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第13章 すれ違い
会えない理由
しおりを挟むこうなると売り言葉に買い言葉の、醜い言い争いだ。
店の前で大声を出され、コンビニのオーナーらしき中年の男性がびっくりして出てきた。
そこで松崎の声が少しトーンダウンし、「そんなふうに思ってたのか…」と肩を落として駅に向かっていった。
さよりは、自分にも落ち度があるとはいえ、松崎が自分を勝手にカノジョ認定していたことや、「お前」呼ばわりされたことに、ムカムカと腹が立って仕方がない。
その場はそれで収まったが、これで終わるような気がまるでしなかった。
そもそもあんなところで「タイミング悪く」声をかけられるのがおかしい。
駅から割と近いコンビニだから、張り込みか何かされ、たまたま見かけたところを…かもしれないし、場合によっては寮の近くで見張られていて、そのまま後をつけられた可能性だってある。
こればかりは本人に聞かなければ真相は分からないが、確かめる気もない。
疑心暗鬼とはよく言ったもので、禍々しい発想ばかりが活発に働いた。
(俊也さんに会いたい…声が聞きたいよ…)
たまらず近くの公衆電話に向かった。番号はもう指が覚えている。
『…もしもし?』
「あ、の、水野です…」
このところの俊也との行き違いでネガティブになっていたさよりは、ついつい名前ではなく姓で、おどおどと名乗ってしまった。
『水野…さよりちゃん?今どこ?外?』
「はい、あの、いつものコンビニの近くの…」
『今日、これから時間は?』
「あります!(いくらでも)」
『会いたい。すごく会いたい。
これから迎えにいくから、そこで待ってて』
「はい!」
俊也は「迎えにいく」と言った。ということは、部屋に招き入れてくれるのだろうか?
ということは…そういうことも覚悟した方がいいのだろうか?
そのとき、ちょうど身に着けていたブラとショーツが上下組でなかったことを思い出し、はっとした。
駅の中のショッピングセンターにランジェリーの店はあったが、結構高級そうなので、買い物をしたことはない。
そして行こうにも、財布の中には夏目漱石(当時)が数枚しかないが、銀行は日曜なので営業していない(※)。
仮にお金があったとしても、多分俊也はすぐに来てくれるだろうから、彼が来る前に買い物をして、試着室かトイレで着け直して、この場に戻っている――などというのは不可能だろう。
ここまで悪条件がそろってしまい、さすがに手詰まりを悟った。
だから「所詮下着なんて脱いでしまうものだ!」と、一応考え直しはしたけれど…。
※サンデーバンキングの本格導入は1991年頃から。コンビニエンスストアにもATMはまだ設置されていませんでした。
◇◇◇
あれこれと考えて、大混乱の状態だったさよりは、気付けばその場を離れ、寮の方向に向かっていた。
(脱いじゃうものだからどうでもいいとか…それ違うでしょ!
初めてなんだよ?
だらしないとか思われて、嫌われちゃうかも…)
何度も言うことではないが、さよりは全く経験がなく、この手のことには頭でっかちの耳年増になっていた。
勝負下着――などという罪深い言葉が一般的になったのはいつ頃のことか。
「ブラとパンティーがちぐはぐな女なんて、萎えるよな(笑)」などと粋がったことを言っている男でも、意中の女性とそういうムードになり、本当に冷めるようなら、どのみち何かのきっかけで駄目になるだろうから、大した問題ではないはずだ。
(例えば、新品でやたらキマった感じのものを着けていれば、それはそれれで、「やる気満々か…」とお気に召さない場合もあるだろう)
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