文字の大きさ
大
中
小
16 / 40
16 小さい皇女
土曜日の午前十時。
皇城北東の噴水庭園で、皇女クレマンティーヌのバースデーパーティーが開催された。
皇后を伯母に持つクレマンティーヌは活発だった。
縦横無尽に庭を走り回り、噴水の水を周囲の大人にぶっかけたりとやりたい放題。アンストッパブルだ。
皇女の暴れっぷりを目の当たりにして、カミーユは「皇女様と言っても普通の子供なんだなあ」と少し安堵感を覚えた。
ミーノはカミーユの背後に隠れて警戒している。猫のおひげは大事だ。
庭にはレース参加中の令嬢達が揃っていたけれど、みんなしてやんちゃな皇女に呆気に取られている。いやイヴェットだけは苦笑ぎみ。
木陰にカトリーヌと左右の二人を認めて、カミーユは昨日のお茶会を思い出した。
何の為に招待されたのか、よく分からないままお開きとなった。金ぴかアイテムを見せびらかしたかっただけという気がする。
あとは、プレゼントの内容を確認されたから被っていないかの確認でもあったと思う。パズルで積み木、と答えたら「なにそれ」という顔をされたので多分被っていない。
暫くして庭に皇后が現れ、小さい皇女にぴしゃりと言い付けた。
「鎮まれ」
「御ー意。きゃっは」
皇后の金色の眼光が、おふざけを射る。
クレマンティーヌは衛兵よろしく真顔の直立不動になった。
皇后は傍らのラグを指し、姪に命じた。
「ここにある物の中から、一番好きなプレゼントを選べ」
「えええ? いっこしか貰えないのですかあ?」
「そうではない。ただ一番を選ぶのだ」
「全部貰えるのに一番を選ぶ意味があるのかなあ」
「さっさと選べ」
皇女様はマイペースだな、とカミーユは感心した。
クレマンティーヌはそそくさとラグの上に四つん這いになると、そこに置かれた九つの贈り物を次々と開封しては「おおー」とか「ああー」とか声を上げた。
「これは持っているねえ。養育院の子にあげよう」
偉い、とカミーユはまた感心した。
全ての確認を終えたクレマンティーヌは「んんんー」と短い腕を組んで唸った。
皇后が「迷っておるのか?」と問うと、首を横に振る。
「簡単に決まっちゃアレだと思って悩むふりを」
「さっさと答えんか」
こわーい伯母に促されて、小さな皇女は即答した。
「はい、一番はイヴェット直々の乗馬レッスン券です!」
場がざわつき、イヴェットに注目が集まった。イヴェットは皇女に軽く片手を挙げて見せ、彼女の支持に感謝を伝える。
カミーユは「さすが」と拍手を送り、ミーノは首を傾げた。
「卑怯過ぎませんミー?」
「自力の差、と私は考えます」
「全然お金かかってませんミー」
「あらら、それは違いますよミーノさん」
「ミー?」
「イヴェット様はお金を掛けて馬術を習得なさってますからね」
「なるほどですミー」
それにしても、マレーヌがイヴェットを称賛する拍手と声はカミーユよりも誰よりも大きかった。敗北したのに大歓喜。彼女はとことん善人だ。
歓談の中、カミーユとミーノは立食を楽しんでいた。
一人と一体のもとに、皇后が小さい皇女を伴ってやって来た。
「どうだ。楽しんでおるか?」
「は、はい。皇后陛下。クレマンティーヌ皇女殿下、改めましてお誕生日おめでとうございます。本日はご招待に預かりましたこと大変光栄に……」
皇女への口上を述べながらも、カミーユは皇后に対して緊張していた。
以前、ガーデンパーティーを途中退場した経緯がある。脱落を気にしていなかったから出来た芸当だった。
察してか「まあそう硬くなるのでない」と皇后は笑った。
「時にそなた、黄色がよく似合うな」
「あ、有難うございます」
「相応しい色を当てられる男の支援は、さぞ心強かろう」
「は、はい」
カミーユは、皇城にドレスとジュエリーのレンタルを申請した件を想念した。
結局レンタルではなくプレゼントが届いた。その贈り主が誰なのか、皇后は知っている模様。
恐らく、城宛ての手紙は皇族間で共有されているのだと思う。それでエルネストが協力を申し出てくれたのだ。
「皇弟殿下には感謝してもしきれません」
「うむ。しかし感謝はほどほどにせいよ」
「は?」
「奴は間もなく帰還する」
「はい。存じ上げております」
「奴に会ったら何でも強請るとよい。わらわなら財テクに使えそうな巨大ダイヤとか強請る。あと湖畔の別荘とかな」
「あ、いえ……」
「奴は魔王のお気に入りだ。金はある。遠慮は要らんぞ、ははは」
「は……」
参考にならない提案と情報に、カミーユは戸惑った。ただ、魔族であり高い戦闘力を持つエルネストが魔王のお気に入りというのは納得出来た。
確か皇帝と皇弟は、現魔王の甥孫にあたる――。
不意に、黄色いフレアスカートの裾を皇女の小さい手が掴んだ。
「ねえお前。馬のパズルはお前がくれたと聞いた」
「はい。皇女殿下」
「気に入った。よい出来だし見た事がない品であった。どこで買った?」
「はい。お店ではなく芸術科学アカデミーの学生が手掛けたお品になります」
これに皇后も興味を示し「ほう学生風情か」と感心した。
カミーユは若き造形作家を売り込んだ。
「才能あふれる女流作家の卵です。明るくユーモアのあるお人柄で……」
皇后も皇女も作家に興味を持ってくれたようだった。
去り際、皇后は肩越しにカミーユに告げた。
「そなたはよい働きをしておる。褒めてつかわす」
「有難き幸せ」
「心置きなく奴を応援出来るというものだ」
「は?」
瞬いたカミーユは「ミー!」という悲鳴じみた声にぎょっと顔を向けた。
猫の尻尾を皇女が引っ張っている。
「ねこ、遊べ」
「遠慮しますミー!」
「尻尾がどこまで伸びるか検証する」
「伸びませんミー!」
「ねこは液体って言うし」
「知りませんよミー!」
カミーユは慌てて猫を抱き寄せて支え、皇后は皇女の首根っこを片手で掴み、
「いい加減にせい」
なんと、小さな皇女の頭上に拳を落とした。ごすっと。
皇女は固まり、猫の尾から手を離す。
泣くのでは、とカミーユはハラハラと見守ったが、皇女はそろーりと皇后を振り向いて「……すみませんでした」と頭を下げただけだった。
それからとぼとぼと伯母の後について歩き去っていく。
皇后が手加減したのか皇女が石頭なのか分からないけれど、カミーユからすれば驚くべき躾の方法である。自分より小さい相手に手をあげるのは、最後の最後の手段と認識している。
「皇女様なのに……」
でも猫は「魔族は子供でも岩石みたく頑丈ですミー。あれくらいやって丁度良いんですミー」と鉄拳制裁を肯定した。
敵討ちが叶ったからか、猫の口元はにまにまとしていた。
感想 27
あなたにおすすめの小説
王太子殿下、最初の一曲は私ではないのですね 〜我慢をやめた公爵令嬢は、婚約指輪をお返しいたします〜
ゆぷしろん 王太子カーティスの婚約者フローラは、彼に何度も「君なら分かってくれる」と我慢を強いられてきた。王宮の茶会や演奏会、誕生日の晩餐までも、殿下は王弟の落胤であるサビーナを優先し、フローラの傷を見ようとしない。ついに生誕舞踏会の最初の一曲まで奪われた彼女は、周囲の視線にさらされながらも笑顔の裏で限界を迎え、婚約解消を決意する。
翌日、王妃の前でこれまでの扱いを訴えると、サビーナもまた殿下の都合のよい言葉に利用されていたと判明。カーティスは自分の甘えと無責任さを認めきれず、国王は婚約解消と王太子活動の停止を命じる。
フローラは誰かの都合に合わせ続ける人生をやめ、自分の心を優先する穏やかな日々を取り戻す。そして、彼女を一人の人として尊重するルシアンの手を取り、初めて自ら望んだ新たな未来へ歩み出していく。
上手に騙してくださらなかった伯爵様へ
しきど アイルザート・ルテシオ伯爵は十七歳で家督を継いだ方だ。
文武両道、容姿端麗、人柄も良く領民の誰からも愛される方だった。そんな若き英雄の婚約者に選ばれたメリッサ・オードバーン子爵令嬢は、自身を果報者と信じて疑っていなかった。
彼が屋敷のメイドと関係を持っていると知る事になる、その時までは。
貴族に愛人がいる事など珍しくもない。そんな事は分かっているつもりだった。分かっていてそれでも、許せなかった。
メリッサにとってアイルザートは、本心から愛した人だったから。
可愛らしい人
はるきりょう「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
女神の加護を持つ本物の娘が戻ってきました。偽物の私はどうすればいいのでしょうか
Mag_Mel名門アウレリア家で育ったレイチェルと、貧民街で育ったシンディ。
本来は逆の立場で生まれるはずだったふたりは、女神の暇つぶしによって産まれてすぐに入れ替えられていた。
その事実を知らぬまま貴族の令嬢として十八年を過ごしたレイチェルの前に、女神の加護を持つ「本物の娘」シンディが現れる。
それを境に、アウレリア家とは血の繋がりが無いことが判明したレイチェルの立場は曖昧なものとなった。
追い出されることもなく、家族として受け入れられることもない、中途半端な日々。
「お前は何も気にしなくていい」と兄は言うが、心は少しずつ削れていく。
そんな折、奉仕視察で訪れた貧民街で、彼女は思いがけない出会いを果たすことになる。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
全てがどうでもよくなった私は理想郷へ旅立つ
霜月満月「ああ、やっぱりあなたはまたそうして私を責めるのね‥‥」
ジュリア・タリアヴィーニは公爵令嬢。そして、婚約者は自国の王太子。
でも私が殿下と結婚することはない。だってあなたは他の人を選んだのだもの。『前』と変わらず━━
これはとある能力を持つ一族に産まれた令嬢と自身に掛けられた封印に縛られる王太子の遠回りな物語。
※なろう様で投稿済みの作品です。
※画像はジュリアの婚約披露の時のイメージです。