優しいキスをして

華南

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ファーストキス

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 今日は珍しく遅番、いつも仕事が終わる間近に家を出て店へと向かう。足が重たかった。出来るなら休みたかった。瞼の上は赤く腫れていてそれを隠すために少しファンデーションを塗った。もちろんそんな趣味はない、でも見られたくなかった。
「おはよう、ございます……」
「あれ? ああ、そっか。高橋の馬鹿の代わりね」
 店長がそう言うと周りも釣られて笑っている。僕はそんな幸せ気分にはなれなかった。僕はバイト着に着替えて仕事に集中する。
「そう言えばさ、香ちゃんと篠原さんは?」
「あの二人は縁日会場で店の宣伝してくれてるみたい、仲良いよねえ、いつも二人で居るし」
「やっぱりさ、二人付き合ってるんだよ」
 僕の脳裏にあの日の言葉が蘇る。告白する、ああまたと僕は胸を押さえた。酷く痛み出して涙が零れそうになる。
「後で俺達も行くことになってるから」
 新島さんにそう言われ、僕はうちわを配る係となった。

 会場は浴衣を着た人達で溢れていた。うちわを貰いに来る人に無料で配るだけの地味な仕事、新島さんと店長ははっぴを着て水風船のヨーヨー売りを楽しげにしている。
 篠原さんも浴衣とか着たりするのかな、きっと似合うんだろうなあ……。想像すると胸がきゅんとなる。想像の中の篠原さんが僕に言ってくれるんだ……───。
「こら、宮野!」
「はは、はい!」
「ちょ、今女の子引いてどっか行ったし……何ニヤケてんだよ」
 体が異常に熱を持ち真っ赤になるも、暑いですねと誤魔化しながらうちわを配る。想像するだけで幸せで、だけど現実では決して叶うことのないもの。幸せを現実の波が攫っていく。
「なぁ、この後打ち上げやるけどお前らくる?」
 夏祭りが終わりに近づく頃、店長がそう切り出した。
「打ち上げ? 誰来るの」
「え、俺と篠原さん、あと香ちゃんぐらいだけど」
 新島さんが行くと言い僕も行くことにした。篠原さんが来るなら行きたい、そんな思いからだった。

「お疲れ様でしたー!」
 店長の乾杯の音頭でそれぞれがお酒を口に運ぶ。僕はお酒が弱いからジュースにしてもらった。でも味が分からない……。
「いやぁ、楽しかったねー、カワイイ子たくさん来てたし」
「女の子しか見てないんですか? 新島さんって」
 そんな話をしている彼らは楽しそうだった。僕はてっきり居酒屋だと思ったのに、まさか……篠原さんの家だなんて! 緊張して食べ物も進まない。
「あ、篠原さんと香ちゃんずっと一緒だったとか」
「そうそれ! 二人って付き合ってるの?」
 僕はドキッとして思わず顔を見た。桜井さんはまさかーと言いながら笑い飛ばして篠原さんに同意を求めるようにしている。まだ告白してないんだ、と少しだけ安心した。
「あ、そうだ。香ちゃん、縁日の時浴衣ありがとうね」
「いえいえ。浴衣なんて久しぶりで、篠原さんも浴衣姿すごくカッコよくて見蕩れちゃいました」
 照れる、と篠原さんが笑っているのを見るとお似合いだなって思ってしまった。やっぱり僕みたいな地味な奴が分け入る隙間などなくて、美男美女ってこういうこと言うんだろうなって。
「そうそう、宮野くんってさどこにいたの?」
「えっ、僕、ですか?」
「宮野なら俺達とずっとうちわ配ってましたよ、なあ?」
 僕は店長の言葉に頷いた。
「ああ、店長達と一緒だったんだ。探してたんだよ、浴衣着せてあげようと思ってさ。まあ居なくて断念したんだけど」
「ぼ、僕は浴衣とか、似合わないですから……ほら、不細工で地味だし浴衣とかホント……ダメですから」
 そう言うと少しだけ周りが静かになる。帰りたい、そう思った。場の空気を悪くしてしまって申し訳ないって……。
「宮野相変わらずだな、よし、気を取り直して乾杯やるぞ!」
 新島さんの一言で再び飲み会が始まる。僕は頭を項垂れて唇を噛んだ。
「あの、トイレ、貸してください……」
 僕はその場に居るのが気まずくてそう切り出した。篠原さんが廊下を出て左にあると教えてくれる。僕はトイレに入り座り込んだ。涙がこぼれそうになるのを必死で堪える。
 僕はどこまでもダメな奴だ、自分が嫌になる。

「宮野くん、大丈夫?」
 外から篠原さんの声がしてハッとする。慌ててトイレを出ると妙な静けさがあった。篠原さんがシーッと指を口に当てる。
「もう夜中だよ、トイレで寝るなんて、疲れてたんだね」
「すすす、すいません!」
 僕はペコペコと頭を下げた。篠原さんは気にしなくていいよと言ってくれて、僕をリビングに通した。
 新島さんも店長も寝ている。そして桜井さんの姿はなかった。
「びっくりした……」
「ごめんなさい、トイレで寝るなんて僕……」
「そうじゃなくて、宮野くん自分のことどうして悪く言うの」
 少し悲しげな表情をして僕を見ている篠原さんに見蕩れてしまう。
「本当のこと言っただけです……」
「宮野くんはいつもそう、もっとさ自信もってよ、ね?」
 篠原さんの優しい手が僕の頭を撫でる。カッコよくて優しくて自分に自信のある人だからそういうこと言えるんだろう。
「……だったら篠原さんは僕みたいな奴とキスできますか? したいって思えますか?」
 口走った後で後悔してしまう、何を言っているのだろう。暫く沈黙が流れて俯いたままでいると頬に何かが触れる。
「俺は出来るよ」
「………えっ」
 驚いて顔を上げると優しく微笑んでいる篠原さんがいた。僕は咄嗟に顔を隠して首を振る。
「じょじょ、冗談ですよ、出来るわけ、ないです」
「どうして?」
「だだ、だって、不細工だから」
 必死に隠している顔を篠原さんはあっさりと退かして、じっと見つめてくる。恥ずかしくて目を逸らす。
「宮野くんは、不細工なんかじゃないよ」
「そんなわけ…ッ───」
 反論しようと相手を見た時、僕の唇は彼に塞がれていた。柔らかくて甘い香りがして溶けてしまいそうで、夢の中にいるみたいで……唇が離されると僕は相手を見れなくなっていた。
「ほら、出来た」
 そのあまりにも優しすぎる声で篠原さんは囁いた。心臓が脈打ってどうしようもなくて、頷くことも出来なかった。
 そしてこれが、僕のファーストキスというやつだった。
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