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第四章 生まれた子どもたちの行方~その二
南国で女三人に育てられた少年⑵
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冬休みの北海道旅行はR江だけでなく、T文も気に入ったようで、帰りの飛行機の中でX佳に「また来ようね!」と何度も言っていた。そんなことだから、X佳とY香はまだ夏のうちから「T文がそんなに雪が好きなら、正月はニセコにスキーにでも行くか」などと話していた。
そんな矢先に、R江が「運動のため」と昇り降りしていたマンションの階段から転げ落ちた。命に別状はなかったが、左脚と尾てい骨を骨折して近くの病院に入院することになった。
X佳とY香は、ほぼ毎日、店が始まる前の午前中に病院に見舞いに行ったり、必要なものを差し入れに行ったりしていたが、一週間もするとR江の様子がおかしくなった。目がうつろになりぼうっとしていることが増えたし、朝ごはんをさっき食べたにも関わらず看護師に「朝食はまだですか?」などと尋ねている。
土曜日に、X佳はT文を連れてお見舞いに行ったが、R江は「T文、学校はどうしたの?」と怒りだした。
「ママ、今日は土曜日で休みだよ。」
「そんなはずないわ、金曜日よ。」
R江が認めようとしないので、X佳が病室のデジタルカレンダーを指さした。
「あらほんと? カレンダーが壊れてるんじゃなくて??」
帰宅したX佳がY香に報告した。
「やっぱりお母さん、ちょっとおかしいみたい。」
それを聞いたT文が言った。
「ママ、年寄りだからボケちゃったんだよ。」
「こら、なんてことを言うの!」
X佳は叱ったが、Y香は「本当に認知症の初期症状かもね。」と冷静に言った。
「お年寄りがケガで寝込むと、その間に認知症になったりするのよ。今度お医者さんとの面談のときに相談してみなよ。」
その一週間後に医師との面談があり、X佳はR江の骨折の治り具合について報告を受けた。
「お母さんの骨は順調にくっついています。念の為、あと二週間ほど入院が必要ですが。」
その後、X佳が認知症について切り出そうとした際に、医師のほうから言われた。
「お母さん、ご自宅でもああでしたか?」
「いえ、入院前はもっとはっきりしていたのですが、どうかしましたか?」
「どうもお母さん、ご飯を食べたことを忘れるみたいで、いつも看護師にご飯はまだかと言っているんです。」
X佳はため息をついた。Y香から聞いた通りだ。
「他にも、『財布を盗まれた』と言って、同室の患者さんとトラブルになりました。もちろん、財布はちゃんとありました。」
「やっぱり、認知症ですか?」
医師は頷いた。
「その可能性が高い。今度、精神科の医師に診察してもらうようにしましょうか。退院後の認知症のケアについても考えたほうがいいと思いますし。」
「お願いします。」
X佳は頭を下げた。
その三日後、X佳は今度は精神科の診察室に呼ばれた。精神科医からの説明を受けるためだ。
「やっぱりね、お母さん、認知症の初期症状が出ている可能性が高いです。けど、今の段階では、身の回りのことは一応できるみたいだから、服薬治療と他の治療を組み合わせて、進行を遅らせましょう。退院後も、元のマンションで息子さんと生活するのがいいと思います。幸い、X佳さんは隣に住んでいるし、何かあったときの対応もできるでしょう。」
「他の治療とは?」
「そうですね、O大学が認知症の初期の人向けの脳トレゲームを開発しているので、退院したらそれをやらせてみたらどうでしょう。あれ、お子さんがやっても楽しいみたいだから、息子さんと一緒に。」
「なるほど。」
X佳は、病院を出ると真っ先におもちゃ屋に行って、店員に脳トレゲームがないかどうかを聞いた。
「ああ、おじいおばあ向きの! 在庫ありますよ。」
店員はゲーム機本体と、ゲームソフトを店の奥から出してきた。本体はかなり大きな箱に入っている。
「こんなに大きいんですか?!」
「コントローラーが大きめなんです。おじいおばあ向きですからね、小さいとよく見えないでしょう?」
店員は箱からコントローラーを出した。横長で幅30センチくらいはある代物だった。左右上下ボタンやレバーがついている。
「かなりアナログ感がありますね。」
「おじいおばあ向きにするとこうなったらしいです。」
箱の中には、コントローラーがもう一つと、コントローラーと同じくらいの大きさの本体が入っていた。
「本体はテレビに繋いでください。コントローラーは無線で大丈夫。そして一番売れているソフトがこれです。」
店員がX佳にソフトのパッケージを見せた。ピンク色で嫌な予感がしたが……。
「ドキドキ野球挙。なんですか、これは!」
「ゲームの中のキャラクターがじゃんけんに負けたら一枚ずつ服を脱いでいくんです。おじいおばあも、エロいの大好きみたいなんで好評ですよ。」
X佳は頭を抱えた。
「あの、すみません。母を小学生の息子と対戦させようと思ってるんで、もっとそれっぽいのをください。」
店員は笑った。
「これは失礼しました。じゃあ、これはどうでしょう?」
店員が再び出してきたゲームソフトのタイトルは、「日本全国ぼうけんの旅」だった。
「これはどういう内容ですか?」
「簡単なクイズに答えながら47都道府県を制覇していくんです。例えば北海道でヒグマに襲われそうになったり、秋田でなまはげに追いかけられたりしますが、クイズに正解すれば敵を撃退できます。途中、各地の観光地や名物が出てくるので旅行に行った気分になれるし、お子さんの社会の勉強にもなりますよ。出発地は自由に設定できます。」
「じゃあ、それください。」
X佳はそのゲーム機とソフトを買って帰宅した。
「T文、新しいゲームだぞ。」
R江の入院期間中は、T文はX佳たちの503号室で生活していた。学校から帰ってきたT文に、X佳はゲーム機を見せた。
「何これ、でかい。」
T文はコントローラーをいじっている。
「お母さんが退院したら、一緒にこれで遊んであげてね。向こうの部屋に持って帰っていいからさ。」
X佳がそう言うとT文は不満そうな顔をした。
「え、俺、帰るの? ずっとこっちがいい!」
「何でよ、お母さん、寂しがるわよ。」
「だってさ、ママ、匂いが変だし、年寄りだし、それに……ボケちゃったでしょう?」
X佳はその点についてはもはや否定できなかった。
「あのね、人間年を取ると、誰でもああいう匂いがしたり、ちょっとボケたりする可能性があるのよ。私、お医者さんと相談して、お母さんがもっとボケないようにするためにはどうしたらいいか考えたの。結論としては、今まで通り生活しながら、お母さんはT文とゲームで遊ぶのがいいかなって。」
なおもT文は不満げだ。
「でもさ、ママ、あんまりゲームしないし、下手だし。」
「大丈夫、この手のゲームは上手い下手じゃないから。日本全国いろんな場所に行けるゲームなのよ。沖縄から出発して北海道に行って、最後にまた沖縄に戻ってくる設定にしといたから、お母さんと二人で日本中旅しておいで。で、本物の旅行はまた正月に行こう?」
「分かった。」
それから約十日後、R江は退院となった。
「もう、あの病院たら、ご飯はまずいし、それも時々出し忘れるし、財布はなくなるし散々だったわ。」
R江は病院への不満をX佳にぶつけた。
「はいはい、お家でのんびり生活しましょうね。あ、私、退院祝いにゲーム買ってきたから、T文と遊んでやってね。」
X佳はすでに504号室のテレビにゲーム機をセットしていた。
「何これ?」
「日本全国を旅行できるゲームなの。これでT文の社会の勉強になるかなあって。お母さんもあっちこっち行ったつもりになれるでしょ?」
R江は急に目を輝かせた。
「前に住んでいた埼玉や、お兄ちゃんのいる東京やお姉ちゃんのいる神奈川や、お父さんと行った北海道にも行けるの?」
R江の長男は練馬に、長女は川崎に住んでいる。
「沖縄から関東を通過して北海道に行けるようになってるよ。」
「わー、やってみる!」
「とりあえず、簡単なやり方はT文に教えたから、T文が学校から帰ってきたら教わってね。」
R江がゲームに関心を持ってくれたようなので、X佳は安堵した。あとはT文が途中で飽きないかどうかだ。
そんな矢先に、R江が「運動のため」と昇り降りしていたマンションの階段から転げ落ちた。命に別状はなかったが、左脚と尾てい骨を骨折して近くの病院に入院することになった。
X佳とY香は、ほぼ毎日、店が始まる前の午前中に病院に見舞いに行ったり、必要なものを差し入れに行ったりしていたが、一週間もするとR江の様子がおかしくなった。目がうつろになりぼうっとしていることが増えたし、朝ごはんをさっき食べたにも関わらず看護師に「朝食はまだですか?」などと尋ねている。
土曜日に、X佳はT文を連れてお見舞いに行ったが、R江は「T文、学校はどうしたの?」と怒りだした。
「ママ、今日は土曜日で休みだよ。」
「そんなはずないわ、金曜日よ。」
R江が認めようとしないので、X佳が病室のデジタルカレンダーを指さした。
「あらほんと? カレンダーが壊れてるんじゃなくて??」
帰宅したX佳がY香に報告した。
「やっぱりお母さん、ちょっとおかしいみたい。」
それを聞いたT文が言った。
「ママ、年寄りだからボケちゃったんだよ。」
「こら、なんてことを言うの!」
X佳は叱ったが、Y香は「本当に認知症の初期症状かもね。」と冷静に言った。
「お年寄りがケガで寝込むと、その間に認知症になったりするのよ。今度お医者さんとの面談のときに相談してみなよ。」
その一週間後に医師との面談があり、X佳はR江の骨折の治り具合について報告を受けた。
「お母さんの骨は順調にくっついています。念の為、あと二週間ほど入院が必要ですが。」
その後、X佳が認知症について切り出そうとした際に、医師のほうから言われた。
「お母さん、ご自宅でもああでしたか?」
「いえ、入院前はもっとはっきりしていたのですが、どうかしましたか?」
「どうもお母さん、ご飯を食べたことを忘れるみたいで、いつも看護師にご飯はまだかと言っているんです。」
X佳はため息をついた。Y香から聞いた通りだ。
「他にも、『財布を盗まれた』と言って、同室の患者さんとトラブルになりました。もちろん、財布はちゃんとありました。」
「やっぱり、認知症ですか?」
医師は頷いた。
「その可能性が高い。今度、精神科の医師に診察してもらうようにしましょうか。退院後の認知症のケアについても考えたほうがいいと思いますし。」
「お願いします。」
X佳は頭を下げた。
その三日後、X佳は今度は精神科の診察室に呼ばれた。精神科医からの説明を受けるためだ。
「やっぱりね、お母さん、認知症の初期症状が出ている可能性が高いです。けど、今の段階では、身の回りのことは一応できるみたいだから、服薬治療と他の治療を組み合わせて、進行を遅らせましょう。退院後も、元のマンションで息子さんと生活するのがいいと思います。幸い、X佳さんは隣に住んでいるし、何かあったときの対応もできるでしょう。」
「他の治療とは?」
「そうですね、O大学が認知症の初期の人向けの脳トレゲームを開発しているので、退院したらそれをやらせてみたらどうでしょう。あれ、お子さんがやっても楽しいみたいだから、息子さんと一緒に。」
「なるほど。」
X佳は、病院を出ると真っ先におもちゃ屋に行って、店員に脳トレゲームがないかどうかを聞いた。
「ああ、おじいおばあ向きの! 在庫ありますよ。」
店員はゲーム機本体と、ゲームソフトを店の奥から出してきた。本体はかなり大きな箱に入っている。
「こんなに大きいんですか?!」
「コントローラーが大きめなんです。おじいおばあ向きですからね、小さいとよく見えないでしょう?」
店員は箱からコントローラーを出した。横長で幅30センチくらいはある代物だった。左右上下ボタンやレバーがついている。
「かなりアナログ感がありますね。」
「おじいおばあ向きにするとこうなったらしいです。」
箱の中には、コントローラーがもう一つと、コントローラーと同じくらいの大きさの本体が入っていた。
「本体はテレビに繋いでください。コントローラーは無線で大丈夫。そして一番売れているソフトがこれです。」
店員がX佳にソフトのパッケージを見せた。ピンク色で嫌な予感がしたが……。
「ドキドキ野球挙。なんですか、これは!」
「ゲームの中のキャラクターがじゃんけんに負けたら一枚ずつ服を脱いでいくんです。おじいおばあも、エロいの大好きみたいなんで好評ですよ。」
X佳は頭を抱えた。
「あの、すみません。母を小学生の息子と対戦させようと思ってるんで、もっとそれっぽいのをください。」
店員は笑った。
「これは失礼しました。じゃあ、これはどうでしょう?」
店員が再び出してきたゲームソフトのタイトルは、「日本全国ぼうけんの旅」だった。
「これはどういう内容ですか?」
「簡単なクイズに答えながら47都道府県を制覇していくんです。例えば北海道でヒグマに襲われそうになったり、秋田でなまはげに追いかけられたりしますが、クイズに正解すれば敵を撃退できます。途中、各地の観光地や名物が出てくるので旅行に行った気分になれるし、お子さんの社会の勉強にもなりますよ。出発地は自由に設定できます。」
「じゃあ、それください。」
X佳はそのゲーム機とソフトを買って帰宅した。
「T文、新しいゲームだぞ。」
R江の入院期間中は、T文はX佳たちの503号室で生活していた。学校から帰ってきたT文に、X佳はゲーム機を見せた。
「何これ、でかい。」
T文はコントローラーをいじっている。
「お母さんが退院したら、一緒にこれで遊んであげてね。向こうの部屋に持って帰っていいからさ。」
X佳がそう言うとT文は不満そうな顔をした。
「え、俺、帰るの? ずっとこっちがいい!」
「何でよ、お母さん、寂しがるわよ。」
「だってさ、ママ、匂いが変だし、年寄りだし、それに……ボケちゃったでしょう?」
X佳はその点についてはもはや否定できなかった。
「あのね、人間年を取ると、誰でもああいう匂いがしたり、ちょっとボケたりする可能性があるのよ。私、お医者さんと相談して、お母さんがもっとボケないようにするためにはどうしたらいいか考えたの。結論としては、今まで通り生活しながら、お母さんはT文とゲームで遊ぶのがいいかなって。」
なおもT文は不満げだ。
「でもさ、ママ、あんまりゲームしないし、下手だし。」
「大丈夫、この手のゲームは上手い下手じゃないから。日本全国いろんな場所に行けるゲームなのよ。沖縄から出発して北海道に行って、最後にまた沖縄に戻ってくる設定にしといたから、お母さんと二人で日本中旅しておいで。で、本物の旅行はまた正月に行こう?」
「分かった。」
それから約十日後、R江は退院となった。
「もう、あの病院たら、ご飯はまずいし、それも時々出し忘れるし、財布はなくなるし散々だったわ。」
R江は病院への不満をX佳にぶつけた。
「はいはい、お家でのんびり生活しましょうね。あ、私、退院祝いにゲーム買ってきたから、T文と遊んでやってね。」
X佳はすでに504号室のテレビにゲーム機をセットしていた。
「何これ?」
「日本全国を旅行できるゲームなの。これでT文の社会の勉強になるかなあって。お母さんもあっちこっち行ったつもりになれるでしょ?」
R江は急に目を輝かせた。
「前に住んでいた埼玉や、お兄ちゃんのいる東京やお姉ちゃんのいる神奈川や、お父さんと行った北海道にも行けるの?」
R江の長男は練馬に、長女は川崎に住んでいる。
「沖縄から関東を通過して北海道に行けるようになってるよ。」
「わー、やってみる!」
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