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マテオからの提案
しおりを挟む目を開けた時、見慣れない天井があった。
カーテンの隙間から差し込む光は橙色で、もう夕方に近い。
「……寝室?」
確かに最後にいたのは、花の香りに満ちた温室だったはず。
いつの間にか、ふかふかの寝具に包まれていた。
頭がまだ少しぼんやりしている。
――あの低い声が耳に残っていた。
『君には、まず体力が必要だな』
その言葉どおり、全身は甘い疲労に包まれている。
けれど苦しくはなかった。むしろ心地よく、力を抜いて眠れる感覚に浸っていた。
温室でのことを思い返す。
観察されて、赤いとか腫れているとか、恥ずかしくてたまらなかった。
でも、あの声には一切の嘲りもなく、ただ「包み込む」ような優しさしかなかった。
大きな体に抱かれて、何度も名を呼ばれるたび――自分がとても大事にされているようで、胸の奥がじんわりと満たされていった。
……クルーズに乗る前、ただ傷心を埋めようとしてポチッと申し込んだだけだったのに。
こんなにも、心まで揺さぶられるなんて思っていなかった。
窓の外、オレンジに染まる庭を見ながら、ゆかは深く息を吐いた。
熱に溺れながらも、確かに「満たされている」という感覚が胸の中に広がっていた。
夕暮れ色の寝室。ベッドの上で、まだ身体の芯に残る熱と疲労を抱えながら息を整えていると、コンコン、と扉をノックする音がした。
「開けてもいい?」
低めの、けれど明るい声。
返事をすると、マテオがにかっと笑って姿を現した。
「お、起きてたな。ずいぶんぐっすり寝てたみたいだけど」
「……寝てばっか……ごめんなさい」
思わず口にして、頬が熱くなる。
マテオは首を傾げて「ん?」と笑い、「確かに」と軽く肩を竦めた。
彼は部屋の中に入ってくると、ゆかを一瞥してから、優しく微笑む。その笑顔は心配の色もたたえていた。
「…なぁ、ゆか。このままじゃもたないぞ」
「え?」
「毎回、気絶するまで抱かれてんだろ? その体力じゃ先がキツい」
真正面からあっけらかんと言われ、胸がどきりと跳ねる。
「……っ、そ、そんなこと……」
彼は肩を叩き、白い歯を見せて笑った。
「屋敷にはトレーニングルームもあるし、外を散歩してもいいし、プールもある。明日からちょっと動いてみないか? 一緒に」
急な提案に戸惑いながらも、その声は真剣だった。
「……そうですね…とりあえず明日から、少しずつ」
「よし。じゃあ今日はとりあえず飯だ!」
腕を軽く引かれて、食堂へ向かう。
広いテーブルには、すでに温かな食事が並んでいた。パンにスープ、焼きたての肉料理に季節の野菜。
けれどそこに座っていたのは数人だけで、他の男たちの姿はなかった。どうやら皆、仕事か何かに出ているらしく、みんな揃うのはレアだとのことだった。
席に着き、皿を取り分けながら、自然に談笑が始まる。
笑い声が響き、時折からかわれて返しに困りながらも、気づけば表情は和らいでいた。
――こんなふうに、誰かと肩を並べて笑いながら食事をするのは、いつぶりだろう。
仕事以外で、人と長く話すことなんてあっただろうか。
忙しさや孤独感を紛らわせるように過ごしてきた日々。
それが今、テーブルを囲む温かさの中で少しずつ解けていく。
胸の奥に、じんわりと“充実”という感覚が広がっていった。
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