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第26章 佐竹の中の水野さより像
カエルの思い出
しおりを挟むさて、佐竹がさよりの中学時代を思い返すとき、真っ先に頭に浮かぶ出すエピソードがあった。
2年生のとき、県西部の湿原に宿泊学習で行ったことがあった。
2泊3日の行程で、2日目に泊まった山小屋は、飲み物の自動販売機が外にあったものの、不便な山奥という場所柄、非常に金額が高く(片山市街地の2.5倍程度)、小遣いが目減りするのを嫌がって、飲みたくても我慢する生徒も多かった。
夜の7時頃だったろうか。佐竹はどうしてもコーラが飲みたくなり、自販機を利用し――ようとすると、先客があった。それが同じクラスの「水野さん」だった。
不思議なことに、彼女は品物を買うでもなく、ただひたすら自販機の前に立って何かを見ている。
「水野さん、何してるの?」
「あ、佐竹君か。これかわいいなって思って」
「かわいい?」
見ると、小さなアマガエルが自販機の電気が灯ったところにぺたっと張り付いたり、釣銭の返却レバーに2匹、3匹と乗っかったりしていた。
我が物顔に自販機を占拠しているかのような姿は、確かにちょっとコミカルでかわいらしい。
「水野さん、カエル好きなの?」
「うん。カーミットみたいなキャラものとか。あと図鑑で見たりするのは結構好き」
「へえ…」
「触ったり手に載せたりするのはあんまり得意じゃないんだけど…」
暗がりでも、さよりの恥ずかしそうな顔が見てとれた。
うがち過ぎかもしれないが、「そんなこともできないのに、カエル好きとか言っちゃってる自分」をちょっと恥じているように佐竹の目には映り、何となく新鮮さを覚えた。
意地の悪い見方をすると、大抵の女子が姿のいい哺乳類の愛玩動物をかわいいという中、「両生類や爬虫類や昆虫好きとか言っちゃう自分って変?女子っぽくないよね?」と喧伝するタイプも珍しくはない。
誰が何を好きでも一向に構わないのだが、個性的な自分を演出するための「変なモノ好きアピール」に、佐竹は内心、嫌悪感を覚えることがあった。
佐竹が1年のとき同じクラスだった女子が作文コンクールで入選したとき、たまたま読む機会があったが、こんな内容だった。
「私はよく想像をして遊びます。といっても、お姫様になった自分を白馬の王子様が迎えにくるというような想像ではなく、木材や紙を見たときに、「この原料になった木は、どこの国から来たものだろうか」といった想像で(略)」
全編この調子で、「一般にはこうだが」とか「女子っぽい何か」をいちいち引き合いに出しているのが鼻についた。どんな想像でも勝手にすればいいだろうにと、読んでいてうんざりした。もっと辛辣に言えば、「君にそこまで興味はないよ…」ということになる。
ともあれ、さよりの態度はあくまで自然体で、個性的な自分を見て的な衒いはすこしも感じさせない。「カエルのコミカルでかわいいさまは好きだが、触るのはちょっと(笑)」という、ごくありふれた、ちょっとほほえましい少女の特性だ。
◇◇◇
それまでも、学校でさよりの姿を見て、単に「かわいいな」と思うことはあったし、図書室の閲覧机で熱心に本を読んでいる姿を見れば、何を読んでいるのかが気になったし、スポーツテストで自信のあった種目の結果が不本意で、「もーっ」と悔しがっている姿を目にしたこともある。彼女はかわいいお人形ではなく、平凡で一生懸命な、ごく普通の女子中学生だった。
そしてカエルのエピソードは、殊更「血が通った魅力的な人間」としての一面を佐竹に印象付けた。
3日目の朝、多くの生徒が半開きの目でぼーっとした顔で朝食の席にやってきた中、さよりの大きな目だけがイキイキと見開かれていたように見えたのは、佐竹だけではないようだ。変な話、取り繕うことなく、素で美少女ということなのだろう。
「やっぱ水野は今日もかわいいな」
男子がひそひそ声でそんな話をしているのが耳に入り、佐竹は「カエルの話は自分だけの思い出にしよう」となぜか考えていた。
◇◇◇
その憧れの「水野さん」と偶然にも再会し、連絡先を交換した。
「いるような、いないような」と表現する存在の「付き合っているっぽい男」はいるらしいが、連絡先を交換し、「たまには話したい」という申し出にも、一応脈ありの返事をくれた。
佐竹は具体的に「水野さん」とどうこうしたかったわけではないが、中学時代も、そして今も、彼女は自分の生活に彩りを与えてくれる存在なのだと漠然と感じた。
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