現実的な愛の妄想

タロウ

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まただ。
 客が先に果てて、ぐったりと横たわるのを見届けながら、胸の奥に重たい鉛が沈む。
 「ありがとうね、気持ちよかったよ」――笑顔で言われても、空虚さは埋まらない。
 私はまだ濡れたままで、身体の奥が熱を持ったまま。
 満たされない。けれど、もうこれ以上求めたら嫌がられることは知っている。

 ベッドサイドの時計はまだ余裕を示していた。
 でも、客はタバコに火をつけてしまった。
 「あとはゆっくり休んでいいよ」
 その一言で、残り時間はただの沈黙に変わる。
 私は“仕事を終えた”のではなく“求めすぎて終わらされた”ような気分になるのだ。

 絶頂の波に何度呑まれても、渇きは消えない。
 むしろ、もっと、もっとと欲望だけが募っていく。
 けれど、どんなに身体を重ねても、客の方が先に音を上げる。
 最後まで私を満たしてくれた男なんて、一人もいなかった。

 ホテルを出ると、夜の街の湿った風が頬を撫でた。
 同じ制服の嬢たちがそれぞれの客と並んで歩いていく。
 肩を寄せ合って笑っている男女が、遠くからは恋人同士にしか見えなかった。
 でも彼女たちの笑顔が、本心じゃないことを私は知っている。
 それを知っているからこそ、自分の笑顔もまた、空っぽに思えた。

 ***

 店に戻れば、待機室には疲れ切った嬢たちがソファに沈み込んでいる。
 ドライヤーの風がどこかから聞こえる。湿った髪の匂いと、香水と、男の汗の残り香。
 夜の街よりも濃く、ねっとりとした空気。

 「昨日もロングで入ったんだけどさ、体力的に無理」
 「若い子はまだいいけど、私もう限界」
 そんな愚痴が飛び交う。誰もが疲弊している。
 それでも笑って、また次の客を迎える。――それが仕事だから。

 私はロッカーに荷物を押し込み、制服のスカートを直す。
 鏡に映る自分の顔は、どこか乾いて見えた。
 「今日も頑張ろう」なんて思わない。ただ、流れ作業のように体を整える。
 化粧を塗り直し、笑顔を貼り付ける。仕事の顔を。

 フロントから番号が呼ばれると、私たちは順番に個室へ消えていく。
 廊下には、乾いた香水とタバコの匂いがこもっている。
 同僚のひとりが私に耳打ちした。
 「さっきの客、最悪だった。時間ばかり気にして、全然盛り上がらない」
 笑い飛ばすように言ったけど、声には疲労がにじんでいた。

 私だって、もう分かっている。
 客を満足させるどころか、逆に疲れさせてしまう。
 「もう指名しない」と言われるのも、慣れっこになった。
 お金は稼げる。でも、そのたびに私は「欠陥品みたいだ」と胸を抉られる。

 待機中、私はスマホを眺めながら考える。
 普通の恋愛をしたいと願ったこともあった。
 けれど、すぐに壊れる。私の欲望を知った瞬間、男は引いていく。
 あるいは最初は面白がっても、長くは続かない。
 「欲しがりすぎる女」は、恋人として重たすぎるのだ。
 だから私はここにいる。お金を払う客なら、まだ私を受け入れてくれる。――そう思っていた。

 けれど現実は違った。
 彼らは私を受け入れるのではなく、ただ一瞬の熱を利用するだけ。
 終われば「ありがとう」で切り捨てられる。
 私は渇きを満たせないまま、また一人になる。

 ***

 その夜、フロントから伝えられた次の指名客の名前に、私は何の感情も抱かなかった。
 ただの一人、数ある“男”の中のひとり。
 メモ欄に短く「遅い傾向あり」とだけ記されているのを見ても、特別な意味は感じなかった。
 遅い? 長い? それがどうした。
 どのみち、私はまた「ごめんね」と笑って終わるのだろう。

 ――そのときはまだ知らなかった。
 “遅すぎる”せいで誰にも受け入れられなかった男が、私の部屋に向かっていることを。
 そして、その出会いが、私の渇きを初めて鎮めるものになることを。
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