【完結】異教(男)の聖女は監禁・強制労働エンドを迎えるはずでした。が、冷徹騎士がオレの手を掴んでいます

藍 雨音(アイ アオト)

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第一章 偽りの聖女と冷徹の騎士

25 逃げられない

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精悍な顔が目前に迫って、つい怖気づいて身を引こうとした途端、ぐっと背中に腕が回る。
勢い余ってシグルスの胸元に倒れ込み、慌てて手を突っ張った。

「じゃ、邪魔するな!」
「邪魔か? お前が、逃げるかと」
「誰が!」

……笑って、ないだろうか。
シグルスの口角が、堪えきれない笑みに持ち上がっている気がする。
随分、余裕だな?! むっと睨み上げ、オレの鼓動を聞かれないよう、ともすれば密着する胸の間に腕を割り込ませた。

「やりにくいんだよ、目ぇつむってろ」
「そうか」

素直に閉じられたまぶたに、またウッとなる。
どうしよう。本当に、オレがしなきゃダメなんだよな?
どうやったんだっけ。そもそも、こんなに緊張して、うまくできるのか。
他に、方法はないのか。
でも、本当にのんびりしている場合じゃない……はずだよな?

そろそろ伸びあがって、形の良い唇を前にまた躊躇して。
だけど、背中の腕が近づいた分力を入れて、退路を断っている。
少しずつ距離を測りながら、呼吸を感じる距離まで近づいて。
ぎゅっと目を閉じ、最後の1センチ詰める勇気が湧くのを待った。

「……恐ろしいほど焦らすな」
「あっ? ――ンッ?!」

たっぷりと、重ねられた唇。
後頭部に回された手ががっちりと頭を固定して、逃げられない。
深く、深く。でも、さっきと違って鉄臭い味はしなくて。

やがてゆっくり解放された唇で、大きく息をついた。
いつの間にかくたりとしていた体を支えられ、青い瞳が覗き込んでいる。

「……回復、してないぞ?」

にやっと笑った顔に、やっと理解が追いついてオレの顔に熱が昇る。
あんな、あんな……! 
回復、できるわけないだろ!!

「も……しない!! 離せ! なんで、あんな……!」
「手伝っただけだ」
「どこが……!! お前、何かおかしい……!」
「死にかけてるから、必死で」

嘘だ! お前、全然辛そうじゃない。いかにも余裕そうだ。
でも……。ちら、と視線を走らせた腕は、既に縛った布を伝うほどに血が滲んでいる。
気付いたシグルスが、これ見よがしに腕を見せつけた。

「お前ができないなら、手伝うしかない」
「なっ?! ちょ、待て! 待て待て待て!」
「待てないと言っている」

再び後頭部に手を当てられ、必死に手を突っ張った。
アレを何度やられても、回復なんてできない!

「あ、アレはやめろ! その、繋がりを……作るだけでいい! 集中する、動くな!」

こんな時に、顔が熱い自分が恥ずかしい。一体、何を考えているんだ。
もっと淡々と、手を当てて回復するのとそう大差ないことなんだから。
頷いたシグルスが、オレの顔を固定して顔を寄せた。

「そうか。舌を絡めると集中できないのか。深く舌を入れて、かつそのまま耐えろ、か。分かった」
「――っ!」

カッとますます顔に熱が集まる。やめろ、その言い方! なんで、言い直した?! 
だけど、何を言うより早く再び唇が塞がれる。
侵入してきた舌が、熱い。

身体は震えたけれど、シグルスは宣言通りそのまま動かない。
死にそうだ。羞恥で、本当に死にそう。
ぎゅっと目を閉じ、ある意味必死に回復を施そうと聖魔力を巡らせる。
一度認識した身体。さっきよりずっとずっと簡単なはずなんだ。

なんとか回復の方へ意識を向け、傷の程度を把握して安堵する。
良かった、この程度なら大丈夫そうだ。
極力『繋がり』を意識せずに聖魔力を巡回させて――。

「っ?!」

突如動いたシグルスに、あっと言う間に集中が断ち切られた。
なんで……?!
翻弄されるオレの頭が真っ白になった頃、やっとシグルスが離れた。

「なん、で」
「結構、耐えたと思うが」

しれっとそう言ったシグルスが、赤く染まった布を解く。
出血しないまでも、しっかり残る赤い線が、回復が終了できなかったことをありありと伝えていた。

「まだ、残ってるな。もう一度か」
「ふ、ざけんな! しないしない! もうしない!! 馬鹿!」
「勝手にしてもいいか」
「いいわけないだろ! しても回復できないからな!」

息が乱れるほどに暴れているのに、余裕でさばくシグルスに腹が立つ。

「何だよお前、変! そんなんじゃなかっただろ?!」

意味が分からない。なんでこんな、急に。
オレを抱いたまま立ち上がったシグルスが、その場に剣を捨て、歩き始めた。

「嘘をつく必要が、なくなった」
「嘘……?」
「お前が逃げるには、捨てたい国と、俺の方がよかっただろう」

まさか。

「……お前、いつから、『嘘』を……?」
「さあな?」

シグルスははぐらかすように視線を外し、適当な剣を拾って腰に差した。
国境の森へ向かって歩きながら、抱えたオレの身体に毛布を巻く。
……え? お前、このままオレを抱えて歩く気?

「ただ、言えるのは……」
「?」

抱え直したオレを真っ直ぐ見た青が、宵闇の中、静かに熱を帯びて煌めいて見えた。

「お前、もう逃げられないぞ」

馬鹿なヤツだ、と囁いた声が、オレの唇の上に消えた。

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