復縁不可の筈ですが、

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56 ビースト




フラワーショーは、地方とは思えない盛況ぶりだった。
やはりガーデニング大国だ。感心と共に、キアラは各展示エリアを回る。毎度お馴染みの仔豹を抱えていても、誰からの注意も注目もない。そこら中、犬猫を連れた見物人だらけなので、完全に場に溶け込んでいる。「リード必須」という条件だけでペット同伴が許されるのは祖国の城内と同じだ。
あらゆるタイプの小さな庭を眺める最中、腕の中の仔豹が「みゃ」と何かに気付いて後ろに首を伸ばす。
キアラが同じ方を振り返る前に、声が発した。

「――おや。そちらはもしやビーストですか」

傍らのアベルが素早く反応し、ガーディアン然とキアラの半歩前に出た。
声の主が苦笑し、歩み寄った。

「失敬。こういう者です」

夏でも三つ揃えのスーツを着こなす紳士が、さっと名刺を差し出す。
目を落とすや、アベルの横顔が僅かに強張った。

「アレキサンダー第二王子殿下でしたか。失礼しました」

アベルはすかさず敬礼し、自分も名乗ってキアラを紹介する。
アレキサンダーは「おや」を繰り返した。

「お初にお目にかかります、ヴァルデック侯爵ご夫妻。遠路遥々ようこそ。このショーの主催は私でしてね。審査員も務めているのですよ」
「左様ですか」

キアラは、辛うじてアベルとアレキサンダーのやり取りを理解する。二人共ゆっくりと丁寧に話しているから聞き取れるだけで、キアラのヒアリング能力が高いのではない。
会釈後に笑みを維持するだけで精一杯だ。気の利いた言葉が出てこない。多少読み書きが出来る程度では無意味。現地で使った事のない外国語ほど使えないものはない。それでなくても言葉は生き物で、アップデートが速い。
思い知るばかりのキアラに、アレキサンダーの目線が向いた。

「そちらは豹ですか?」
「イエス、サー?」
「ははは。母国語でどうぞ。こちらが合わせます」
「恐れ入ります」

キアラは赤面した。無様で嫌になる。
アレキサンダーはまじまじと雪豹を見詰め「これは美しい」と感嘆した。

「一見ホワイトタイガーに似ていますが全くの別物ですね」
「みゃ!」
「ん? ネコ科の対抗心?」
「みゃみゃ!」

スノードロップは明らかに息巻いている。
そうかそうか、と高貴な紳士は朗らかに笑った。

「それでは我が国のビーストもご紹介しましょう」

そう言えば彼は初めからスノードロップの正体を見抜いていた。ビーストがビーストに反応したのだろうか。
キアラの眼前で、アレキサンダーは長い人差し指を目線位置に上げて見せた。
どこからか、すとん、と小さな影が指先に下り立つ。
グレート・ティット(黄色い四十雀)――イエローのシャツにブラックのネクタイを締めたようなボディがお洒落だ。細身のネクタイから女子だと分かる。
馴染み深い野鳥に、キアラは頬を緩めた。

「綺麗な女の子ですね」

グレート・ティットは「ん」という風にキアラを仰ぎ、「ども」という風に首を上下させた。
愛らしい仕草にキアラは笑い、スノードロップはピコッと丸い耳を立てた。前足を伸ばして、ひょいひょいと上下させる。「鳥だ。捕まえる」と言っている。
「捕食はダメよ」とキアラは仔豹を抱く腕に力を籠めた。
捕食者を前にしてもグレート・ティットに怯えた素振りはなく、呑気に毛繕いを始めている。
アレキサンダーは「マイペースな子でしてね」と苦笑した。

「恐らく、そちらの子よりも強いですよ」
「小鳥が豹の子に勝つのですか?」
「ビーストの戦闘力は体のサイズでなく魔力と魔法の規模で決まります」
「規模、ですか」
「何が出来るのか、ですね。この子は徹甲弾より強烈な突きの攻撃力を持ち、コンクリの壁を貫通したり、戦車をひっくり返したりします」
「凄過ぎますね」

感心するキアラの背後で、アベルが嘆息した。

「戦力を明かしてよろしいのですか、殿下」

隣人同士である両国には、幾度も火花を散らしてきた歴史がある。敵対こそしていない現在も大の仲良しではない。
アレキサンダーは微笑んだ。

「貴方方の口の堅さを信じます」
「左様で……」
「そもそも私はこの子を兵力と認識していません。単なる宮殿の居候です。先々代の王の時代からもう百年、城に居着いているんですよ」

長い居候だなあ、とキアラは感心する。
スノードロップは百歳らしい小鳥をじいっと見詰めていた。



グレート・ティットは毛繕いをしつつ「ミルクくさい赤ちゃんね」と白い猫のような生き物を横目にした。

「赤ちゃんの癖にあなた、持ってるでしょう。スペシャルな魔法でしょう」
「火、噴くの」
「火とかやめてよ。絶対こっちに向けないでよ」
「白い火、噴くの」
「白い火って何。こわい。やめてよ。絶対こっちに向けないでよ」
「美味しそうな石、食べたの」
「ドラゴン・アイでしょ。わたしも食べたけど火とか噴けないし」
「なに、出来るの」
「プリンスが言ってたでしょ。徹甲弾ごっこよ」
「それ、なに」
「説明めんどい。ミルクでも飲んでれば?」
「飲んでる」

仔豹はそわそわと動き出した。



「みゃ、みゃ」と訴える仔豹を見て、キアラは瞬いた。

「お腹空いた? スノードロップ」
「みゃ」

キアラが語り掛ける傍らで、アベルがバッグ内を漁った。
哺乳瓶を取り出して「ほら」と仔豹に差し出す。スノードロップは「みゃみゃー」と喜び、両の前足で食事を掴み取った。
ミルクタイムを始めた仔豹に、アレキサンダーはきょとんとして笑んだ。

「全く、ビーストとはマイペースな生き物ですね」

キアラも笑みで頷いて、アレキサンダーの肩に目を移した。
百歳らしい小鳥が欠伸をしている。
宮殿内ではレディ・フェザーと呼ばれ、愛されているそうだ。





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