亡国公女の初夜が進まない話

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18 亡国の王子

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ダルニウス辺境伯領に到着したフェリクは、肩透かしを食らった。

結婚式の会場だった邸宅の庭園に降り立とうとしたフェリクのもとに、顔見知りの老執事が俊足で駆け寄って来た。

「フェリク殿下、ダルニウス閣下は北の山地に出撃中ですぞ」

聞けば、盗人を掃除しに行ったと言う。
しかも二日も前にだ。
ラクロにしては小物を相手に随分と手古摺っている。しかし逃げ隠れする輩を捜索しなければならない山狩りとは時間を食うものだ。

「ふむ。仕方がない」

フェリクは自分の方からラクロの元に出向いてやる事にした。
鳥に命じて、行き先を変える。

「北の山地だ。ゆけ、ホウオウ」

キキキ、と優雅な啼き声が答え、黄金色の両翼が旋回した。優美な姿を仰ぎ見て老執事と邸内の使用人達から歓声と感嘆の声が上がる。
鳥の神秘的な瞳が「面倒くさいなあもお」と不満を告げていると理解出来たのは、作り手であるフェリクだけだった。

十分程度の飛行で北の山地が見えてきた。
遠目にも濃い霧が出ているのが分かる。昨晩の長雨が影響しているらしい。
山の中腹に瘤のように盛り上がった輪郭が形成されている。

「うん? あんな形の山だったか」

フェリクはべしっと鳥の背を叩く。間違えてないよな、という意味を込めた。
キキキ、と鳥は啼き声を返した。「間違えていない。心外だ」と言っている。

鳥の不服を無視してフェリクは地上に目を凝らした。
ラクロの野営か部隊の前線基地を探す。すると畑から手を振る若い農夫がいた。
高度を下げ、鳥の背から問いかける。

「そなた、ラクロを見たか」
「すげえ。この鳥デカすぎるっすよ」
「訊かれた事にサクッと答えろ。この私は帝国第三皇子フェリクであるぞ」
「ははあー」
「平伏はいいから答えろ」

若干イラつきながら繰り返したフェリクを、地べたに伏せた日焼けの顔がパッと見返した。

「閣下なら北の森に入っちまってそれきりっす。冬眠明けの熊と出くわしてないかマジ心配っすわ」
「出くわして心配なのは熊の方だ」
「てか霧が晴れてきて分かったんすけど、なんか山に変な瘤出来てるじゃないっすか。何すかねアレ。二日前まで無かったのに」
「それを先に言わんか」

やはりアレは不自然なものらしいと知り、フェリクは山を見やった。

「おい農夫。念の為山には近付くなと近所の者どもに周知しておけ」
「かしこまりっす」

変な農夫の見送りを受けて巨大鳥は瘤を目指して飛翔した。



瘤に接近すると、いきなり攻撃された。
木に。
森の中から太い枝が軟体動物の触手みたく伸びてきて鳥を掴み取ろうとした。

キーイ、と啼いた巨大鳥はひらりと旋回して回避する。優雅な動きでも本人は「ぎゃー」と喚いていて必死だ。
フェリクは鳥の背に伏せ、見晴らしの悪い森を注視した。

「魔法のトラップの類か。ちと厄介だな」

魔法を使う盗人とは。ラクロが手間取っている謎は解けた。
面倒なので盗人もろとも一撃で消し去りたいが、森にラクロ達がいるとなると迂闊に大技は使えない。ラクロはともかく手下達はフェリクの魔法を食らったら死んでしまう。
舌打ちの直後、森から声が発した。

「――無駄な事をするな。帝国の皇子」

フェリクはぎょっとした。
驚愕の間にも無数の枝が鞭のように伸びてきて、鳥の行く手を阻んだ。
フェリクは「ほう」と感心した。鳥は「ぎゃー」だ。
巨体はかえって不利になると判断して、フェリクは鳥の背から飛んだ。
と同時に鳥を形作っていたテンペストを魔力に戻す。
鳥が霧散するや体内に戻って来た魔力を吸収したフェリクは生い茂った木々をへし折りながら降下し、ズダンと地面に着地した。

また森から不気味な声が発せられた。

「遂に、積年の恨みを晴らす時が来た」

森を漂う霧の合間に景色を捉えたフェリクは、瘤のように見えていたものが全て木だった事を知る。不自然に湾曲して、巨大な鳥籠を形成している。
木の隙間から内部に囚われている軍服が複数見えた。ラクロの手下達だ。
意思を持って人を捕らえる木の牢獄。
そうか、とフェリクは閃いた。

「これはテンペストなのだな」

樹木の造形という訳だ。創造物が動物とは限らない。
声がフェリクに答えた。

「いかにも」

霧の先から黒いフードを被った男が現れた。異国の紋様が描かれた衣服を身に纏っている。法衣のように袖と丈が長い。

「私は亡国の呪術師。王子の封印を解除しに参った」

フード下の青白い顔を見据えて、フェリクは告げた。

「王子とは、ラクロの事だな」

フードの男はにたりと笑み「いかにも」を繰り返した。

「我が王の覚醒は近い」

男の指先が天を指した。
示された先を見上げてフェリクは目を見開いた。

木の内部から発せられた光が、霧のスクリーンに図案を映していた。
辛うじて判別出来たのは封印の紋章――その欠片だ。カットされたホールケーキのように四分の一ほどしか残されていない。
元は円形、いや半円形だったものが徐々に失われ、今こうしている間にもじりじりと描画線が消えている。
男が声高に告げた。

「間もなく解除作業が完了する。そうなれば貴様ら帝国は終わりだ!」

フェリクは木の牢獄の奥に目を凝らした。
中心部に繭のような塊があって眩い光を放っている。

「ラクロよ――」

呼びかけ、フェリクは魔力を込めた。
旧エスペランザ王国関係者に当たっても出自が掴めなかった筈だ。
問い合わせる相手が違っていたのだから。



――王子よ。

暗闇から発せられた低い呼び声に、ラクロは意識を向けた。
ここに来た経緯がぼんやりと脳裏を駆け抜ける。
二日前まで山狩りをしていた。翌日は長雨が続いたから一時中断した。
麓の前線基地に戻る途中、フードの男と遭遇した。
ラクロを認めて男は「我が王よ、お捜ししました」と感極まって叫んだ。
男の感動を聞き流してラクロは部下達にとりあえず不審者を捕らえるよう命じた。
しかし地面から出現した木の牢が逆に部下達を次々と捕らえ、ラクロを内部に取り込んだ。

「今こそ封印を解除し、貴方様を解き放ちます」と男は言った。
項が燃えるような熱を発した。
そこで一旦ラクロの意識は途絶えた。

「復活の時だ――」

フードの男とは別の声が再度発し、ラクロの意識を引き戻した。
年を重ねた、太い男の声だ。

「王国の復活だ。――我がゴルダナ王国は不滅なり」

項の熱が増し、ラクロに変化を齎していた。
封じられていた記憶が脳細胞に沁み込んでいくのを感じる。
ラクロは理解した。
自分はエスペランザ王国の王族ではなく、その仇のゴルダナ王国の王族なのだ。

帝国を呪う声の主は王国最後の老王で、ラクロに封印を施した張本人だった。
戦乱の最中、膨大な魔力を持って生まれてきた幼い王子に記憶と復讐心を埋め込み、兵器として敵地に放り込んだ。

どす黒い感情が流れ込み、ラクロの意識を侵食していく。
敵を滅ぼせ、復讐を果たせと命じている――。





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