傷心クルーズ 〜大人だけの遊覧船〜

タロウ

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5 シネマにて

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夕刻のラウンジ。
昨日よりも人が多く、ドレス姿やスーツ姿の男女がグラスを手に談笑している。
昨夜からひとしきり抱かれ続けて疲れを感じている身体をソファに沈ませる。
この疲労感は寝たことにより多少回復しているのか、いまだ身体に残る熱を持て余していた。
ここまでして、まだ満足できないのか…少し落ち込みつつも、ふと嗅いだことのある香りを感じる。
「やぁ、また会いましたね」
声に振り返ると、そこにいたのは――昨夜の人。
グラスを持ち、余裕の笑みを浮かべている。
彼のほんのり香るウッディな香りが昨夜の愛撫を思い出させる。
「偶然……ですか?」
私がそう言うと、男は曖昧に微笑むだけだった。
その時、背後から肩に軽い手が置かれた。
「偶然は、重なるものですよ」
振り返れば、昼のプールの人。
日焼けした肌に、相変わらずの白い歯が眩しい。
二人の姿に、胸がざわつく。
偶然――なのだろうか。
けれどあまりに都合よく現れるその存在に、疑念が芽生える。
「……どうして、あなたたちは…」
声に出しかけたが、その言葉は最後まで続かなかった。
「どうして…ね。…どうしてだろうね」
昨夜の人も、昼の人も、ただ笑みを浮かべたままグラスを掲げるだけだった。
――まるで最初から、こうなることが決まっていたかのように。

「この船にはシアターもあるそうですよ」
昨夜の人が、グラスを揺らしながら軽く顎をしゃくった。
「いい気分転換になるかもしれません」
昼の人もにかっと笑い、彼女の肩を押すように促す。
ふたりに挟まれるように歩かされ、シアタールームの扉をくぐった。
中は静まり返っていて、すでに映画が始まっているらしい。
観客はまばらで、前方に二組のカップルがいるだけ。
「こっちへ」と促され、最後列に三人並んで腰掛けた。
スクリーンの光が暗闇に揺れ、映し出されているのは恋愛映画。
最初は風景や会話ばかりで、少し気を抜いて見ていた。
けれどやがて、男女が寄り添い、ベッドに倒れ込むシーンが始まる。
女が服を脱がされ、甘い声を零す。
その瞬間、彼女の指先は小さく強張った。
「……観ないんですか?」
昨夜の人が低く囁き、隣の太腿に手を置いた。
「い、いえ……」
動揺を隠すように目をスクリーンへ戻す。
その反対側。
昼の人が笑みを浮かべながら、タオルを掛けてきた。
薄布の下で、指先が太腿を撫で始める。
「っ……ここで……」
「静かに。……声を出したら、すぐにバレちゃいますよ」
耳元に落とされた囁きに、全身が熱くなる。
スクリーンの中で女が胸を弄られる。
同じタイミングで、昨夜の人の指がドレス越しに胸を撫でた。
女が足を開かされると、昼の人の手が彼女の太腿の奥へと進む。
「……っん」
押し殺した声が洩れる。唇を噛み、視線をスクリーンに固定する。
「映像に夢中なふりをして」
昨夜の人が囁きながら、胸の先端を擦った。
「……そうすれば誰にも気づかれない」
スクリーンに響く喘ぎ声と、同じリズムで彼女の喉が震える。
映画の中の女が震えるたび、自分の体も連動するように昂っていく。
指先が濡れた布を押し、擦り上げる。
羞恥と快感で涙がにじむ。
「……やめ……お願い……」
「やめる? でも体は拒否してない」
昼の人が意地悪く囁き、さらに強く擦り上げた。
スクリーンの中で女が絶頂を迎えた。
その瞬間、彼女の体も跳ねる。
「……っあ……っ!」
声を抑えようと必死に唇を噛むが、震えは止まらない。
両隣に掴まれた手がその痙攣を見逃さず、快楽は波のように重なっていく。
観客の誰もが映画に夢中で、彼女の乱れに気づく者はいない。
ただ彼女だけが、映像と同じタイミングで果てていた。
――けれど。
絶頂の余韻が引いた後も、胸の奥には熱が疼きとして残ったまま。
映画は続いているのに、内容は頭に入らない。
耳に残るのは、自分の荒い息と、隣の男たちのかすかな笑い声だけ。
そして――気づけば両隣の席は空だった。
最後のシーンが終わり、照明が点いた時、彼女はひとりで座っていた。
サイドテーブルには半分だけ氷の残ったグラス。
その下に、白い紙片が一枚。
 ――『また後で』
指先が震える。
昨日も、今日も。
快楽の余韻だけを残して、彼らは消える。
疼く体を抱えながら、彼女は唇を噛んだ。
映画の内容など、もうひとつも思い出せなかった。
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