【完結】異教(男)の聖女は監禁・強制労働エンドを迎えるはずでした。が、冷徹騎士がオレの手を掴んでいます

藍 雨音(アイ アオト)

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第二章 嘘をやめた騎士と、聖女をやめたオレ

2 夜を越えたくて

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「え……ここで寝るの?! 魔物は?」

ざっと周囲の草を払っただけのスペースに寝袋を置かれ、思わず二度見した。
ここ……鬱蒼うっそうとした森の中なんですけど……。
森の生き物だって、こんな堂々と寝ないんじゃない?

「俺が起きてる」

当たり前のように言われて、ぐっと詰まった。
お前も寝ろとは言えない。普通に死ぬ。

「見張り……代わるから」
「……俺は死にたくない」

意を決して言ったのに、吹き出されてしまった。
オレだって何かあったときに声を出すくらいは……! がぶっとされた後かもしれないけど……。

「じゃあオレも起きてる」
「なんのために。寝ろ。体調を崩す」
「崩さねえわ! 今はもう、聖魔力巡ってるからな。今までみたいなことにはならないんだよ!」
「そうか。いいから寝ろ」

……全然信用してないな。
まあいくら聖魔力が巡っていようが、病気にはなるし体力もないけど。
そういえば聖女宮でもしょっちゅう倒れてたんだった。そりゃあ信用されないわけだ。
でもあれは、馬鹿みたいに魔力を使わされたから!

ただ、確かにオレが起きていても何の役にも立たないので、渋々寝袋に潜り込む。
シグルスはごく小さな焚火を前に、剣を抱えて木に背中を預けている。
目は閉じているように見えるけど、本当に起きているんだろうか。
よく考えてみれば、死にかけたヤツが……むしろ一回死んだようなヤツが寝ずの番って、本当に大丈夫だろうか。

じっと見上げていると、まぶたが持ち上がって視線が絡んだ。

「……どうした」
「寝てんのかと思って」
「起きている。……怖いのか?」
「誰が! 野営だって何度も――」

そう言ってんのに、シグルスはズズッと寝袋を引き寄せ、自分の片腿にオレの頭を乗せた。
あ、ちょうどいい……というのは置いといて!
自然に寝袋の上に乗せられた手が、わずかな重みをもって存在を主張する。

目を閉じても感じる、頭の下にある温もりと、胸にある重み。
確かにそこにある存在に、どうしようもなく安堵してしまう。

……ヒトって社会性のある生き物だからさ、しょうがないよ。オレが寂しかったとか、そうじゃなくて。自然の摂理だ。
人間の存在がそばにあるだけで、ぬくもりがあるだけで、こんなに安定する。

しばらくオレを見下ろしていたシグルスが、また視線を上げた。
だけど、ちゃんと頭の下は温かくて、胸の上は重い。
この寝袋に置かれた手は、温かいだろうか。それとも、夜気に触れて冷えているだろうか。

しばらく悶々としていたけれど、どうしても欲求に抗えなくて、そうっと寝袋から手を出した。

「――っ?!」

ビクッ、と跳ねたシグルスの身体に、オレの方がびっくりする。

「あ、悪い。そこにあると気になって」

無造作に掴んだシグルスの手は、幾分冷たいだろうか。
寝袋から手を出した途端、ひやりとした空気がオレの手も冷やしてくる。
寒かったので、また寝袋の中に両手を戻した。
シグルスの手も連れて。
ちょうど、温かくていいかと思ったから。

されるがままのシグルスが、ギチリと固まって動かない。
しまい込んだ硬くて大きな手まで、強張っているよう。
嫌だったか? でも、オレはこの方がいい。

見上げたシグルスは、まだ微動だにしない。
息、してる?
首を傾げると、オレを凝視していた視線が、ハッと逸らされた。ごくり、と動いた喉仏が見える。

「こんな、時に……煽るな、くそっ! 死ぬぞ!」
「は? なんでそんな物騒な話になんの」
「さすがに、今は……気を逸らすわけには」

う、うん。それはそう、気を逸らさず見張っていてほしい。本当に死ぬから。
ガシガシ黒髪をかき回し、酷く葛藤している様子に、珍しいなと思う。
苛立っているのを感じるけれど、でも、オレが掴んだ手は取り戻されなかった。
ただ、拳になってぎゅっと力が入っている。
悪いな、と思いつつ、どうしても。どうしても掴んでおきたかった。

「……お前さ、明日もいる?」

ずっと起きていたかったのに、まぶたが落ちかかって、つい胸の内にあった言葉がこぼれ出る。

「当たり前だろう」
「そっか」

当たり前か。
ふわっと微笑んで、徐々に熱くなってきた手を掴み直した。

「もしどっか行くならさ――ああ、いいや」

わざわざ頼んでおかなくても、この場なら自動的にそうなる。
敢えてシグルスが手を汚さなくて大丈夫。

もう一度笑うと、やっとこちらを向いた視線が、呆れを含んで見下ろした。

「どこにも行かない。お前は、逃げられはしない」
「……オレが逃げるの?」

青い視線がどこか鋭くて、また笑った。
逃げられない、ってそんないい言葉だっけ。なんでこう、良かった、なんて思うんだろうな。

「寝てろ」

以前と同じような仏頂面で、そう言って視線が逸らされる。
だけど、一瞬解かれた拳が、ぽんとオレの胸を叩いた。
……どうしようもない。
どうしようもなく、安堵で胸が焼ききれそう。

オレは逃げないけど、お前は?
熱い手を両手で捕まえて、まぶたを落とした。
なあ。逃げてもいいけど、オレが寝ている間にしてくれ。
夢だったと、そう思える。
そのために、眠るから。

「……起きた時、お前、いる?」
「当たり前だと言ってる。……不安か?」

揶揄するような笑みを含んだ声。もう一度ぼんやりとまぶたを持ち上げ、こくりと頷いた。
ぐっ、と呻いたシグルスが、ぎりりと拳を固くする。

「早く、寝ろ」

地を這うような声に、オレはもう一度頷いて目を閉じた。

お前、本当に明日もいる?
の、お前が、本当に。

ちゃんと明日まで連れていきたくて、オレは手の中にある固い拳を確認したのだった。
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