傷心クルーズ 〜大人だけの遊覧船〜

タロウ

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朝の散歩

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珍しくぐっすり眠った気がする、鳥のさえずりで自然に目が覚めた。こんな目覚めはいつぶりだろうか。
 ベッド脇に整えられていたネグリジェを羽織り、柔らかい布地の感触を楽しみながら外へ。

庭の花や噴水、静けさに触れて朝の清々しさを胸いっぱいに吸い込む。
日頃の疲れもあったが、こんなに気持ちいい朝というのは初めてかもしれない、
 ひとりで歩くのも久しぶりで、心がほぐれていく。
屋敷の周りを歩いていると、まだ来たことない裏手に回ってしまっていた。
そこには見覚えのある気がする木のドアが。
こんな遠くに来たことは無い。そもそもこのクルーズ旅も勢いで決めたものだ。なのにそのドアは見覚えがあった。

木の扉を押し開けると、ひんやりとした朝の空気が流れ込んできた。
 広がっていたのは、芝生に覆われた小さな公園。
 ブランコやベンチ、レンガ造りの花壇。
 ――初めて来たはずなのに、胸の奥がざわついた。
 「……どこかで、見たことがあるような……」

「早いな、ゆか」
 落ち着いた声に振り返ると、エドが立っていた。
 片手には白い陶器のカップ。立ち姿は朝の光と溶け合うように静かで、穏やかだった。

「ここ……私、来たこと……?」
 問いかけると、彼はわずかに目を細めて微笑んだ。
「記憶にはなくとも、心が覚えていることはある」
「……でも……」
「無理に思い出す必要はないさ。ただ――いつか気づけばいい」

 諭すような声に、胸の奥が温かく揺れた。
 それが何なのか、まだ掴めない。けれど懐かしさと安堵が入り混じって、涙が出そうになる。

 エドは近づき、そっと肩に手を添えた。
 「寒くないか?」
 その優しい仕草に戸惑いながらも、自然と頷いてしまう。

「ほら、あそこにテラスがある。コーヒーでも一緒に」
 視線の先、レンガに囲まれた小さなテラス席。アイアンのテーブルと椅子が並び、朝露に濡れた庭を見渡せた。

 並んで座り、湯気の立つカップを手にする。
 花の香りと鳥のさえずりに包まれながら、ただ静かに口をつける。
 ――言葉はなくても、満たされていくような時間だった。

「ここにいると、心が静かになるだろう」
 エドの低い声に、ゆかは頷いた。
「……はい。不思議です。初めてのはずなのに」
「記憶よりも、心が先に知っていることもある」

 その言葉に返答を探していると、背後から足音がした。
 振り向けば、ジュリアンが姿を現す。
 長い指で髪を整えながら、朝日を背にして立つ姿はいつも通りの端正さだった。

「やはり、あなたはここに来ていたのですね」
 穏やかながらも観察するような口調。
 「……おはようございます」
 思わず背筋を伸ばして挨拶すると、彼は微笑を浮かべて近づいた。

 エドが軽く顎で隣を示す。
「座るか」
「ええ。朝の空気は澄んでいて、思考が冴えますから」
 ジュリアンが椅子を引き、ゆかの向かいに腰を下ろす。

 コーヒーが新しく注がれ、三人でカップを掲げる。
 鳥の声と花の香りに包まれながら、テーブルには穏やかさとほんの少しの緊張が流れていた。

鳥のさえずりと花の香りに包まれたテラスで、エドとジュリアンと並んでコーヒーを口にする。
 会話は取り留めもなく、けれど穏やかだった。

「朝の光は、心を整える」
 エドがそう言えば、ジュリアンは静かに微笑んで続ける。
「雑念が消える分、人の本質も見えやすくなるものです」
「……本質、ですか?」
 問い返すと、彼は一瞬だけ視線を合わせ、意味ありげに微笑む。
 そのやりとりをエドが軽く受け流すように笑って、話題は庭の花や昨夜の天気へと移っていった。

 カップの底が見え始めた頃、エドが立ち上がる。
「さて、そろそろ朝食の時間だ」
「ええ、あまり遅れるのもよくありませんね」
 ジュリアンも立ち上がり、ゆかに手を差し出す。
 その自然な仕草に、胸がまた少し高鳴った。

 屋敷に戻ると、食堂にはすでに温かな香りが漂っていた。
 テーブルには焼きたてのパンやスープ、果物が並び、
 ルカとマテオの笑い声が明るく響いている。

「おー!やっと来た!」
 マテオが大きな声で手を振り、ルカも満面の笑みで席を叩いた。
 その空気に圧倒されながらも、自然と頬が緩む。
 ――この賑やかさも、悪くない。

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