「二度と顔を見せるな!」と私に告げた貴方は、

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ランチタイムを前にし、カロルはセドリックに手を引かれて船内に引き返した。

扉を抜けてすぐの通路で、三人に遭遇した。
一人はシモーヌで、見事にぶすくれている。一部始終を覗き見していたのが丸分かり。気に入らないのだろう。
もう一人はリュカで、こちらは天使のような笑顔が一際輝いている。身内になる事を喜んでくれるのは嬉しい。
更にもう一人はこの船のトップ、キャプテンだ。
徐に前に進み出た彼は、白い制帽を取って小脇に挟むと「おめでとうございます、おめでとうございます」とセドリックとカロルのそれぞれに一礼して見せた。

「さて、私の出番でしょうか、閣下」
「ん?」

セドリックも、カロルも誰も意味が分からず瞬く。
キャプテンはどこか誇らしげに告げた。

「何を隠そう学位を持っとるのです、神学の」
「ああ、そういえば聞いた事が……」
「お望みであれば神父としてお二人を祝福出来ます。今ここで」

結婚、出来てしまうらしい。
セドリックは硬直し、錆び付いたブリキの動きでカロルを見やった。
結婚、したそうだ。熱視線が凄い。繋がった手に力が籠って、若干痛む。
カロルは「まあ遅かれ早かれだし」と安直に考えた。東洋でも言うだろう、善は急げと。
聖堂への拘りはない。書面なら上陸後に提出すればいい。それに、何でもない晴れた日に船上でさっと済ませるスタイルはクールに思えた。今っぽい。

「そうですね。ぜひお願いして――」

「異議あり!」とシモーヌが飛び上がって反発した。
多分来ると思っていたので、カロルはそれほど驚かなかった。



シモーヌはベッドに伏せていじけていた。
尚、カロルの部屋でありベッドだ。

「お嬢様」
「わたくしを見捨てるのでしょう、そうなのでしょう」
「いえですから」
「うううう、グレてやるううう」
「それは伯爵様のご迷惑なのでおやめください」

嘆息がてらカロルは言った。
結婚後も、コンパニオン寄りの家庭教師は辞めない。

「お嬢様のデビュタントがまだですし、来月にはショーだってあります」

出発前に、シモーヌは一つオーディションを受けていた。
「南海岸に行くのだけれど」と正直に伝えたところ、先方の担当者は「ええ構いませんよ」と笑った。

「冬のバカンスルックを提案するショーですから。日焼けは別に問題ではありません」

ただし、肌荒れと髪質悪化は困るとの事だった。
日焼け対策はする。ショーの開始前に余裕を持って帝都に戻りメンテする、と約束してシモーヌは無事に合格を勝ち取った。
「それにもしかしたら」とカロルは続けた。

「来年の公式日程に出るかもしれないでしょう」
「……かもじゃなくて出ますわよ」
「ええ。私も微力ながらお嬢様をお支えする所存です。マドモアゼルの最新コレクションを特等席で観られるチャンスですしね」
「……そうよ。誰よりも輝くわたくしを貴女は見ていなくてはいけませんのよ」
「見てるじゃないですか、いつだって。これからも変わりませんよ」
「……でも結婚したら西沿岸部に越すのでしょう」
「すぐの事ではありません。少なくとも年内は有り得ません。セドリック様も私の仕事を理解された上でお申し出くださったのです」
「……ホントに信用出来ますの、あの人。カロルを追い出したのでしょう。なのにぬけぬけとプロポーズなんかして図々しいのではなくて?」
「お嬢様、ご心配に感謝致します。私なりに彼を見て大きな決断に至りました。お嬢様もどうか私の意思を尊重し、見守ってください」
「……いいですわよ。別に。どうせすーぐ地方に飽きてすーぐ離婚して帝都に出戻るのがオチですわよ」

「それは困るよ」と扉側から声が飛んできた。
いつの間にか、リュカが扉の隙間から顔を出していた。上機嫌な笑顔はずっと変わらない。そそくさと入って来てシモーヌの前で足を止める。

「今日やっと叔父上を見直せたんだよ僕は。またがっかりさせられたくないや」
「……貴方方の事情なんて知りませんわよ」
「こっちの台詞」

シモーヌは「なああんですってえええ」の喚き声と共に起き上がり、怒りの形相でリュカを睨んだ。東洋のマスク、般若の面に似ている。

「子供の癖にいいレディに盾突くんじゃありませんわああ」
「レディなら子供に怒らないで欲しいな、本気で」
「わたくしからカロルを奪うなんてええ」
「いつかはお別れするんだよ? どちらかが結婚すればさ。……まあ、貴女が結婚出来るかどうかは僕には分からないけど。占い師に訊いてみて」
「おだまりゃああああ」

般若マスクを装着しシモーヌは喚き続けた。リュカの笑顔は変わらなかった。
カロルは、とりあえずシモーヌが疲れ切って倒れるのを待った。



かなり遅くなったランチの席に、シモーヌの姿は無かった。
疲れ切って倒れている。カロルの部屋のベッドで。カロルはもういっそ部屋を交換しようかと思い始めていた。
何やら察しているのか、セドリックはシモーヌの不在を突っ込まない。
ランチメニューは生ハムとメロンのサンドイッチで、リュカのリクエストらしい。

「叔父上、これすっごく美味しいです」
「そうか」
「小さい時に一回だけ母上の誕生日に食べて、大好きになりました。今日また食べられてすっごく嬉しいです」
「そうか。良かったな」
「はい。すっごく良かったです」

叔父と甥の会話が弾んでいる。何より。
カロルはメロンまみれの食卓を見渡して、シモーヌを想った。彼女もメロンが大好きで減量中は辛抱させるのに苦労した。発狂寸前だったと思う。「死んでなるものかああ」とか言っていた。
既に減量の段階になく体型キープでいい。絶品サンドイッチは後ほど部屋に持って行ってやろう。

「――カロル」
「てか死んでなるものかって何……」
「ん? 死ぬ?」
「あ、失礼致しましたセドリック様。私に何か」

過去と現在の交錯に、カロルは慌てた。
セドリックは軽く首を傾げ、切り出した。

「キャプテンにな、白い服を持っているかと訊かれた」
「ワンピースなら。無地ではありませんが」
「構うまい。それから」

後日、指輪を買う。領内の聖堂でも式は挙げる、と彼は付け足した。

「その、とくと言っておきたいのは、船上婚をするのは何も簡単に済ませたいとかではなく、ただ単に私が一刻も早く君を妻にしたいだけで」

船上婚って言い方新しいな、とカロルは思った。
リュカはメロンがぎっしり詰まったカスタードシューに手を伸ばし、苦笑した。

「甘酸っぱいお話は八歳児がいないところでどうぞ、叔父上」
「すまん。配慮が足りなかった」
「いいですけど。目に入ってないって事ですから」
「私はいつもお前の事ばかり気にかけている」
「あ、そんな重くなくていいです。もう親が恋しい年でもないんで。カロルの次くらいで結構です」

仲良くなれて本当に何よりな叔父と甥だ。





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