復縁不可の筈ですが、

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57 制御下




急遽、ヴァルデック侯爵夫妻は貴賓として王家の夏の離宮に招待された。

夏季休暇シーズンとあって、湖畔の古城には王家の子供達が顔を揃えている。
行儀の良い子供が大多数を占める中、王太子の長男を筆頭とした八歳から十歳までの一団は生意気だ。大人の言う事を聞かない、高貴なクソガキども。

麗しのグレート・ティットことレディ・フェザーは樫の高い枝に飛び上がり、いち早くクソガキどもから逃れた。
珍しい外国の客人らがテラスに加わって来たところだ。
広大な庭園を走り回っていた子供達が、客人に挨拶をするようにと呼び集められている。
王子どもは、見慣れない外国人夫妻のもとへ真っ先に駆け付けた。
キアラを取り囲み、腕の中の仔豹を見て騒ぎ立てる。

「見ろよこいつ」
「変な柄の猫ー」

無遠慮に集る王子どもの背後で、小さい幼児どもが「兄様達が前にいるから見えないの」、「自分達だけ楽しそうでズルいの」と言う顔で体を左右に揺らしている。
周囲の大人は使用人達ばかりで口を挟めない。なにせ相手は高貴なクソガキだ。
連中の躾け係たる手厳しい女教師は、こんな時に限っていない。化粧直しだろう。ご苦労さん。
一番の騒音被害者であるキアラが、後ろでおたおたしている幼児どもに気付いた。
彼女は「はい!」と不意打ちの声を発する。
クソガキどもが思わず固まり、黙る。
キアラは、両の脇を抱えた仔豹をぬいぐるみみたく前に突き出し、言った。

「このほわほわでぬくぬくの生き物をなでなでしたい人、手を挙げて!」

クソガキどもは顔を見合わせ、そろりと手を挙げる。
その背後で幼児らが短い両の手を挙げている。あっぷあっぷと溺れて見える。
キアラは仔豹を高く掲げた。

「じゃあ後ろの子達から来てください。なでなで方法をレクチャーします」

クソガキの一人が「なんで」と不満顔になる。
キアラは笑みで見下ろした。

「小さいひとが優先なのは常識では? こちらは紳士の国ですよね?」
「そう、だけど」

クソガキどもが渋々と左右に別れ、幼児どもに道を開く。
わあっと前に出て来た幼児どもに、キアラはまた仔豹を突き出した。
仔豹の口を借りて促す。

「みんな、譲ってくれたお兄さん達に忘れている事があるよね?」

幼児どもは瞬き、後ろの連中を振り仰いだ。

「有難うー、兄様たち」
「……べ、別に」

クソガキどもは顔を逸らし、そそくさと並び始めた。並ぶ習慣は既にあるのだ。
本来、連中は頭脳明晰で躾はなっている。反抗的なのは教師への反発だ。
特に去年からの女教師は、鳥目線から見てもウザい。発言が一々説教くさく「教育とはこうあるべき!」とガキどもに押しつける。ウザ過ぎる。
そして無神経だ。例えば「宿題しよう」と思っていたところに「宿題しなさい」と言われたらイラッとするだろう。そういう事を平然とやらかす。
百歳のレディ・フェザーからすれば、教師は世間知らずだ。まあ家と学校の敷地から出た事がないのだから仕方がない。
昨今、教師を躾ける教師が要る。
キアラは子供の扱いが上手いと思う。天然ものの才覚と、単に優しさだ。

――なにより、自分が未熟だから一緒に学ぼうという姿勢が感じられる。

同じ事を感じ取っているようで、キアラの夫アベルと、小鳥のプリンスことアレキサンダーはやや離れた位置から彼女とガキどもの交流を静観している。
レディ・フェザーは欠伸をした。

――その調子でクソガキどもに動物愛護の精神を叩き込んでやって、夫人。

不慣れな子供の手に毛並みを撫でられている仔豹が、枝の上の小鳥を仰ぎ見た。
脳内に直接語り掛けて来る。

「来ないの?」
「撫でられるのは嫌いよ。ガキどものきったない手で羽根が汚れたら大変」
「きったなく、ない」
「おだまり、ミルクガール」
「スノードロップ、なの」
「名前は大層ね。でも所詮は赤ちゃんよ。わたしの事は姉御とお呼び」
「あねご……」

スノードロップはこくりと頷いた。さすが赤ん坊は脳細胞がミルクで出来ているから、素直でいい。

その時、化粧室から女教師が戻って来た。本人が思うほどメイクに変化はない。
キアラを見て「ちょっと貴女、困ります」と眉を顰める。

「子供達の手にバイキンが付いたじゃありませんか」
「いえあの、この豹の子は野生ではありませんし、毎日お風呂にも――」
「はいはい、皆さん。ちゃんと手を洗ってきてください。汚い手であちこち触らないように」

キアラの声を遮って言い聞かせた女教師に、子供連中はぽかんとしつつ頷いた。
俯いた、が正しい。ほわほわでぬくぬくの感触を洗い流したくないのだ。
クソガキの大将が顔を顰めた。

「言われなくても城内に入れば洗う。屋外にいる今、洗うのは無意味だ」
「はい? 殿下はまた反抗期ですか。数学の成績が下がったから、私に当たられているのですね」
「成績の低下は、あんたが急に難易度を上げたからだ」
「敢えて厳しくしているのです。殿下にはしかと私についてきて頂かないと。次の次の王になられる方ですからね」
「…………」

言い負かされ、王子が俯いた。恥ではない。子供は大人に口では勝てない。
泣くかな、と小鳥が考えていると、キアラが王子の眼下に仔豹の顔を差し込んだ。

「数学難しいですよね。私も頭こんがらがってます」
「……侯爵夫人なのに?」
「肩書きで判断されると弱ってしまいます。お聞きの通り言葉も下手ですし」
「確かに幼稚……仔豹の口真似には合ってるけど」
「有難うございます。もしよければ一緒に数学します? その代わり、殿下には私のフォーマル会話訓練にお付き合い頂きたく」

王子はぽかんと、キアラを見詰めた。
ええー、と周囲の子供から不満の声が上がった。

「ぼくもねこちゃんとお勉強したいー」
「ねこじゃないってえ。ひょうだってえ」

騒ぐ子供を見て、女教師が苛立ちを募らせている。
皆して自分に背を向け、誰も自分を見ていない。誰も自分の制御下にない。
「そりゃそうでしょ」と言い、レディ・フェザーは欠伸をした。





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