26 / 68
第一章 偽りの聖女と冷徹の騎士
シグルス① 失敗した出会い
しおりを挟む
――聖女が、生ける国の宝であることは理解する。
聖魔力は貴重だ。それなくして回復の見込みがない怪我もある。
しかし、だからと言って俺が警備をするのはどうなのか。
うぬぼれるつもりはないが、国で一、二を争う実力のはず。
散々討伐には駆り出しておきながら、こんなぬるい場所で一生を過ごすのか。
「シグルス様、今日も素敵です! いつも守って下さってありがとうございます! あの、もしお時間あれば――」
満面の笑みと、甘ったるい香り。会釈だけして立ち去ると、無念そうな溜息が聞こえる。
苦手だ。こういうことは。
だからこその、適任であるとされたのが、あまりにも腑に落ちない。
上からの呼び出しに応じるため足早に歩きつつ、舌打ちした。
新たに見つかった聖女は、迷い人だと言う。
それも、莫大な聖魔力を持っているとか。
高い地位を持っているが、聖女たちは危機意識や責任感が薄い。
それも仕方あるまい、聖魔力があると分かれば、幼少のころから大切にされてきたことだろう。
中身はまるで幼子のように、未熟な彼女ら。
甘言に簡単に踊らされ、些細な褒美で操れる。
それはもしや、国にとって、その方が使いやすいから……だろうか。
そんな中に、素性のしれない迷い人を入れるなどと。
聖堂の扉を開けると、女神像を見上げていた人物が振り返った。
厚手のヴェールが、さらりと静かな音を立てる。
珍しいな、と思った。
聖女たちはあまり、ヴェールを被ったりしない。己の容姿を誇示する者の方が多い。
つかつか歩み寄る俺が、用のある人物と気づいたのだろう。
こちらへ向き直った視線が、絡んだ。
ぐっと唇を結んで、威嚇するように小柄な体を見下ろすと、漆黒の瞳が戸惑うように瞬いた。
……美しい、聖女だった。
凛と一人立つ姿に、芯の強さが透けて見える。
「……はじめまして。オ……私は迷い人、というものだそうです。聖女宮で仕事をするように斡旋を受けて来ました。ここで待てば騎士……様? にご案内いただけると」
斡旋? まるで、仕事のために来たような口ぶりに、目を細める。
聖女宮は、特権を駆使するための場所。
聖女たちが不自由なく、不満なく飼われるための場所。
よく見れば、驚くほどに髪が短い。厚いヴェールはそのためか。
それで合点がいった。この迷い人は平民なのだろう。ならば政治的なリスクは低いが……その性根の在り様によっては、非常に危険な存在となる。
何せ、周囲にいるのは赤子のような聖女たち。簡単に唆されるだろうから。
押し黙ったままの俺を見上げ、聖女が訝し気な顔をする。
その瞳に何の『色』も浮かんでいないことが、腹立たしかった。
「俺が聖女宮騎士隊長、シグルス・リンドヴァルだ。聖女などと、迷い人にそのような地位を……承服しかねる。ここで不審な行動があれば、即座に聖女宮から追放するから、そう思え」
つい、苛立ちまぎれのセリフが出て、驚いた。
嘘はない。嘘はないが、そこまで言うつもりでもなかった。
……泣かれたら、面倒だ。
舌打ちしたいのを押しとどめ、誤魔化しの言葉を探して――
「迷い人に、相応しい地位ではないのですね。分かりました」
返って来たごく静かな声に、訂正の機会を失った。
しまった、と思った。失敗した、と。
元々色の浮かばなかった瞳が、完全に距離を置いたから。
そういう人間だ、と認識されたのを感じる。
「……わきまえていればいい」
「はい」
端的に頷いた瞳が、それで? と次の説明を促している。
俺自身の言葉に、欠片の興味も持っていないとはっきり分かる表情。
「ついて来い」
「はい」
どうすることもできずに、背を向けて。
そして、聖女が俺に名乗りもしなかったことに気付いて、愕然としたのだった。
聖魔力は貴重だ。それなくして回復の見込みがない怪我もある。
しかし、だからと言って俺が警備をするのはどうなのか。
うぬぼれるつもりはないが、国で一、二を争う実力のはず。
散々討伐には駆り出しておきながら、こんなぬるい場所で一生を過ごすのか。
「シグルス様、今日も素敵です! いつも守って下さってありがとうございます! あの、もしお時間あれば――」
満面の笑みと、甘ったるい香り。会釈だけして立ち去ると、無念そうな溜息が聞こえる。
苦手だ。こういうことは。
だからこその、適任であるとされたのが、あまりにも腑に落ちない。
上からの呼び出しに応じるため足早に歩きつつ、舌打ちした。
新たに見つかった聖女は、迷い人だと言う。
それも、莫大な聖魔力を持っているとか。
高い地位を持っているが、聖女たちは危機意識や責任感が薄い。
それも仕方あるまい、聖魔力があると分かれば、幼少のころから大切にされてきたことだろう。
中身はまるで幼子のように、未熟な彼女ら。
甘言に簡単に踊らされ、些細な褒美で操れる。
それはもしや、国にとって、その方が使いやすいから……だろうか。
そんな中に、素性のしれない迷い人を入れるなどと。
聖堂の扉を開けると、女神像を見上げていた人物が振り返った。
厚手のヴェールが、さらりと静かな音を立てる。
珍しいな、と思った。
聖女たちはあまり、ヴェールを被ったりしない。己の容姿を誇示する者の方が多い。
つかつか歩み寄る俺が、用のある人物と気づいたのだろう。
こちらへ向き直った視線が、絡んだ。
ぐっと唇を結んで、威嚇するように小柄な体を見下ろすと、漆黒の瞳が戸惑うように瞬いた。
……美しい、聖女だった。
凛と一人立つ姿に、芯の強さが透けて見える。
「……はじめまして。オ……私は迷い人、というものだそうです。聖女宮で仕事をするように斡旋を受けて来ました。ここで待てば騎士……様? にご案内いただけると」
斡旋? まるで、仕事のために来たような口ぶりに、目を細める。
聖女宮は、特権を駆使するための場所。
聖女たちが不自由なく、不満なく飼われるための場所。
よく見れば、驚くほどに髪が短い。厚いヴェールはそのためか。
それで合点がいった。この迷い人は平民なのだろう。ならば政治的なリスクは低いが……その性根の在り様によっては、非常に危険な存在となる。
何せ、周囲にいるのは赤子のような聖女たち。簡単に唆されるだろうから。
押し黙ったままの俺を見上げ、聖女が訝し気な顔をする。
その瞳に何の『色』も浮かんでいないことが、腹立たしかった。
「俺が聖女宮騎士隊長、シグルス・リンドヴァルだ。聖女などと、迷い人にそのような地位を……承服しかねる。ここで不審な行動があれば、即座に聖女宮から追放するから、そう思え」
つい、苛立ちまぎれのセリフが出て、驚いた。
嘘はない。嘘はないが、そこまで言うつもりでもなかった。
……泣かれたら、面倒だ。
舌打ちしたいのを押しとどめ、誤魔化しの言葉を探して――
「迷い人に、相応しい地位ではないのですね。分かりました」
返って来たごく静かな声に、訂正の機会を失った。
しまった、と思った。失敗した、と。
元々色の浮かばなかった瞳が、完全に距離を置いたから。
そういう人間だ、と認識されたのを感じる。
「……わきまえていればいい」
「はい」
端的に頷いた瞳が、それで? と次の説明を促している。
俺自身の言葉に、欠片の興味も持っていないとはっきり分かる表情。
「ついて来い」
「はい」
どうすることもできずに、背を向けて。
そして、聖女が俺に名乗りもしなかったことに気付いて、愕然としたのだった。
140
あなたにおすすめの小説
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。
【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった
水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。
そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。
ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。
フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。
ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!?
無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました
水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。
新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。
それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。
「お前は俺の運命の番だ」
彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。
不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる