Lavender うっかり手に取ったノート

あおみなみ

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別離

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 ママがパパとの離婚を決意した。

 となると、まだ中学生の私としては、どっちかについていかなきゃならないんだけど、体裁を取り繕う程度にしか娘の面倒を見ていない母、家庭そのものに無関心な父、どっちにしても状況はよろしくない。

◇◇◇

 私はママが、パパの長年の浮気に嫌気がさして決断したんだと思っていたんだけど、ママの方もどっこいどっこいのことをしていたらしい。そういう場合は慰謝料イシャリョーとかどうなるんだろ。チャラ?
 でも、そうだよね。私が学校に行っている間にママが何をしているかなんて、私は知る由もない。

 習い事を幾つかしていたのは本当だろうけど、頭痛を訴える娘を置いて行く「習い事」って一体何なんでしょ。
 もしあのとき私が熱を出していたら、ひどい嘔吐に苦しんでいたら――ママはそれでも私を置いて出かけたのかな。
  そういえば頭痛って割と「気のせい」っぽく、軽い扱いをされやすい気がするけど、十三沢「頭痛をなめるな」って言ってたっけ。頭痛がサインになるような、死ぬ病気もあるんだよね、きっと。アイツが言うなら間違いない。

 ママは、久々に帰ってきたパパと、激しい言い争いはしなかったけど、早く面倒なことを(できるだけ自分に有利に働くように)片付けようとしているのが見てとれた。
 そんなものをずっと眺めていても、ぜったい愉快な気持ちにはなれない。
 私は自室でヘッドフォンをして動画を見たり音楽を聞いたりして過ごし、眠くなったら寝た。

◇◇◇

 十三沢からもらったあのノートには、意識的に楽しいことを書いた。
 前に使っていたノートの二の舞にしたくなかったし、ごみ箱と、すてきなオブジェの飾り棚はきちんと分けなきゃね。

 例のドラマはレンタルして一気見したので、その感想も書いてある。
 結構切ない結末だったんだな。でも悪くなかった。
 ネットで見たら賛否両論だったらしいけど、私は気に入った。
 ハッピーエンドだけがグッドエンドではないと思う。
 次におばあちゃんに会ったとき、このドラマの話ができるのは楽しみだ。

◇◇◇

 次の日は日曜日だった。
 パパは一応家に“泊まった”けれど、無言で朝ごはんを食べて、すぐに「じゃ」って家を出ていった。
 どうやらここはもうパパにとって、自分の家ではないらしい。

 どこの国か分からないけど、昔のヨーロッパ映画で『パパは、出張中!』っていうのがあるらしい。見たことはない。
 ママは近所の人に、「うちの人、出張が多くて…」ってよく言っているから、やっぱり浮気相手のところに入り浸りの人の話なのかな。
(調べてみたら全然違った。国を批判したくらいで逮捕とか、意味のわかんないこと書いてあった)

***

 そのさらに2日ほど後、ママは「京都に行くことにしたら、あんたもついてきなさい」と言った。
「きょう…と?」
「伯母さんがぜひ来てくれって。あんたもあっちの学校に転校することになるわ」
「え?何言ってんの…」

 パパがここを出ていくんだろうから、この家には居続けられるだろうと単純に思っていた。
 この家を出るにしても、都内に住み続けるなら朱夏に通い続けることは可能だ。
 何にせよ、中3の娘が転校しなきゃいけないような事態は避けるもんだろう――と、心のどこかで楽天的に考えていた。
 なのに、私にとっては一番非現実的な方法が、ママにとってのベストアンサーだったのだ。

 京都には、ママをベタベタに甘やかすお金持ちの伯母さん(私にとっては大伯母)がいて、ママは大学もその伯母さんの家から通っていたらしい。
「いとこ(伯母さんの子)のエミちゃんたちも家を出ているから、部屋はたくさん余っているからどうぞって。いい話でしょ?」
「私は転校なんて嫌だよ!」
「こんなときにわがまま言わないで」
「じゃ、私はおばあちゃんと暮らすから!ママ1人で行けば?」
「はあ?」
 おばあちゃんは隣県に住んでいるが、通えない距離ではない。クラスにもおばあちゃんが住んでいる市から通っている子がいるくらいだ。

「なんてことなの…せっかく朱夏をやめさせられると思ったのに…」
 それが本音かよっ。
 2年以上通わせておいて、どんだけ朱夏のことを嫌っていたんだって話。
「あなたまで私を捨てる気なの?ひどいわ…」

 これ以上「はあっ?」と返すのが正解だと思われる言葉、ほかにあるだろうか。

 多分、「ママは京都へ、パパは恋人と、そしてこのマンションは売る」あたりでいったん決着し、私の存在は「ああ、そういえば」と後から思い出したのではないだろうか。
 で、ママは私が素直に言うことを聞くと思い込んでいた。
 そういえばママに逆らったことってないもんね。ここのところは反抗するほど会話もしていなかったし。

 ここでパパを再び呼び出す必要が出てきた。

◇◇◇

 私は自分の率直な気持ちを言った。
 せめて中学校を卒業するまではこの家にいたい。
 ママが京都に行くなら、私はおばあちゃんの家に行って、そこから通う。できれば高等部にこのまま行きたい。

 「なるほど、それでいいんじゃないか?」と、パパもたぶん深く考えずに言った。

 そこでママが、どういうわけかよけいに問題をこじれさす発言をした。
「あなたが友香の学費を出し続ける気なら、私は離婚に応じません!」
 多分こう言えば私が素直に引っ込むと思ったんだろう。私もなめられたものだ。
 途端にパパも「ママがこう言うんじゃ…」みたいに私の説得にかかろうとする。
 なら、私の言うべきことはたった1つだ。
「絶対、嫌!朱夏に通い続けたい!」

◇◇◇

 私のワガママ宣言を受け、パパが泣きそうな顔でこう言い放った。
「お前ら…俺にどうしろって言うんだよ!」
 パパは年の割には格好いい方だと思っていたけど、このときの困り切った顔は見られたものじゃなかった。
 妻子を捨てて愛に生きる――までの覚悟はないんだろな。
 あと、なまじ稼ぎがいいから金で解決できると思っていたら、このちゃぶ台返しに遭ったと。

 ママがそれに乗っかって、
「あなたにそんな泣き言を言う資格あるの?
 友香、あんたは子供なんだから素直に親の言うことを聞きなさい!」
 だってさ。
「そうだ、子供のくせに勝手なことばかり言うな」
 と、パパまで言い出す。

 もし十三沢にこの話したら、私の言うことはワガママだって言うかな。
 それとも「お前は間違ってないよ」って言ってくれるかな。
 後者だったらいいな。

「私、パパもママも大嫌い!2人も私のこと嫌いでしょ?
 嫌い合ってる人が一緒にいても傷つけるだけだよ」
 そう言うと、2人が少しだけ冷静になった。
 何か言いたそうだけど、言えずにいるのが分かる。

◇◇◇

 人は窮地に追い込まれたとき、意外と頭がフル回転する。
 私はみっともない大人2人の泥仕合を見ながら、自分にとって一番いい方法は諦め、次善の策ってやつを必死で考え、提案してみた。

 そして出た結論が、私はおばあちゃんと暮らし、近所の公立に転校するというものだった。
 幾ら身勝手な親でも、裸の子供を放り出すまねはできない(世間体もあるし)。
 ママの「あなたが学費を出し続けるなら」は、授業料が高い上に自分が気に入らない私学に通わせるのは嫌という意味だろうから、公立ならそれが通らなくなる。
 自分の言ったことの揚げ足をとられた形になったママは、反論できなくなっていた。

 親権はパパが取ることになるだろう。
 私にかかる分のお金と、おばあちゃんにも幾らか出すって言ってくれた。
 おばあちゃんはただ、「いつでも待ってるね」と言ってくれた。

 この状況で別れたら、もうママに会うことはないかもしれない。
 なら、もう言ってもいいかもね。

「ねえ。私春休みに、あの親戚のお兄さんにレイプされたんだよ」
「え…」
「一流大にAO入試で入って自信満々のお兄さんに言われたよ。お前みたいな出来損ないの言うこと誰も信じないよって。だから黙ってたの」
「そんな…」
「もうママもママの親戚も、一生会いたくない。大っ嫌い!どこにでも行って!」

 妊娠とかしなくて本当によかったって、ニッコリ笑って言ってやったら、ママが崩れ落ちるみたいに泣き出した。
 それは一体何の涙?
 私、自分で自分に引くほど、ママへの情がなくなっちゃっていたみたいだ。

 言いたいことを言えて、本当に気持ちよかったから。

◇◇◇

 もしこういうふうになるのが、十三沢とランチ友達になる前だったら、私はむしろ清々と引っ越して転校もできたろう。
 皮肉なもので、今の私は実は「転校イヤだな」って思う程度には学校が好きだ。
 だって十三沢がいるんだもん。
 おいしいお弁当を分けてくれて、頭がよくて頼りになる彼が。

 転校のこと、どう話したらいいだろう。
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