56 / 62
56 ビースト
フラワーショーは、地方とは思えない盛況ぶりだった。
やはりガーデニング大国だ。感心と共に、キアラは各展示エリアを回る。毎度お馴染みの仔豹を抱えていても、誰からの注意も注目もない。そこら中、犬猫を連れた見物人だらけなので、完全に場に溶け込んでいる。「リード必須」という条件だけでペット同伴が許されるのは祖国の城内と同じだ。
あらゆるタイプの小さな庭を眺める最中、腕の中の仔豹が「みゃ」と何かに気付いて後ろに首を伸ばす。
キアラが同じ方を振り返る前に、声が発した。
「――おや。そちらはもしやビーストですか」
傍らのアベルが素早く反応し、ガーディアン然とキアラの半歩前に出た。
声の主が苦笑し、歩み寄った。
「失敬。こういう者です」
夏でも三つ揃えのスーツを着こなす紳士が、さっと名刺を差し出す。
目を落とすや、アベルの横顔が僅かに強張った。
「アレキサンダー第二王子殿下でしたか。失礼しました」
アベルはすかさず敬礼し、自分も名乗ってキアラを紹介する。
アレキサンダーは「おや」を繰り返した。
「お初にお目にかかります、ヴァルデック侯爵ご夫妻。遠路遥々ようこそ。このショーの主催は私でしてね。審査員も務めているのですよ」
「左様ですか」
キアラは、辛うじてアベルとアレキサンダーのやり取りを理解する。二人共ゆっくりと丁寧に話しているから聞き取れるだけで、キアラのヒアリング能力が高いのではない。
会釈後に笑みを維持するだけで精一杯だ。気の利いた言葉が出てこない。多少読み書きが出来る程度では無意味。現地で使った事のない外国語ほど使えないものはない。それでなくても言葉は生き物で、アップデートが速い。
思い知るばかりのキアラに、アレキサンダーの目線が向いた。
「そちらは豹ですか?」
「イエス、サー?」
「ははは。母国語でどうぞ。こちらが合わせます」
「恐れ入ります」
キアラは赤面した。無様で嫌になる。
アレキサンダーはまじまじと雪豹を見詰め「これは美しい」と感嘆した。
「一見ホワイトタイガーに似ていますが全くの別物ですね」
「みゃ!」
「ん? ネコ科の対抗心?」
「みゃみゃ!」
スノードロップは明らかに息巻いている。
そうかそうか、と高貴な紳士は朗らかに笑った。
「それでは我が国のビーストもご紹介しましょう」
そう言えば彼は初めからスノードロップの正体を見抜いていた。ビーストがビーストに反応したのだろうか。
キアラの眼前で、アレキサンダーは長い人差し指を目線位置に上げて見せた。
どこからか、すとん、と小さな影が指先に下り立つ。
グレート・ティット(黄色い四十雀)――イエローのシャツにブラックのネクタイを締めたようなボディがお洒落だ。細身のネクタイから女子だと分かる。
馴染み深い野鳥に、キアラは頬を緩めた。
「綺麗な女の子ですね」
グレート・ティットは「ん」という風にキアラを仰ぎ、「ども」という風に首を上下させた。
愛らしい仕草にキアラは笑い、スノードロップはピコッと丸い耳を立てた。前足を伸ばして、ひょいひょいと上下させる。「鳥だ。捕まえる」と言っている。
「捕食はダメよ」とキアラは仔豹を抱く腕に力を籠めた。
捕食者を前にしてもグレート・ティットに怯えた素振りはなく、呑気に毛繕いを始めている。
アレキサンダーは「マイペースな子でしてね」と苦笑した。
「恐らく、そちらの子よりも強いですよ」
「小鳥が豹の子に勝つのですか?」
「ビーストの戦闘力は体のサイズでなく魔力と魔法の規模で決まります」
「規模、ですか」
「何が出来るのか、ですね。この子は徹甲弾より強烈な突きの攻撃力を持ち、コンクリの壁を貫通したり、戦車をひっくり返したりします」
「凄過ぎますね」
感心するキアラの背後で、アベルが嘆息した。
「戦力を明かしてよろしいのですか、殿下」
隣人同士である両国には、幾度も火花を散らしてきた歴史がある。敵対こそしていない現在も大の仲良しではない。
アレキサンダーは微笑んだ。
「貴方方の口の堅さを信じます」
「左様で……」
「そもそも私はこの子を兵力と認識していません。単なる宮殿の居候です。先々代の王の時代からもう百年、城に居着いているんですよ」
長い居候だなあ、とキアラは感心する。
スノードロップは百歳らしい小鳥をじいっと見詰めていた。
グレート・ティットは毛繕いをしつつ「ミルクくさい赤ちゃんね」と白い猫のような生き物を横目にした。
「赤ちゃんの癖にあなた、持ってるでしょう。スペシャルな魔法でしょう」
「火、噴くの」
「火とかやめてよ。絶対こっちに向けないでよ」
「白い火、噴くの」
「白い火って何。こわい。やめてよ。絶対こっちに向けないでよ」
「美味しそうな石、食べたの」
「ドラゴン・アイでしょ。わたしも食べたけど火とか噴けないし」
「なに、出来るの」
「プリンスが言ってたでしょ。徹甲弾ごっこよ」
「それ、なに」
「説明めんどい。ミルクでも飲んでれば?」
「飲んでる」
仔豹はそわそわと動き出した。
「みゃ、みゃ」と訴える仔豹を見て、キアラは瞬いた。
「お腹空いた? スノードロップ」
「みゃ」
キアラが語り掛ける傍らで、アベルがバッグ内を漁った。
哺乳瓶を取り出して「ほら」と仔豹に差し出す。スノードロップは「みゃみゃー」と喜び、両の前足で食事を掴み取った。
ミルクタイムを始めた仔豹に、アレキサンダーはきょとんとして笑んだ。
「全く、ビーストとはマイペースな生き物ですね」
キアラも笑みで頷いて、アレキサンダーの肩に目を移した。
百歳らしい小鳥が欠伸をしている。
宮殿内ではレディ・フェザーと呼ばれ、愛されているそうだ。
あなたにおすすめの小説
王妃は春を待たない〜夫が側妃を迎えました〜
羽生
恋愛
王妃シルヴィアは、完璧だった。
王であるレオンハルトの隣に立ち、誰よりも正しく、誰よりも美しく、誰よりも“王妃らしく”あろうとしてきた。
けれど、結婚から五年が経っても2人には子は授からず、ついに王は側妃を迎えることになる。
明るく無邪気な側妃ミリアに、少しずつ心を動かしていくレオンハルト。
その変化に気づきながらも、シルヴィアは何も言えなかった。
――王妃だから。
けれど、シルヴィアの心は確実に壊れていく。
誰も悪くないのに。
それでも、誰もが何かを失う。
◇全22話。一日二話投稿予定。
あなたを忘れる魔法があれば
美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます
悪女の呪いが解けたのでもう構わなくて大丈夫です旦那様
獅子十うさぎ
恋愛
ある日突然、体の自由が効かなくなり悪女と化してしまった侯爵令嬢のリーフィニア。
自分の意思とは関係なく沢山の人を攻撃し、ついに婚約破棄され更には自分を嫌っている令息のもとへと嫁ぐ事になってしまった。
しかし、婚姻を結んだ途端になぜか悪女化が解けて…!?
今世、悪女が消えた世界で
shinonome
恋愛
侯爵家の令嬢である私
未来の皇帝の妃となる存在だったけれど
妹であるルナティアが「奇跡の力」に覚醒したことにより
妹に妃の立場と皇帝の愛を奪われ
自分は妹に仕える者に成り下がってしまった。
終いには、ルナティアを殺そうとしたと冤罪をかけられてしまい全ての者から見捨てられ
私が選ぶことができたのは自ら命を絶つことだけ。
けれど偶然か必然か分からない。
未来の皇帝と婚約する1年前、8歳の頃に戻っていた。
どうして時が巻き戻ったのか分からない。
けれど今世も傷ついたりするのはたくさんだ。
今世は私の人生を取り戻す。
そのためには婚約者や、妹はもう
____いらない。
奪われ見捨てられた令嬢が
今世は、自分の人生を取り戻しながらも
ある真実を知るお話。
【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し
有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。
30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。
1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。
だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。
そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
【完結/番外追加】恋ではなくなったとしても
ねるねわかば
恋愛
十一年前、彼女は納得して切り捨てられた。
没落した貴族家の令嬢アリーネは、王都の社交サロンで同伴者として生きる道を選んだ。
歳月は、すべてを思い出に変えたはずだった。
会うたびにかつての婚約者を目で追うのは、ただの癖。
今ある思いは、恋ではない。
名がつくことのない二人の関係は、依頼主と同伴者となり、またその形を変えていく。
2万字くらいのお話です。