の乗り手の抹殺、つまり皇太子の暗殺も含まれており、実際に魔物に襲わせた。
死刑は当然。神殿が一切タッチしていなかった事は幸いだったが、ルペリ侯爵家の盾として利用されていた。皇城は神殿側への情報共有を保留にしている。今後の神官と聖女の取り扱いに係わる。慎重な見極めが要る。
神官たる侯爵家の長男は、度々出張しては各地に人工ダイヤ製の魔物の呼び水、連中曰く「魔物地雷」をばら撒いていた。連中の曾祖父は病が病を呼ぶ事を被災時に偶然知り、ろくでもない思惑から秘匿して次世代へ受け継がせた。
神官への取り調べで地雷の位置は全て特定し、後は神官の足取りを追った。
一つ見付かれば残りは容易く、竜の嗅覚で同じものを捜索する事が出来た。ほとんどが人気の無い暗い雑木や山中の奥に埋められていたが、いずれもパワー不足で不発という状態だった。
回収時、長らくダイヤと接触していた土には「竜の粉」を撒き、集まりつつあったであろう穢れを霧散させておいた。
今後、竜による人格診断も検討されている。魔物崇拝の危険思想の輩は竜を嫌う。それが竜には分かるのだ。
人間はとことん竜の世話になっている。
ラファルが言うと、クレムはしみじみと頷いた。
「彼らとずっと仲良く暮らしていきましょう」
ラファルも頷き、クレムの手を取った。
「私とお前と竜ども。新しい家族だな」
クレムの白い頬が仄かに紅潮して、柔らかな笑みが広がった。
翌月、クレムは大学生活をスタートさせた。
新しい土地に来て一週間が過ぎた。
半島国南沿岸部、音楽の都サン・ラカン。
キャロンヌは、バルコニーの椅子に腰かけて海原を行く白い帆船を眺めていた。
マストが三本。観光船で間違いない。テクノロジーの進化に伴い、軍艦もフェリーも帆走を止めてしまった。
風任せの船の方が風情があった。早さばかりが価値ではない。
自分への言い訳のようで、キャロンヌは目元を歪めた。
開いた隣の窓からピアノの音が聞こえる。後任のお友達係だった伯爵令嬢だ。
音楽アカデミーへの入学試験に向けて猛練習している。
皇城で花火が打ち上げられたあの日、急に面会に訪れた彼女の誘いに乗ってキャロンヌはこの地にいる。
音楽の勉強をしに半島国へ参ります、と彼女は切り出した。
「それで、ルームシェアをしてくれる女の子を捜しているんです。学校があるのは高級リゾート地で、家賃がもの凄いんです。なのでキャロンヌ様、良かったら一緒にいかがですか、外国暮らし」
「……なんでわたくしを誘うの」
「今の帝都は、キャロンヌ様には居づらいのではと思った次第で」
キャロンヌは眉を顰めた。
「……だから、なんでわたくしを誘うの。貴女はわたくしを恨んでいるのではなくて? 貴女に押し付けた聖女の所為で散々な目に遭ったでしょう。あわやのとばっちりのリスクだってあったし」
「そうですけど」と彼女は苦笑した。
「でもそれはキャロンヌ様も同じでしょう。それに私は貴女を恨んでいません。いえ、ほんの少しだけ恨んでいましたけれど今は感謝しています」
「……意味が分からないわ」
「キャロンヌ様がお声がけくだすったお陰で、ピアノを売らずに済みました」
それほどまで実家の借金が逼迫していたとは、この時キャロンヌは初めて知った。
借金は返す目途が立った。だから彼女は留学する気になった。
特待生として入学出来れば学費が免除される。
彼女の熱意に押される形で、キャロンヌは「……まあどうでもいいけど」と答えてしまっていた。
行く流れになって身を任せた。両親も兄も、家の者は誰も出国を反対しなかった。滞在費用も特に惜しまれなかった。
次女のキャロンヌなどいてもいなくても良いのだ。それよりルペリ侯爵家と繋がりかけたという汚点を抹消する作業に忙しい。
新たな縁談を言い渡されても堪らないし、キャロンヌも家を放り出す事に決めた。学校など、どうでもいい。出たからって何だ。出てないからって何だ。
そこまで想念してキャロンヌは、ケリデューを想念した。
奔放で多才な彼に憧れ、惹かれていた。自分も彼のように外の世界へ飛び出したかったのだと漸く気付いた。
彼が滞在していた半島国に来た。ルームメイトは目標に向かって邁進している。
キャロンヌは、まだ見付からない。折角来たものの街に出掛けていない。外に出たのにいまだ内に留まっている。
ピアノの音と波の音と風の音が気持ちをざわつかせた。
絵画のような景色なら充分堪能した。
外に出よう、と思った。
何か見付かるかもしれない。何も見付からないかもしれない。
でも誰かに会えるかもしれない。
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完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。