男の妊娠。

ユンボイナ

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第四章 生まれた子どもたちの行方~その二

南国で女三人に育てられた少年⑴

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 Q平とR江の二女X佳は、Q平の死後にR江が沖縄に連れてきたT文をとても可愛がっていた。同性で、公私ともにX佳のパートナーであるY香はこう言った。
「私たちに子どもができたようなもんじゃない。」
X佳はこう言ってたしなめた。
「いや、でも、あくまでもT文はお母さんの子どもで私の弟だからさ。」

 T文はQ平が69歳、R江が66歳のときにできた子どもである。つまり、X佳とは36歳離れた弟だ。もちろん、R江・X佳・T文の三人で歩いていると、周りの人からはX佳がT文の母親で、R江は祖母だと思われる。最初はいちいち訂正していたが、面倒になって近頃は放置している。

 「でも、お母さんももう76でしょ? T文くんが成人するまで大丈夫かな。」
年の割に若々しいR江ではあったが、改めて実年齢を聞くと不安になってくるX佳だった。
 24世紀においても、人間の寿命が飛躍的に延びたということはなかった。アンチエイジング医療の向上のため120歳まで生きたというケースは稀にあったが、どうも人間はこの「120歳の壁」を超えることが難しいようであり、医学者たちは競ってこの壁を打ち破るべく研究を重ねていた。とはいえ、120歳まで生きる老人はごく稀であり、たいがいは90歳前後で亡くなっていたし、80歳前後で身体や脳にガタが来るのが通常だった。
「そうね、今はとても元気だけど。」
「子育てと介護がいっぺんに来たら、私たち考えなきゃいけないね。どっちかだけならなんとかなりそうだけど。」
Y香は暗にR江を老人ホームに入れるように言っているのだ。

 ちなみに、四人の住まいは同じマンションの503号室にX佳とY香のカップルが、隣の504号室にはR江とT文が、というように分かれていたが、お互い頻繁に行き来をしている。T文に至っては、X佳とY香が休みの日には、学校帰りに503号室にやってきてお菓子を食べたりゲームをしたりして、なかなか 504号室に帰ろうとしないのだった。
 「T坊、そろそろ夕飯の時間だからママのところに帰りなさいよ。」
Y香がそう言ってたしなめるが、T文は聞かない。
「だってさ、ママの家、臭いんだよ。」
「臭い?」
「姉ちゃんとY香姉ちゃんの家はいい匂いするけど、なんかママの家は全体が年寄り臭い。」
どうやらR江の加齢臭のことを言っているらしい。
「あのね、私たちも40代でもう若くはないんだから、そんなこと言うんじゃないの!」
「そんなに姉ちゃんたちおばさんだっけ?」
確かに、普段からT文に年齢の話はしないし、X佳もY香もカジュアルスタイルで見た目は若そうに見えた。しかし、X佳は46歳、Y香は41歳で、X佳に至っては毎月美容院で白髪染めをしてもらっている。
「おばさんよ、立派なおばさん。一日頭洗わないと私たちだって脂臭いんだから。」
X佳がそう言うと、T文は「ひぇー」と言って鼻の前で手をひらひらさせて笑っている。
「だからね、早く帰りなさい。ママ寂しがってるよ?」
「はーい、しょうがねぇな。おばさんからばあさんのところに移動だ。」
T文はゲーム機を片付けると、ランドセルを背負って503号室を出て行った。

 今、X佳とY香は、那覇市内の外れでレストラン「high-tie」を共同経営していた。本土から腕のいい女性コックを招くことに成功したこと、女性ならではのきめ細かなサービスなどから、売り上げも上々である。二人にはそれなりに経済的余裕もあったので、盆や正月にはR江とT文を旅行に連れて行った。
 昨年の正月には、四人で北海道に旅行に出かけた。
「うおー、なんじゃこりゃあ!」
北海道でも積雪の少ない函館方面に出かけたのだが、雪を初めて見たT文は寒さも忘れて大はしゃぎし、歩道脇の雪を素手で掴んで雪玉を作ろうとしていた。
「あーあ、後で霜焼けになっても知らないぞ?」
X佳がそう言っている脇で、R江はしみじみと雪を見ながらY香に言った。
「久しぶりの雪もいいわね。沖縄に来てから雪を見てなかったから。」
「そうですね。私も沖縄に住むようになって20年くらい経ちますけど、本当に沖縄は雪が降らないですからね。」
Y香は北関東の出身で、大学から沖縄だった。R江は語る。
「昔、結婚する前にお父さんと函館に旅行に来たことがあってね、あのときは夏だったからこんなじゃなかったけど、函館山からの夜景が綺麗で。」
「じゃあ、今夜は早めに夕飯食べて夜景見に行きましょうよ!」

 夕方六時ころ、四人は駅前の飲食店で海鮮丼を食べてから、スカイタクシーで函館山に行った。タクシーの運転手はよく喋る人だった。
「大昔は函館山の麓から頂上までロープウェイってもんがあって、ロープにゴンドラ吊り下げて、それを上げ下げして人を運んだんだな。他には、バスやタクシーで山道をえっちらおっちら走ってたりしたんだって。」
「へぇ、そうなんですね。」
「車が空を飛ぶようになっちまったもんだから、ロープウェイはお役御免になったんだ。でも、函館山の駐車場には限りがあるから、今も一般車両は入れなくて、タクシーか路線バスに乗るしかないんだな。」
「ふーん。ロープウェイ、乗ってみたかったなあ。」
R江は運転手の話にうんうんと頷いているし、T文は助手席で窓からずっと雪景色を眺めている。
「そうですか? ロープウェイの画像を見たことあるけど、俺なんかロープが千切れたらどうしようって怖くて怖くてどうしようもないですね。」
函館山頂上には割とすぐに着いた。
「お客さん、三十分くらいならメーター止めときますから、帰りも乗りません?」
「じゃあそれで!」
Y香は運転手に向かって言った。

 「見て、ほら、綺麗よー、お父さん。」
R江は夜景を見ながら、カプセル型のペンダントを外して前方に突き出した。ペンダントトップの中には、Q平の遺灰が入っている。正直なところ、雪ぐもりで夜景はぼんやりしていたのだが、R江にとってはQ平との思い出の場所に来られたことが嬉しかったのだ。
「Y香さん、本当にありがとう!」
R江はうっすら涙を浮かべていた。Y香は笑った。
「その代わり、明日は大沼に行ってワカサギ釣りですからね。」
 T文は夜景などそっちのけで雪を見て走り回っている。X佳は少し離れた場所で一人夜景を見つめていた。
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