復縁不可の筈ですが、

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58 現場




成人王族らがテラスに集まって来た。
芝生の上で輪になっている幼い王子王女達を見て頻りに感心している。

「ほう。ちゃんと大きい子らが小さい子らを優先しとるな」
「あの子、知らない内にあんな立派なお兄さんになって……」

感動する親族達を横目にし、アレキサンダーは苦笑した。

「今夏、子供達はよい先生に出会えたのですよ」
「若い女の先生?」
「雇っている彼女ではなく、外国のご夫人です。輪の中心にいらっしゃる」
「猫連れの方? あの方は先生なので?」
「まあ、子供達にとってはね」

アレキサンダーの目線が隣席に逸れた。
客人のアベルは、仔豹ごと子供らに囲まれている妻を遠目にしている。その目は優しく、うっとりとして見える。
「ぞっこんですね」とアレキサンダーが言うと、ハッとした目が振り返った。

「バレバレでしたか」
「はい。バレバレでした」
「……妻にもバレバレでしょうか」
「それはどうでしょう。しかし別に構わないのでは?」
「……最近まで妻と距離があった為、いきなり詰め過ぎるのもどうかと」
「距離が? 仲良しに見えるのに意外ですね」

曖昧に頷いて、アベルはまた妻に熱視線を送った。
ヴァルデック侯爵夫妻は結婚二年目と聞く。子供はまだ。

――そう言えば、離宮の寝室も夫婦別々とのオーダーを受けたな。

アレキサンダーは「何故に?」と首を傾げる。
傾けた視界の中、女教師が芝生の庭に踏み込んでいく姿が映った。



枝上のレディ・フェザーは「あら」と眼下に注目する。
無意味な化粧直しから女教師が庭に戻って来た。ショーの第二幕が始まるようだ。
蚊帳の外を払拭すべく、女教師は両の手をパアンと打ち鳴らした。

「さあさあ皆さん、テラス席でお紅茶の召し上がり方をお勉強しますよ!」

子供らは、どこか感情に乏しい目を女教師に向けた。
小さい王子が言った。

「お茶の作法はもう充分です、先生」
「何度もやらねば優雅な所作は身に付きませんことよ」
「既に優雅と女王陛下より太鼓判を押されてます。それと、出来る事を何度もさせられるのは苦痛で、退屈です。教えてくれるなら新しい事をお願いします」

女教師は固まった。聞き分けの良い王子まで生意気になっている。
「新しい事、何い?」と幼女らがそわそわと教師を振り仰いだ。

「ネコ科の事をもっと教えてくれるう? 先生え」
「にゃー達の分布図が気になるう」
「なら世界地図要るねえ?」

女教師の笑みが引き攣った。
きょとんと言う風に、キアラと仔豹が教師を見上げている。
途端、教師の全身に怒気が漲り、キアラに詰め寄った。
早口で言う。

「貴女様が余計な事を吹き込むから、殿下方のお勉強が行き詰まっていますわ」
「え? あ、あの、吹き込む、とは?」
「そもそも外から動物を持ち込むなんて、非常識な」
「? アレルギーの心配、でしょうか。前以て、アレキサンダー殿下には確認させて、頂きました」

早い口調に付いて行くのは大変なようで、キアラの受け答えはたどたどしい。
その拙い様に女教師は余計苛立ち、眦を釣り上げた。世界一のドブス顔でキアラに迫り、低く早く籠った声で言い置く。

「外国人が。殿下がお優しいからと調子に乗らないで」
「……、え?」

聞き取れずにキアラは惚けた。膝上の仔豹は既に女教師を見ておらず、うとうとしている。脅威も興味も感じていないのだ。
キアラに詰め寄る女教師のいかった肩を、少年の手が後ろから掴み、引いた。
九歳の王子が教師を睨んだ。

「外国人差別は聞き捨てならない」
「はあ……、殿下は民意をご存知ないから。我が国の移民難民問題は深刻ですよ」
「夫人らは客人であり移民でも難民でもない。この庭で差別は許さない」
「殿下は、教師への反抗が過ぎますね」

王子は双眸を細めた。

「俺――私はこれまで貴女の無礼を許し過ぎた。所詮子供だし、教わる立場で成績を付けられる側だからと貴女への遠慮と恐れがあった。しかしそれら負の感情を私は素直に認められるようになった。自然体のキアラ夫人が教えてくれた。私は何も恥じる事はなかったのだと」

女教師は惚け、口を開きかけた。
その前に、王子が言った。

「貴女は毒でしかない。得られるものは不快しかない。解雇する」
「ふん。幼い殿下にそんな権限はありませんよ。日頃の行いから、貴方には信用もございません」
「信用に足る証言があれば訴えは通るだろう?」

王子の目がキアラに向かう。
女教師も「まさか出しゃばる気ではあるまいな」という目でキアラを睨んだ。
なんとなく察せられたらしいキアラは双方を見比べ、女教師を見返した。

「あの、私は、ここでは外国人です。余所者です。けど、だから利害が対立しません。ので、何かお問い合わせの際は、見聞きしたままをお話し致す、つもりです」

女教師が息を呑む。
その時、アレキサンダーがアベルと紳士らを伴い、テラスから芝生に下りて来た。ゴルフ場に向かうようだ。
先手を打つ気なのか女教師は素早く立ち上がり、アレキサンダーのもとへ走った。

「アレキサンダー殿下、お聞きください。幼い殿下方が外国人に洗脳されていて手が付けられません!」

アレキサンダーが笑みで振り返った。

「いいですね、洗脳」
「へ?」
「貴女も洗脳されてはいかがですか?」
「へ?」
「教育現場に口出しは無粋ですし、貴女なりのやり方もあるだろうと思っていましたが間違いでした。確かに貴女は毒だ。兄王太子に報告し、暇を出します」
「毒、って」
「ああ、私には読唇術があるのですよ。後出しで失敬」
「――――」

絶句以外に、女教師には出来る事がなかった。
レディ・フェザーは欠伸をした。ショーの幕が下りた。





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