花香る人

佐治尚実

文字の大きさ
10 / 16
3

桜の咲く頃

しおりを挟む
 学校の図書館は壁一面、本棚がびっしりとひしめき合っていた。高い所で二メートル強。


「あの本の続きも読みたいけど、今日は・・・・・あれだ」


 ユイトは本を一人で選んでいた。今日は冒険ものが読みたい。自分の低い背では届かない棚にある本を、首の後ろをかきながら見上げる。どうしても読みたく、踏み台を使い背伸びをした。指を精一杯伸ばす、漸く指先が届いた本を取ろうとした。


「く、届かない、情けないぞ自分」


 少し触れて、もう少しと指に力を入れる。その瞬間、ユイトはバランスを崩してしまう。地面に崩れ落ちてしまった。それをユイトは自分がスローモーションで落ちる様を、どこか他人事に見ていた。実際は数秒に満たない時間であったが。踏み台が倒れる音がした以外、防音カーペットに吸い込まれてしまった。



     *


 少し離れていたところで、カイは席に座りユイトが戻るのを待っていた。ユイトが読み終わった本を目でなぞり、愛しい人の足跡を辿りまどろんでいた。

 季節は春、そろそろ桜の咲く頃だ。二人は進級しクラスも一緒だと、カイはほくそ笑んだ。今はこの図書館には誰もいない、普段から人の出入りが少ない所だ。司書には引き払ってもらっている。その静かな二人だけの空間に、何かが倒れる音が響いた。カイは反射的に席を立った。


「ユイト? どうしたの?」


 声を張り上げユイトの名を呼んだ。だがいっこうに返答がこない、カイは焦った。愛しい誰よりも大切なユイトの、可愛い声が返ってこない。館内を探し回った、それ程広くないのに、小さな体を探す事が出来ない。


「ここだよ・・・・・・カイ」


 声のした方向へ駆け足で向かった。その声はとても弱々しく、ユイトの姿を見つけた時、カイは小さく悲鳴を上げた。カーペットの上に座っているユイトが、目に飛び込んできた。ユイトは手で足首を擦る様にしている。痛めたのか。カイが近づいても、動きを止めていた。


「転んだのかな? どこが痛い?」



     *



「大丈夫だよ、軽く倒れただけ、ごめんね心配かけて」


 崩れ落ちたユイトより、悲痛な表情のカイ。大丈夫だと気丈に笑いかけても、痛みで額に汗が滲む姿は隠せないでいた。自分のことのように、痛みを感じるカイの不安定に揺れる心。


「心配しすぎだよカイ、もう少し待てば歩けるから」


 ユイトはそれを見ているのが辛かった。本を取れないのなら、素直にカイへ頼めばよかった。些細なコンプレックスに反抗するより得策だ。ユイトは後悔していた。


「今すぐ、保健室に行こう」


 カイが上体を屈み込んで、未だに起き上がれずにいるユイトを抱き上げた。


「え、大袈裟な」


 保健室へ行くまでカイは無言であった。そんなカイの寂しげな表情を見て、ユイトはどこか居心地が悪かった。痛むのは足もそうだが、心も同じくらいチクチクと刺さる。 

 保健室で処置を施され、軽い捻挫だと言われた。数日で治るからとの言葉を聞き安心した。


「車を呼ぶから、少し寝ててね」


 程なくして、カイがもう帰ろうと言った。素直に頷くユイトを再び抱き抱える。普段は饒舌なカイは、口数が少なかった。校門の前に待機している、黒塗りの車の後部座席にユイトを優しく寝かせる。カイは助手席に乗り込み、運転手である厳つい男性に慣れた様子で指示を出していた。頻繁にバックミラーで、後部座席でもたれかかるユイトの様子をうかがっていた。


 正直足はそこまで痛くない。


 それを伝えても、カイは聞いてくれなかった。


 痛さではない、痛めた事そのものが、カイには受け入れがたい事実であった。


「この怪我が治るまで、今日からこの家に泊まって」


 もう見慣れたカイの部屋に入ると、ユイトは制服と下着を脱がされた。そしていつの間にか定位置となった、キングサイズのベッドに優しく寝かされる。


「なにも、そこまで・・・・・・それは、カイが望むこと?」


 大袈裟な、そうユイトは上体を起こし機嫌が良いとは言えない、カイの揺れる瞳を覗いた。しかしユイトは、直ぐさまベッドに押し倒される。

 カイがベッドに膝をつき全体重を任せると、軽くマットレスが沈んだ。覆い被さってくるカイは、白くきめの細かいユイトの素肌に手を這わせた。そして呼吸が荒くなり唾液で濡れた唇が、ユイトの身体中に鬱血の跡を残そうと吸い付いてくる。


「出来れば、このまま二人で一緒に暮らしをしたい位だよ、ユイトを閉じ込める事が出来る」


 怪我人を労る口調の割にしては、今していることは、明らかに真逆であった。


「ん・・・・・・それは・・・・・・っ、卒業してからだって」


「分かってるよ、あと一年の辛抱だ、そうだよね、ユイト・・・・・・愛しているよ」


 カイは日に何度も、ユイトの名と愛の言葉を囁く。


「愛している」


 聞いているこちらが恥ずかしくなる程の、熱烈な愛の表現だ。想いは変わらない、ただ日を追うごとに重く増大すると。


「うん、僕も愛してるよ」


 その日から、カイの家で寝泊まりを三日ほどした。毎晩、足を痛めているユイトが逃げないと分かると、それは恥ずかしい格好を強いられ、何度も気絶する程大きな雄を受け入れていた。


「もう一週間・・・・・・この家にいてよ、ユイトがいない朝なんて、迎えたくない」


「次は卒業したらの楽しみに取っておこう、楽しみが先にまであるなんて凄いね、カイのお陰だよ・・・・・・僕も寂しいよ、でも今は、この位の距離を置いていよう?」


「なんで、俺が面倒くさい奴だから? 俺はもっと、ユイトと一緒にいたいよ」


 泣きだしそうな顔で、ユイトに縋るカイは綺麗な顔をくしゃくしゃにして、もう泣き始めた。


「お互いに求める距離をちゃんと知っておこう、一年後はいつも一緒にいるわけだしね」


 カイの距離感は近すぎる、ユイトはいつも危惧していた。全てを許せば、自由なぞ与えられないと恐れた。急いで同居するよりは、互いのテリトリーを知る事が長続きの秘訣かも知れない。ユイトは、自分がいつかカイの愛の重さから逃げる事がないよう、模索中であった。


「ユイト、俺は、以前より弱い人間になったよ、悩んでいないで、もっと俺を愛してくれよ、愛してるよ、ユイト、何度だっていう、愛してる」


「カイ、そうだよね、僕もカイの事をとても愛してる、僕だってカイと何時までもいたい」


 カイの気持ちが安定する事はこの先もないだろう、愛しきユイトがいる限り悩みはつきない。後は時間が解決してくれる、悠長に考えている愚かなユイトを、優しくカイは抱きしめた。


 桜が咲くまで、あともう少し。二人がお互いをしっかり理解できるのも、直ぐそこだ。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの二人は、スキルを得た事で魔王討伐に旅立つ勇者と彼の帰還を待つだけのただの親友となる。 勇者と親友の無自覚両片想いのじれったい恋愛の物語。

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

ビジネス婚は甘い、甘い、甘い!

ユーリ
BL
幼馴染のモデル兼俳優にビジネス婚を申し込まれた湊は承諾するけれど、結婚生活は思ったより甘くて…しかもなぜか同僚にも迫られて!? 「お前はいい加減俺に興味を持て」イケメン芸能人×ただの一般人「だって興味ないもん」ーー自分の旦那に全く興味のない湊に嫁としての自覚は芽生えるか??

俺にだけ厳しい幼馴染とストーカー事件を調査した結果、結果、とんでもない事実が判明した

あと
BL
「また物が置かれてる!」 最近ポストやバイト先に物が贈られるなどストーカー行為に悩まされている主人公。物理的被害はないため、警察は動かないだろうから、自分にだけ厳しいチャラ男幼馴染を味方につけ、自分たちだけで調査することに。なんとかストーカーを捕まえるが、違和感は残り、物語は意外な方向に…? ⚠️ヤンデレ、ストーカー要素が含まれています。 攻めが重度のヤンデレです。自衛してください。 ちょっと怖い場面が含まれています。 ミステリー要素があります。 一応ハピエンです。 主人公:七瀬明 幼馴染:月城颯 ストーカー:不明 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する

知世
BL
大輝は悩んでいた。 完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。 自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは? 自分は聖の邪魔なのでは? ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。 幼なじみ離れをしよう、と。 一方で、聖もまた、悩んでいた。 彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。 自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。 心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。 大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。 だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。 それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。 小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました) 受けと攻め、交互に視点が変わります。 受けは現在、攻めは過去から現在の話です。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

上手に啼いて

紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。 ■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。

処理中です...