いずれ、生（う）まれ出（い）ずるもの

第３話 学園祭は嵐（あらし）の予感

　ところで季節は秋の十月じゅうがつで、二人ふたりのお母さんが通かよう高校では、月げつ末まつに『学園がくえん祭さい』が予定よていされていた。土曜と日曜の二日間ふつかかん、行おこなわれる催もよおしで、土曜日に行おこなわれるのは体育たいいく祭さい。そして日曜日には文化ぶんか祭さいが行おこなわれる。

　体育たいいく祭さいと文化ぶんか祭さいの二ふたつが、まとめて学園がくえん祭さいと呼よばれていて。特とくに盛もり上あがるのが日曜の文化ぶんか祭さいで、保護者ほごしゃや他校たこうの生徒せいとといった、外がい部ぶからの観客ギャラリーが多おおく集あつまってくるイベントなのだった。

「ねぇ、今度こんど、文化祭で私が歌うたうからさ。貴女が曲きょくを書かいてよ。恋愛れんあいソングっぽいのを」

　その文化祭まで三週間を切きった日ひ、いつものように教室で、髪かみを染そめたお母さんが唐突とうとつな要よう求きゅうをしてきた。要求されているのは勿論もちろん、黒髪のお母さんだ。

「……もう無茶むちゃを言いわれるのにも慣なれてきたけどさ。何なんで、私が作曲さっきょくするの？」

「だってステージで表現ひょうげんしたいのは、貴女と私の間あいだに生うまれる愛あいだもの。なら楽曲がっきょくは、私と貴女の共作きょうさくであるべきよ。曲きょくを書いてもらえれば、後あとは私が作詞さくしするから」

　居直いなおり強ごう盗とうみたいな要求ようきゅうである。黒髪のお母さんは溜息ためいきをついて、更さらなる疑問点ぎもんてんについて尋たずねる事ことで、細ささやかな抵抗ていこうを試こころみていた。

「私が作曲さっきょくできると、何なんで思おもってるのよ。何なにを根拠こんきょに？」

「またまたぁ。知ってるわよ、貴女のお母さんがピアノ教師きょうしだって。それに趣味しゅみで、ネットに楽がっ曲きょくを発表はっぴょうしてるんでしょ。私の情報網じょうほうもうを甘あまく見みないで」

　黒髪のお母さんが唖然あぜんとしている。髪を染めたお母さんには複数ふくすうの彼・女・ち・ゃ・ん・が居いて、その子こたちから様々さまざまな情報を得えているようだった。ろくでもないこと、この上うえない。

「ちょっと、止やめてよ！　変へんに目立めだちたくないから、学校の誰だれにも言ってなかったのに！」

「どうして才能さいのうを隠かくすの？　私、貴女のハンドルネームも知ってるから聴きいてみたけど、いい曲きょくばかりじゃない。歌うたってるのはボーカロイドだったけど、自分じぶんでも歌うたってみればいいのに」

「……私、自分の声が好すきじゃないもの。すぐに声が小ちいさくなるのよ、知ってるでしょう。気き恥はずかしさが勝まさって、話はなす時ときも、音楽の授業で歌うたう時ときも声こえが消きえ入いりそうになるの。大おおきな声こえを出だせるのは、貴女に怒鳴どなる時ときくらいよ」

「あー、私は特別とくべつな存在そんざいなんだね。嬉うれしいなぁ」

　ポジティブにも程ほどがある、髪を染めたお母さんである。教室内の生徒たちは笑わらいを堪こらえながら、お母さんたち二人ふたりの会話かいわを盗ぬすみ聞ぎいている。そんな中なか、何なにも気きにせず考かんがえず、髪を染めたお母さんは話はなしを続つづけていった。

「まぁ、貴女が恥はずかしがり屋やなのは、前まえに図書室でも聞きいてたしね。才能さいのうがあるんなら大おおいに目立めだてばいいと私は思おもうけど、世の中にはアリーナでライブをやっても姿すがたを現あらわさないアーティストもいるし、貴女の考かんがえを尊重そんちょうしないとね。でも私は、文化祭のステージで歌うたいたいの。そのために貴女の曲きょくを提供ていきょうしてくれない？」

「……今いまから作曲さっきょくしてたら間まに合あわないわ。詩しをつけてない未発表みはっぴょうの曲きょくがあるから、それで良よければ、いいわよ。でも譜面ふめんに書かいただけで音おとには、してないけど」

「うん、それで充分じゅうぶん。後あとは、こっちで何なんとかするから」

「貴女、そんなに音楽の成績せいせきが良よかった？　楽譜がくふが読よめるの？」

「全ぜんっ然ぜん、読よめないよ。バンドを組くんだこともないし、部活動ぶかつどうも音楽おんがく活動かつどうもやってない、帰き宅たく部ぶの素人しろうとだもん。でもカラオケは好すきだから何なんとかなるわよ」

「……ああ、そう。分わかったわ。譜面は明日、渡わたすから。文化祭まで、そんなに期間きかんはないわよ。私と喋しゃべってる暇ひまがあったら、その時間じかんは全すべて練習れんしゅうに使つかうべきね」

「うん、そのつもり。しばらく貴女と話はなせなくなるけど寂さびしがらないでね。じゃあ帰かえるけど、今日きょうはカラオケで喉のどを鳴ならしておくわ。貴女も一緒いっしょに行いかない？」

「行い・か・な・い。一人ひとりで帰かえって」

　一音いちおんずつを区切くぎった言葉ことばで、黒髪のお母さんが誘さそいを断ことわる。「じゃあ、また明日あしたー」と、手てを振ふって髪を染めたお母さんは帰かえっていった。

「貴女も大変たいへんよねー。あんな奴やつに纏まとわりつかれて」

　話はなしを聞きいていた教室の女子じょしたちが、同情どうじょうするように黒髪のお母さんの周囲しゅういに集あつまって話はなしかけてくる。『あんな奴やつ』と、帰かえっていった髪を染めたお母さんに対たいして、まるで野良のら犬いぬのような呼よばわりだ。気持きもちは分わかるけれども。

「大丈夫だいじょうぶよ……気遣きづかってくれなくても。しばらくは私から、離はなれてくれるみたいだし。それに、どうせ彼女は挫折ざせつするでしょ。楽譜がくふも読よめないし、軽音楽部けいおんがくぶにも入はいってない子が、どうやってバンドを組くんで練習れんしゅうするのよ？　学校は楽器がっきの貸かし出だしなんか、しないはずだし。学校の外そとで練習れんしゅうするならスタジオ代だいだって掛かかるんだから」

　ちなみに黒髪のお母さんも、部活動ぶかつどうはしていない。それは目立めだちたくなくて恥はずかしいからだろうけど、バンドを組くむことへの憧あこがれはあるようだ。ずいぶんとバンド活動かつどうについて知識ちしきがあった。

「その辺へんは分わからないけど。でもさ、あいつ、何なにかしてきそうじゃない？　あっさり諦あきらめるようなタマじゃないよ、アレは」

「無駄むだな足掻あがきよ。精々せいぜい、恥はじをかいて挫折ざせつすればいいわ。そして彼女は、私のことなんか忘わすれて、別べつの彼・女・ち・ゃ・ん・たちと仲良なかよくするのよ。そんな展開てんかいが目めに浮うかぶわ」

　黒髪のお母さんが少すこしだけ、瞳ひとみに寂さびしさを宿やどした表情で呟つぶやく。そんなお母さんを周囲しゅういは、『分わかってないなぁ』という表情で見みているのだった。