大嫌いな兄上へ、貴方が消えてから偽物が見当違いに頑張ってるよ

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事前準備

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「ねぇ、聞きまして?」

 我が婚約者殿が、甘い声で耳元にささやきかけてくる。

 元は兄の婚約者だったけど、今は俺の婚約者である公爵家のお姫様。
 甘やかされたわがままで身勝手で性格の曲がった可愛い人、そんな姿も兄は可愛いっていってたけど、受け入れてたけど、ちょっといい顔したらあっさり兄を捨てた人。

 癖のある長い金髪に、キラキラの大きな青い目、お姫様みたいに可愛い女の子は、可愛く微笑んで兄を罵倒しては、俺を見つけたらすぐに駆け寄ってきた。
 ちょっと頭が緩い可愛いお姫様、一体何人の男と遊んでいたんだろう、俺が知ってるだけでも五人いたな、一体兄のどこが気に入らなかったんだろう。顔かな。
 俺の顔がお気に入りだもんね。
 死ぬときは剥製にするから連絡してって言われたもん、つまりはそういう人間だった。

 そんなお姫様は、人生の中であらゆるお花や宝石に喩えられていそうな可憐な顔に、隠すことなく性格の悪そうな笑みを浮かべて、最近のアイツとその周りの動きが怪しいというようなことを囁く。
 囁いてから、どうするのと聞いてくる。

 どうするの、もっと言うなら、どう対処するのって事だろう。

「君の事は、どうにかしておくよ」
「あら貴方、意外と優しいのね」
「俺はずっと優しいでしょ」
「面白い冗談ね」

 別に色恋だなんだの関係ではないけど、なんだかんだ気は合うし、逃げ道は用意しておいてあげよう、裏工作程度はそんなに大変でもないし。
 その逃げ道に気付けなかったらどうしようもないけど、きっと気付くんだろうな、この子は。

 現国王の姉を母に持つこのお姫様は、つまりはアレの彼氏の従妹だ、頭は緩いがそれなり以上の教育を受け場数を踏んできている。
 つまり馬鹿ではないのだ。
 怪しい動きを察する能力もあれば、察したら調査する手段もあるし、自分にとって都合が悪くなった従兄を陥れようとする非情さもある。

 じゃなきゃ大貴族のお姫様が色事遊びを好き勝手楽しむなんて無理だろう、そういうところが可愛いから俺は気に入っている。
 母とはこういう好みが合わないんだよなぁ。
 一緒に悪だくみできる相手は楽しいと思うんだけど、母の女の好みはもっと純粋でいつまでも汚れを知らない少女のような人、そういう人とは根本的に合わないくせにね。

 綺麗なドレスの裾をちょこんと持ち上げ、綺麗なカーテシーの後立ち去る婚約者は後ろ姿まで可愛らしい。

 あいつらはなるほど、断罪劇でも始めたいようだ。
 派手なコトをするね、趣味なのかな。

 にしてもそうか、俺を裁きたいんだ、裁く資格なんてないくせに。
 お前には興味ないんだけど、お前には何もする気がないんだけど、見当違いの安っぽい恨みつらみを引っ提げて、俺の罪とやらを断じたいらしい。
 お前の事は、兄より少しは賢いと思ったけれど、とんだ見当違いだったね。
 お前如きが俺を裁こうと思うなんて、裁けると思うなんて、兄よりよっぽど愚かだ。

  正直やり方が生ぬるいんだよね、今地道に集めてる証拠も味方も、ちょっとやり方が真っ当すぎるんじゃないかな。
 一応は王子を味方につけてるんだから、もっとやりようはあると思うんだけど。
 重要なのは真実ではなく誰もが信じる事実であり、その事実を作り出すのは案外簡単なのに。
 手っ取り早いのは悪評広めるとか、よく似た別人を立てるとか、適当な悪事の罪をかぶせるとか。
 警戒も薄いし、せめて俺に嘘の情報の一つや二つを流してほしいんだけど、あと俺の傍にいる人間の弱みを探るなり作るなりして脅すとか。
 それに動きが派手、ちょっと耳が早い人間ならすぐに察するような動きはよろしくない。

 総評、もう少し狡猾であれ。
 俺が教師か何かなら即落第させてるところだ、基礎から学び直してほしい。

 そもそもね、証人がいるからなんだというんだ。
 こちらに不利な事を話すのなら、その舌と手を切り落とせばいい、もしくは金を積んで俺に有利な証言をさせることもできる、なんならこの世から消せば一発だ。

 アレの味方がいても、そいつらの身内に不幸が起こったり、不慮の事故で命を失うかもしれないし、当日急に体調を崩すかもしれない。
 味方できなくする方法なんて、いくらでもある。

 金を払えば何でもやる人間ってのは案外たくさんいるし、俺はそういう人間をいくらでも知ってる。
 なんなら金を払わなくても俺の為なら何でもする人間だっている、事を起こすのなら、そういう人間を作るべきなのだ。
 第二王子にはそれなりに上手く出来ているんだから、他のお仲間に対する調教ももっと気持ちを込めて行うべきだろう。

 アレが信頼しているお仲間、試してみたら結構簡単に俺側に付いたな、あとは一言いえば喜んで今まで苦労して集めた証拠は全て灰にしてくれる。
 というか、何も言わなくても自主的に燃やそうとして、全然気づかないから仕方なく止めた。
 もう少し味方の精査をするべきじゃないかな。

 正直、俺の相手をするには役不足だけど、仕方がないから特別に付き合ってあげる。
 お前達の動きに関する報告は、聞かなかったことにしてあげる。
 お前達が苦労して集めた証拠だなんだも、見なかったことにしてあげる。

 杜撰で陳腐でお粗末な茶番劇だけど、特別に付き合ってあげる。



「出ていくの?」

 月光を集めたような白銀の髪を掻き上げて、母はソファに寝そべりながら訪ねてきた。
 眠たげに伏せた目、長い睫毛に縁どられた蜂蜜を煮詰めたような金色の目に見つめられるだけで男女関係なく頬を染め、ほんのわずかな笑みで特上のアルコールよりも酔ってしまうらしい。
 母の愛人とかから直接聞かされた事だ、実の息子に言う事じゃないと思うんだけどね、誰もかれもまるで恋する乙女のような顔でうっとりしながら感想を呟くのだ。

「もうここに、用はないからね」
「あらそう」
「母さんは?」
「私も、もうここに用はないわね」
「でも、出て行かないんだ」
「ここ以外にも用はないもの」
「ふぅん」

 指先まで綺麗な母は、綺麗な笑みを浮かべて俺の頭を軽く撫でる。
 珍しい、生まれてから十数年、この人が母親のような事をした回数なんて両手の指で数えられる。
 母はきっと、子供が欲しかったわけではないのだろう、ただ母親になってみたかった。だから子供をいつくしむとか愛するとか、そういう事はしない、する気はない。
 そう思ってたんだけど、多少は俺に情があったんだね。
 びっくりだよ。

 兄が転生してから、家の財産を架空の人間名義の口座にちょっとずつ移している。
 その作業は母が手伝ってくれたから、思ったより簡単に終わった。
 この家からさっさと出ていく事にする、兄はもういないし、特別好きでもなければ思い入れもない家。
 母は最期までいるつもりらしい、前妻が死んでからは、特に何もしてないけど、何もせず沈んでいくつもりらしい。
 母がそれを望むのなら、俺がすることは何もないよ。
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