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エピローグ章
35 寄り道
私も同じですよ、と彼女は言った。
義理の父と娘は、エアポート傍のベンチに並んで座る。
四体の青竜はむしゃむしゃしながら目と意識を二人に向けている。
クレムは竜達に笑み、切り出した。
「私も、大切な女の子の傍にいてあげられませんでした。卑怯だから逃げたんです。そして永遠に失ってしまいました。義父様と同じなのです」
どこまで事情を知っているのかは不明だが、伝わっているらしい。
ラデロの横顔は顰め面をした。
「貴女は子供だったでしょう。相手と結婚していた訳でもない。何の責任も生じていない。貴女に罪は無い。私とは違う」
まあ、とクレムは思わずの声をあげた。
「息子様、――ラファル様と同じ事を仰るのですね」
「……万人が同じ事を言いますよ」
「まあ、敬語なんて寂しいです義父様。あ、これ聖女のパクりです」
「――は?」
ぽかんと見返したラデロに、クレムの細い肩が笑みと共に揺れた。
一頻り笑って、クレムは続けた。
「何も違いませんよ。私も義父様も会いたいのにもう会えない人がいます。もう一度会って言葉を交わしたい大切な人です。毎日毎晩あの時ああすれば良かったと、同じ後悔のループに嵌っているんです」
「…………」
ラデロの首が垂れる。
だから、とクレムは義父に顔を向けた。
「一緒にいましょう、私達」
「……、……」
「新しい家族です。一緒にいるべきです。辛い時も悲しい時も支え合えるように」
「……それは、息子の役目では」
「義父様を放ってはおきません。お辛いお気持ちが分かるからこそ私は義父様のお傍にいたいのです。そして、義父様におかれましても私とラファル様の傍にいて頂き、私達を支えて頂きたいのです」
ラデロの困惑顔が、ちょっと厚かましい事を告げている嫁を見返した。
「……支えになれるとは、思えん」
「今はそうでも一緒にいれば必ず支え合えます。傍にいる事が大事なのです」
ラデロは唸った。ラファルそっくりの難しい表情をしている。
唸る義父のもとに竜達が寄って来た。
ぬうっと三つの顔が肉薄し、みんなして「ここにいましょうよ」と訴えている。
ラデロは唸り、項垂れた。
皇太子の青竜だけ、他人事の顔でむしゃむしゃを続けていた。
竜達の願いを聞き届けてくれたようでラデロは侯爵領に留まってくれた。
いつでも出ていける、と思っているのだろう。
竜苑地で竜達の診断を終え、クレムは遥か先にある湖畔に視線を投げた。
小さなログハウスが建っている。丸太を組み合わせた簡素な住まいは、たったの半日で組み立てられた。
義父の家を見やり、苦笑するクレムの横にラファルが並んだ。
「どうしてああも頑固なのか」
「血筋でしょう」
無言のままラファルの両腕がクレムを横から羽交い絞めにした。
クレムは十代の娘みたくきゃあっと笑う。
三体の竜達はきょとんと二人を見て、瞬いた。
それから、楽しそうで良いね、という風に首を上下させた。
初秋。
三年に一度の花火が帝都の空を彩った。
トリエンナーレが開催された。
皇城に集結した十人のノミニー達は、玉座の間で皇帝夫妻の登場を待っていた。
ラファルの腕に片手を添えて立ち、クレムは初めて立ち入る式典の場に聊か緊張していた。
今回のドレスはケリデュー率いる老舗ブランドで仕立ててもらった。
卒業式や挙式のかっちりシルエットから一変。柔らかなレース生地のドレスを纏っている。
ネックラインから足首まで鮮明で複雑な青――ロイヤルブルーの糸を使用した逸品は、制作に三百時間を要したという。機械と手作業との合計でだ。
レースの下にはヌードカラーのシャイニーな生地が重ねられており、フェミニンで官能的な要素が際立つ。夜開催に合わせたチョイスだ。
繊細でエレガントながら、すとんとしたシルエットが退屈になりかねないノースリーブドレスには、タイトなベルトとセクシーなハイヒールを合わせている。どちらも濃いレッドカラーのエナメルで強烈なアクセントになっている。ソフトな服にハードな素材をプラスするだけでルックにメリハリが生まれる。
こちらもエナメルのクラッチバッグを片手に持ち直したクレムは、ラファルに添えた手を軽く握った。
デビュタントと違ってグローブの無い素手には、ダイヤを嵌め込んだプラチナのリングが光る。ラファルの左手にも同じ輝きがある。
他にジュエリーは無い。華やかな舞台用にしては控えめに武装した。色彩で目一杯遊んでいるし、今日の主役は自分ではないという意思の表れでもある。
大理石の床にレッドカーペットを敷いた広い場内を見渡す。
前方にゴールド最有力、第三皇子の横顔がある。
燕尾服を纏った神経質そうな白い細面が、何度も腕時計に目を落としている。
半島国から一時帰国中の彼はオーケストラの指揮者で、次々と傑作オペラを書き上げた作曲家としてこの場に呼ばれた。
兄にも劣らぬ天才ぶり――兄とは第二皇子の事ではない。
第二皇子マレオンは帝位継承権を放棄して帝国南東海域の諸島に移住した。処罰でも何でもなく、田舎暮らしを本人が望んだ。高台の別荘で爽やかな海風を受けながら「ここなら安全」と言ったらしい。自身の恐怖体験に、聖女の死が追い打ちをかけて彼は耐えられなくなった。戦場を厭い、義務も権利も放り、散々見下していた「地方」に逃げた。
時勢にもよるが、皇子だからと言って必ずしも軍人になる必要は無い。第三皇子は音楽家だし、第一皇女は彫刻家を志している。二人共、皇族の義務につき軍学校入りは避けられなくとも軍隊への配置は無い。
今現在、皇太子と南西の将軍の戦闘力が拮抗していて帝国の防衛は万全だ。
マレオンは、だから逃げる事はなかった。けれど彼が決めた事を誰も止められないし、――止めなかった。
表舞台から退場した者がいる一方で、煌びやかに再登場した者もいる。
キャロンヌだ。長きの放蕩で実家に縁を切られ、元公爵令嬢となった彼女だが舞台女優として半島国で活躍している。セクシーな悪女という役どころで人気を博し、去年若き脚本家と結婚した。
衣装とあらば水着姿もランジェリー姿も晒す彼女の度胸とプロフェッショナルな姿勢を、嘗ての憧れの君が絶賛した。
「へえ。やるじゃん、君」
舞台を観たケリデューは、自身の名を冠するブランドのアンバサダーに女優キャロンヌを採用した。
「でもミューズはちゃんとクレムだよ?」
付け足された言葉にクレムは苦笑した。女優と張り合うつもりはない。
式典の場にはクレムの他に考古学者、帝国海軍東海艦隊司令官(ゴースト艦長のモデルになった人物)、外交団代表、従軍記者、そして「竜の粉」研究開発チームのチーフが顔を揃えている。
丁度スーツ姿の研究者と目が合って、クレムは会釈を交わした。
錚々たる面々に挨拶をする機会を得た。光栄で、既に満足だ。
祭典から一夜が明けた。
翌朝、クレムとラファルは帝都を発った。
侯爵家のタウンハウスにはエアポート設備があり、竜の乗り入れが可能だった。
メープルさんの背に乗って北の山間部をゆっくりと目指す。
操縦中のラファルが、眼下にあるクレムの金髪に軽く顎をぶつけてきた。
「残念だったな」
トリエンナーレの事を言っているらしい。クレムは「全然」と笑った。
昨夜、カッパー(純銅)のメダルを貰った。それだって恐縮だ。
ゴールドには第三皇子が輝き、シルバーは海軍軍人に贈られた。
「メダルの足りん年であったわ」と苦笑した皇后に、クレムも同感だった。居合わせた面子の功績はいずれも素晴らしく、どれにしても教科書に載るだろうと思われた。
クレムは竜の背から少し身を乗り出して、足元の景色に目を落とした。
針葉樹林が槍のように見える。馴染みの北部の景色になって来た。
故郷に戻る、その道中にいる。
今日は遅いハネムーンの二日目にあたる。トリエンナーレから冬季休暇終了までの凡そ二ヶ月半の間に大陸をあちこち巡る。
侯爵領は義父に任せて来た。押し付けたのではない。この旅行は義父から勧められた。
「行ってこい」とぶっきらぼうに告げたラデロに、ラファルは「そうします」とやはりぶっきらぼうに答えた。父子を想念する度にクレムは笑いそうになった。
子爵領に向かう前に、寄り道をする。
目的地が近付き、竜の高度が徐々に下がっていった。
山の合間に小さな村が現れた。
角の丸い山の形が連なる様はのんびりとして見える。
麓には小さな神殿と教会が仲良く建ち、斜面には墓地が広がっている。
開けた原っぱを選んで青竜は静かに着陸した。
帝都で買い求めた花束を抱えて、クレムはラファルの手を借りて地面に降り立つ。
目指す墓石は直ぐに見付かった。一際大きく、真新しい。
世間的には皇子を救った聖女なのだから当然だ。
「来たよ、ソリア」
ここにいない事は重々分かっているけれどクレムは語り掛けた。
白い花を供えて、ラファルと共に黙祷を捧げる。
瞑目すると、彼女との四年間の思い出が脳裏を駆け巡った。
楽しい事しか浮かばない。
彼女を失って自覚した事は多い。
無邪気なソリアがクレムは大好きだった。同い年の妹を大切に思っていた。
「ちゃんと伝えれば良かったんだわ」
そうすれば何か変わっていたかもしれない。
ソリアに響いたかも。悪意ある大人から引き離せたかも。
飽きるほど考えた事を懲りもせず考えた。
ラファルがクレムの肩に長い腕を回し、抱き寄せた。
「ちゃんと伝わっている。お前は間に合った」
最期の光の粒をこの手で受け止めた。
クレムはどうにか笑み、彼に頷いて見せた。
ラファルの腕に促されて竜のもとに引き返す。
一度立ち止まって、立派な墓石を肩越しに振り返った。
「じゃあまたね、ソリア」
野原の上を涼やかな風が吹き抜ける。
声が聞こえた。
来るのが遅い――!
クレムは「え」と瞬いて、気の抜けた笑みを浮かべた。
しょうがない妹に、はいはい、と頷いた。
FIN
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いつも素敵な作品をありがとうございます。世界観や人生観がとても好きです。
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これからも素敵な作品を待っています。
ありがとうありがとう。
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